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第39話 増える価値と悪評

 季節は移ろい、ルント市には短い秋が訪れていた。

 石工ギルド長ゴードン氏の治療は依然として続いていたが、私の活動の中心は、次なる価値(お金)の獲得へと完全にシフトしていた。

 目標は、命脈の書(ルート・オブ・ライフ)の完全解放。そのためには、文字通り桁違いの価値が必要なのだ。


 幸いにも、ダリウス氏や、回復したロレンツォ氏からの紹介もあり、私の元には「他に頼る場所がない」という富裕層からの困難な依頼が、途切れることなく舞い込むようになった。


 例えば、交易で得た未知の植物に触れてしまい、全身に原因不明の麻痺が広がった大商人の息子。私は本で原因毒物を特定し、「特定毒物中和剤合成法」の「知識習得」(コスト三十五万!)を、提示した高額な着手金で実行。自ら解毒剤を調合し、彼を救った。

 また、長年、関節の激痛と変形に苦しんでいた引退した元騎士団幹部には、これも本で見つけた特殊な抗炎症薬の「知識習得」を行い、その苦痛を劇的に和らげることに成功した。

 もちろん常に成功するわけではない。私の知識や本の力が及ばず救えなかったケースも存在する。だが、成功した依頼から得られる莫大な対価——大金貨が何枚も、時には大白金貨に手が届くほどの価値——は、着実に私の元に蓄積されていった。


 その間に、ゴードン氏の治療も、ついに完了の日を迎えた。

 定期的な往診を続けて数ヶ月。彼を長年苦しめていた身体の痺れと脱力感は、日常生活にほとんど支障がないレベルまで回復したのだ。


「イロハ殿……。君のおかげで、もう一度……もう一度、槌を握れるかもしれん」


 診察を終えた私に、彼は感極まった様子で私の手を握った。

 その力強さは初めて会った時とは比べ物にならない。彼の妻も、ただただ涙ぐみながら、何度も「ありがとうございます」と繰り返していた。

 彼らとの契約は着手金のみ。だが、彼らの心からの感謝と「石工ギルドは、いつでも君の力になる」というゴードン氏の言葉は、私にとって大きな意味を持つものだった。


 ミーナの店へも定期的に足を運んでいた。薬を補充し、彼女から対価(銀貨数枚)を受け取る。彼女の店は、もはや路地裏の人気店となっていた。

 私が教えた知識と、安価で提供される確かな品質の薬は、庶民にとって欠かせないものになっているらしい。


「師匠!」


 店の奥でミーナはいつも明るく私を迎える。だが、最近、その笑顔の裏に、わずかな翳りが見えることがあった。


「……あのね、イロハさん。最近、街で……その、イロハさんの良くない噂を、前よりもっと聞くんだ。『お金のことしか考えてない』とか、『本当は悪い魔女なんじゃないか』とか……。そんなことないのに! みんな、師匠がどれだけ凄いか知らないだけなのに……!」


 彼女は悔しそうに唇を噛む。私が裏で彼女を支えていることを言えないもどかしさが、彼女を苦しめているのだろう。


「……気にする必要はありませんミーナさん。事実はどうあれ、人は見たいようにしか見ないものです。あなたは、あなたのやるべきことを、誠実に続ければいい」

「……うん。でも……」


 それ以上は何も言わなかった。彼女の葛藤に、私が応える言葉は、今はまだない。


 部屋に戻り、私は蓄積した価値を改めて確認する。この数ヶ月の活動で、手元の価値は大白金貨一枚(百万)を大きく超えていた。そして、次なる投資先も決めている。


 本を開き、『診断』カテゴリーの中にある項目を選択する。


「——血液分析(基本)、知識習得!」


 コスト二十五万。支払いを承認すると、血液の成分、正常値、そこから読み取れる様々な病態生理に関する膨大な知識が、私の脳に流れ込んでくる。

 これで診察の精度はさらに上がるはずだ。特に、目に見えない内科的疾患に対して強力な武器になるだろう。「知識習得」によって「使用」コストも大幅に下がった。


 外科知識、診断技術、そして血液分析の知識。さらに、十分な資金。私は確実に力をつけている。

 街での評判など、些細なことだ。私は、次なる目標——より高度な医学知識の習得、あるいは外科手術を可能にするための器具や麻酔の「生成解放」——を見据え、決意を新たにしていた。


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