表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/66

第28話 対価と成果

 それからさらに数日が経過した。ダリウス氏の屋敷の一室で、私は献身的に少女の看病を続けた。

 一日三回、正確な時間に自ら調合した深い紫色の薬液を投与し、その都度、彼女のバイタルサイン(脈拍、呼吸、顔色)、そして何より皮膚の硬化具合を注意深く観察する。


 薬の効果は、劇的ではなかったが、しかし着実に現れていた。日を追うごとに、少女の顔色は赤みを取り戻し、蝋のようだった肌には、わずかながら温もりと弾力が蘇ってきた。特に、硬化が始まっていた指先などは、明らかに以前より動かしやすくなっているように見えた。浅く速かった呼吸も、深く、穏やかなリズムを取り戻しつつある。


 治療開始から一週間が経つ頃には、少女はほとんどの時間、はっきりとした意識を保つようになり、か細いながらも両親と短い会話を交わせるまでに回復していた。

 まだベッドからは起き上がれないものの、死の淵を彷徨っていた数日前とは、比較にならないほどの改善だ。


 その間、ダリウス氏との協力関係も続いていた。彼は約束通り、考えうる限りの手段を使って情報を集め、書庫に運び込んでくれた。それらの資料と命脈の書(ルート・オブ・ライフ)を照合する中で、今回の「石人化病」が、おそらくは非常に稀な先天性の代謝異常であり、黒曜石に含まれる特殊な微量元素が、その異常な代謝プロセスを阻害・正常化する鍵であるらしい、ということまで突き止められた。

 根本的な「治癒」には、まだ多くの課題が残るが、少なくとも、今回調合した薬が有効であることの裏付けは取れたと言える。


 治療開始から十日目の朝。私は最終的な診察を行い、ダリウス氏と彼の妻に結果を告げた。


「……峠は越えた、と考えてよいでしょう。石人化病の進行は完全に停止し、硬化した組織も、時間はかかるでしょうが、徐々に改善していくと思われます。あとは、体力の回復を待ちながら、経過を注意深く見ていくことになります」

「おお……! ああ……!」


 ダリウス氏は感極まったように言葉を失い、夫人は再び喜びの涙を流した。


「ありがとう……本当に、ありがとう、イロハ殿……! 君は、娘の……我々の命の恩人だ!」


 ダリウス氏は私の手を取り、何度も、何度も頭を下げた。


 彼らに今後のケアについて詳細な指示書と共に丁寧に説明した。薬の残りは、数週間分をまとめて渡しておく。これで、私の直接的な治療は一旦終了となる。


「それで……約束の、報酬だが」


 ダリウス氏が改まった口調で言った。彼は執事を呼び用意させていたのであろう重い革袋を私の前に差し出した。中には鈍い輝きを放つ大金貨が間違いなく五枚入っていた。価値にして五十万。


「これで……足りるだろうか? いや、足りないくらいだ。もし、もっと必要なら、何でも言ってくれ」

「……いいえ。これで、十分です。お約束ですから」


 平静を装い、それを受け取った。大金貨五枚。以前手にした着手金と合わせて、百万……大白金貨一枚分の価値。とてつもない大金だ。これで、私の目的は大きく前進する。


 屋敷を出る際、ダリウス氏は改めて深々と頭を下げた。


「イロハ殿、君には、どう感謝してもしきれない。今後、何か困ったことがあれば、いつでも私を頼ってほしい。この街で宝石商を営む私として、必ず力になろう」


 それは、ルント市で大きな力を持つ商人からの、最大限の信頼と支援の申し出だった。私はただ、静かに一礼して、その言葉を受け止めた。


 久しぶりに、自分の部屋へと戻る。扉を開けると、数日ぶりの我が家の空気が妙に落ち着いた。机の上に置かれた命脈の書(ルート・オブ・ライフ)が、静かに私を待っている。


 私は、ダリウス氏から受け取った大金貨を袋から取り出し、机の上に並べてみた。五つの黄金の輝き。これが、価値五十万。蓄えが一気に増えた。


 次に「知識習得」を狙っているページを開く。『外科手術』カテゴリー……『基本開腹術および縫合技術』……。その「知識習得」コストは……百万。

 ……半分程度まで貯めることが出来た。そして、大金貨の輝きを見つめていた……。


 簡単な感冒薬ですら、まともに手に入れられない人々がいる一方で、私は莫大な対価を得て、高度な医療技術を独占しようとしている。だが、もう後戻りはできない。私は、より多くの命を、より確実に救うための力を手に入れるのだ。そのためならば——。


 私は、本に意識を集中させた。次なる目標は、明確だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ