表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/66

第25話 迫る刻限

 宝石商ダリウス氏の屋敷に通い詰め書庫に籠る日々が始まった。

 目の前には、彼が集めてくれた古今東西の医学書、薬草学の文献、地方の伝承を記した羊皮紙の束、そして見たこともない鉱石や植物の標本が書庫の大きな机を埋め尽くしていた。


 時間がない。抑制薬の効果は、持って一週間。既に三日が経過していた。

 少女の容態は安定しているとはいえ根本的な解決には至っていない。私は焦りと闘いながら、膨大な資料の海に分け入った。


 古い文献の文字は難解で記述も曖昧なものが多い。「稀なる病」「石の呪い」「徐々に命の灯火が消える奇病」……。似たような症状を示唆する記述は散見されるものの、原因や治療法となると、迷信めいたものや、効果の疑わしい薬草の名前が挙げられているだけだった。


 ダリウス氏も必死だった。彼の指示で、遠方の都市にまで早馬が送られ、新たな情報や物品が次々と運び込まれてくる。時には彼自身が書庫を訪れ、やつれた顔で「何か手掛かりはあったか?」と尋ねてきた。その度に、私は「まだです。ですが、必ず……」と答えるしかなかった。


 これらの外部情報と命脈の書(ルート・オブ・ライフ)の情報を突き合わせていく。本に記載されている病名や薬草名が、この世界の一般的な呼称と異なる場合が多い。だが、症状の詳細な記述、あるいは薬草や鉱物の持つ「効能」に関するキーワードを元に、本の膨大なデータベースを検索し、可能性のある項目を一つ一つ潰していく。


 『代謝異常』『内分泌疾患』『毒物学』……。関連しそうなカテゴリーを開き、無数の項目に目を通す。

 診断技術で得た「進行性の組織硬化」という所見を手掛かりに検索を絞り込む。それでも、決定的な治療法は見つからない。「知識習得」や「生成解放」に必要なコストは、依然として天文学的な数値を示しているものがほとんどだ。


 五日目の夜。疲労はピークに達していた。書庫に籠りきりで、ろくに睡眠も取れていない。集中力が途切れかけ諦めの気持ちが胸をよぎる。やはり、無理だったのか……? 本の力があっても、今の私では……。


 その時、ダリウス氏が、一つの小さな木箱を持ってきた。


「……これは、古くから我が家に伝わるものでな。正直、迷信の類だと思っていたのだが……」


 箱の中には、黒く変色した、奇妙な形状の鉱石が一つ、収められていた。


「『石化を解く石』として、お守りのように伝えられてきたものだ。何の根拠もない。だが、もう、他に……」


 彼の声は、かすれていた。私はその黒い石を手に取る。ひんやりと冷たく、滑らかな感触。成分は……見ただけでは全く分からない。だが……。


 私は、その石を持って、本の前に座り直した。『鉱物』『解毒』『代謝促進』……関連しそうなキーワードで、再度、本を検索する。そして……あった。


 一つの項目が、私の目に飛び込んできた。


黒曜石(こくようせき)を用いた特定代謝異常の阻害薬合成法】

  ┣ 知識習得: 300,000 [効能:石人化病の進行を阻害し、初期段階であれば硬化組織の改善を促す。必要材料:精製黒曜石粉末、月雫草(つきしずくそう)の露、他。高度な調合技術が必要]

  ┣ 使用: (表示なし)

  ┗ 生成解放: (表示なし)


 黒曜石……! この石のことか? そして、コストは三十万! 今の私の所持価値(約三十五万強)でギリギリ手が届く……! しかも、「石人化病」と、まさにこの症状を示唆するような記述まで!

 効能には「根本治療」とは書かれていない。「進行阻害」と「改善」。だが、それでも、一時しのぎの抑制薬よりは遥かに希望が持てる。これだ……! これしかない!


「ダリウス様!」


 私は書庫を飛び出し、彼の元へ駆け寄った。


「治療法が……見つかるかもしれません! この石……黒曜石が鍵になります!」

「ほ、本当か!?」

「はい! ただし、これを使って特殊な薬を調合する必要があります。それには、私の持つ知識と、非常に精密な技術が必要です。すぐに準備をお願いできますか?」


 一刻の猶予もない。抑制薬の効果が切れるまで、あと一日か二日……。

 私はダリウス氏に、本に記されていた他の必要材料(月雫草の露など、幸いにも彼の集めた資料の中に該当しそうなものがあった!)の準備を指示し、自身は部屋に戻ると、すぐさま本に向き合った。


 「——黒曜石(こくようせき)を用いた特定代謝異常の阻害薬合成法、知識習得!」


 価値三十万。大金貨三枚分の価値が、本の要求に応じて吸い上げられる感覚。そして、頭の中に、複雑で精密な薬の合成プロセスが流れ込んでくる。

 温度管理、材料の投入順序、攪拌速度……高度な実験室レベルの知識だ。今の私に、この部屋で、どこまで正確に再現できるか……?


 不安はある。だが、やるしかないのだ。時間との勝負が始まっていた。私は、新たに得た知識と、ダリウス氏が集めてくれた材料、そしてこの部屋にある限られた道具を使って、前代未聞の薬の調合に取り掛かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ