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第20話 二つの顔

 ミーナと名乗った薬草店の少女との出会いは、私の日常に小さな変化をもたらした。

 相変わらず、私は「難治・高額」の看板を掲げ、持ち込まれる依頼を選別し、本の力を使って対価を得る日々を送っている。だが、その合間に、時折あの小さな薬草店へ足を運ぶようになった。


 最初は、先日もらった咳止めの薬草(効果は気休め程度だったが)の礼を言うという口実だった。店を訪れると、ミーナは少し驚きながらも、嬉しそうに私を迎えてくれた。


「イロハさん! この前はありがとう。教えてもらったキズハの湿布、試してみたら、お客さんにすごく喜ばれたんだ!」


 彼女は興奮した様子で、目を輝かせながら話す。どうやら、私が教えた「傷を洗い、葉をすり潰して塗る」という方法を、早速実践してくれたらしい。


「それは良かった。清潔にするだけでも、傷の治りは大きく違いますから」

「うん! 本当だね! あのね、他にも色々聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」


 それ以来、私は時間を見つけてはミーナの店に立ち寄り、彼女が扱う薬草について尋ねたり、逆に私が知っている基本的な衛生知識や、簡単な症状の見分け方などを教えたりするようになった。

 もちろん、命脈の書(ルート・オブ・ライフ)の存在や、私が持つ本来の医学知識については、おくびにも出さない。あくまで、「遠い場所で医療の基礎を学んだ」経験からのアドバイス、という(てい)だ。


 ミーナは、驚くほど素直で吸収が早かった。私が教えたことは、すぐに自分のやり方に取り入れ、熱心に客に説明している。その真摯な姿を見ていると、以前の自分——ただひたすらに知識を求め、人の役に立ちたいと願っていた頃の自分を、少しだけ思い出すことがあった。


 私の「本業」の方も、少しずつ軌道に乗っていた。ギルベルト商会の一件以来、「高額だが、他で見放された症状を治せるかもしれない」という噂が、富裕層の間で密かに広まっているらしかった。

 持ち込まれる依頼は、どれも一筋縄ではいかないものばかりだ。原因不明の慢性痛、悪性の腫瘍(と疑われるもの)、進行の早い麻痺……。


 私はその都度、冷静に診察し、本の情報を参照し、可能な治療法(大抵は高コストな「使用」だ)と、その対価を提示する。

 時には、銀貨数十枚、あるいは大金貨数枚という額になることもあった。依頼人は顔を(しか)め、あるいは罵倒したが、結局は他に頼る術がなく、私の条件を飲むことが多かった。


 そうして得た価値で、私はさらに本の項目を解放していく……ことは中々できなかった。次に必要となるであろう知識や技術のコストは、依然としてあまりにも大きい。今はただ、来るべき時のために、ひたすら価値を蓄積するしかない。


 高額な依頼をこなす一方で、軽微な症状で私の部屋を訪ねてくる人々を、私は変わらず冷たく追い返していた。「あそこは金持ち専門だ」「あの娘には血が通っていない」——そんな陰口が聞こえてきても、もう気にはならなかった。むしろ、それこそが私の望む状況だ。期待を持たせて、結局救えないことの方が、よほど残酷なのだから。


 そんなある夜のことだった。


 日中の依頼の記録を整理し、ようやく眠りにつこうとしていた矢先、部屋の扉が、まるで壊れるのではないかと思うほど激しく叩かれた。


 何事かと身構えながら扉を開けると、そこには、息を切らせ顔面蒼白になった若い男が立っていた。身なりは悪くない。どこかの店の若旦那だろうか。


「頼む! 来てくれ! 子供が……うちの子が、急に……!」


 男は言葉を続けられないほど動転している。尋常ではない事態であることは明らかだった。


「落ち着いてください。何があったんですか?」

「分からない! さっきまで普通だったんだ! なのに突然、胸を押さえて苦しみだして……顔が、紫色に……!」


——チアノーゼ!?


 心臓か、あるいは呼吸器系の、極めて深刻な発作の可能性が高い。一刻を争う状況だ。


「案内してください! 急いで!」


 私は最低限の道具を鞄に詰め込むと、男に続いて、夜のルント市の道を駆け出した。どうか、間に合ってくれ……! そして、今の私に……この本に、できることがあるように……!


 祈るような気持ちで、私は暗い石畳を蹴った。

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