第38話 加速する評価
石工ギルド長ゴードン氏の治療は根気と時間を要する持久戦に突入した。彼のもとへ定期的に通いわずかな回復の兆しを確認する日々。
それは確かな前進ではあったが、私の最終目標——命脈の書の完全解放——への道のりを考えれば、あまりにも微々たる歩みだ。
より多くの価値、それも桁違いの価値を、効率的に稼がなければならない。そのための次なる一手は……。
——もっと、価値(お金)が必要だ。効率的に、大量に。
あの子供を救えなかった無力感。それを二度と繰り返さないためには、感傷や回り道は不要。再び情報屋の元へ足を運んだ。
以前よりも多くの銀貨を渡し、より確実な情報を要求する。「対価は惜しまない、難病に苦しむ富裕層」——私の求める条件は明確だった。
幸運にも、情報はすぐにもたらされた。
大きな染物工房の主人が、原因不明の皮膚病に長年悩まされており、最近特に悪化して仕事もままならないという。
ルント市中の薬師を頼ったが効果はなく途方に暮れているらしい。工房の経営は順調で、治療のためなら金に糸目はつけない、と。
私は即座に行動した。紹介状もないまま工房へ直接乗り込み、治療師イロハだと名乗り診察を申し出る。「ダリウス様の娘御の石人化病を治した者だ」と告げると態度を変えた。噂は、こういう形で利用できるのだ。
工房の主人の皮膚病は確かに酷い状態だった。
全身に広がる発疹と、耐え難い痒み。一部は掻きむしられて血が滲んでいる。問診と観察——強化された私の診断能力が原因を絞り込んでいく。
——特定の化学物質に対する遅延型アレルギー、あるいはそれに類似した免疫系の過剰反応の可能性が高い。
本を確認する。『アレルギー・免疫疾患』……「特殊アレルギー性皮膚炎治療薬」。効能は、過剰反応の抑制と、炎症・痒みの根本的な鎮静。「知識習得」コストは三十万。「使用」コストは七万。
診察を終え、私はロレンツォ氏に向き直った。
「旦那様の症状、おそらくは特定の物質に対する、身体の過剰な反応が原因でしょう。私には、その反応を根本から抑えるための、特殊な薬の知識があります」
「ほ、本当かね!? この痒みが……治るというのか!?」
「可能性は十分にあります。その薬を作るには極めて高度で相応の対価を必要とします」
彼の目を真っ直ぐに見据え、告げた。これが、私のやり方だ。
「まず、治療する薬を作るために、着手金として、大金貨四枚(価値四十万)を頂戴いたします。そして、治療が成功し、旦那様の苦しみが完全に癒えた暁には、成功報酬として、別途、大金貨二枚(価値二十万)をお願いしたく存じます」
知識習得コスト三十万に、諸経費としてコスト十万。成功報酬の利益としてコストニ十万を乗せた総額大金貨六枚の要求。
ロレンツォ氏は、絶句した。その額は、彼の予想を遥かに超えていたのだろう。顔面が蒼白になっている。
「ろ……総額で大金貨六枚、だと……? そ、それは……!」
「法外であることは承知しております。ですが、この治療を可能にする薬は、それだけの価値があるのです。もし、ご決断いただけないのであれば……」
私が言いかけると、ロレンツォ氏は、身を掻きむしりたい衝動を必死で抑えながら、呻くように言った。
「……わ、わかった……! 払おう! その、着手金とやら……大金貨四枚、用意する! だから……頼む! この地獄から、私を救ってくれ……!」
契約は成立した。彼はすぐに人を呼び、震える手で大金貨四枚を用意させ、私に差し出した。
その重みを受け止めると、私はすぐに本にアクセスし「特殊アレルギー性皮膚炎治療薬」の「知識習得」を実行。価値三十万が消費され、新たな薬学知識が流れ込む。
さて、次は薬の調合だ。レシピを確認する……やはり、いくつかの材料はこの街では手に入りにくい、特殊な薬草や鉱石が必要らしい。市場を探すか? いや……待てよ。
本には、各材料の詳細な情報が記載されている。その横に、以前は見落としていた小さなアイコンが……。意識を向けると、表示が変わった。
【素材名:月長石の粉末 / レア度:B / 市場価格:銀貨3枚 / 本書からの取得コスト:3,500】
……! 本から、素材を「入手」できる!? なんてことだ! これなら、希少な材料を探し回る必要がない! コストは……市場推定価格より少しだけ高いか? だが、時間と確実性を考えれば安いものだ。
必要な希少素材をいくつか、本から直接入手し、手持ちの材料と合わせて、アレルギー治療薬の調合に取り掛かった。完成したのは、純白の小さな錠剤だった。
ロレンツォ氏に薬を届け、服用方法(一日一回、食後)を指示する。彼は疑心暗鬼ながらも、藁にもすがる思いで服用を開始した。
効果は、数日後に現れ始めた。まず、あれほど酷かった痒みが明らかに軽減したのだ。
そして一週間、二週間と経つうちに、赤く腫れ上がっていた発疹も徐々に引いていき、ひと月後には、彼はほとんど以前の健康な皮膚を取り戻していた。
「……信じられん。まるで、魔法だ……!」
彼は、すっかり綺麗になった自分の腕を見つめながら、感極まった様子で私に言った。成功報酬の支払いも、もちろん滞りなく行われた。
また一つ、大きな依頼を成功させた。私の評判は、良くも悪くも、さらに広がることだろう。そして、手元には再び、莫大な価値が戻ってきた。これで、また一歩、目標に近づいたのだ。




