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第14話 価値と代償

 商会長自らが私の部屋を訪ねてきて、深々と頭を下げ、改めて感謝の言葉と、追加の報酬だと銀貨数枚を差し出した。私はそれらを、複雑な思いを押し殺して受け取った。


「イロハ殿。君はいったい何者なのだ? あの薬は……どこで手に入れた?」


 商会長が当然の疑問を口にする。私は用意していた答えを返した。


「遠い場所で学んだ特殊な知識と薬です。詳しいことは……申し訳ありませんが、お話しできません」

「……そうか。無理にとは言うまい」


 彼はそれ以上は追求せず、ただ、「今後、もし何かあった際には、またお願いできるだろうか。もちろん、対価は……弾む」と、力強く言った。

 これが富裕層との繋がり、ということか。私は静かに頷いた。


 商会長が帰った後、私は改めて自分の手元に残った価値を確認する。

 治療に使った抗菌薬の「使用」コストが五万。そして、今回追加で得た銀貨数枚。差し引きして、手元には五万を超える価値がある。これは、私がこの世界に来てから手にした、最大の金額だ。

 銅貨一枚、銭貨一枚を必死で稼いでいた日々が、遠い昔のことのように思える。だが、これは、あの少女の命と引き換えに得たものだ。その事実は、決して軽くはない。


 この価値を、どう使うべきか迷いはなかった。すぐに命脈の書(ルート・オブ・ライフ)を開き、先日目標として定めた項目を探す。


【一般的な感冒症状の緩和薬】

  ┣ 知識習得: 50,000 [効能:解熱、鎮咳、鎮痛(軽度)。必要材料:??草の根、??樹の皮、他。詳細な調合知識を獲得。以後、「使用」コストが500に低下]

  ┣ 使用: 5,000 [効果:症状緩和薬(1回分)を一時生成]

  ┗ 生成解放: 500,000 [効果:必要時にコスト0で生成可能※知識習得済の場合、コスト495,000]


「知識習得」、コスト五万。今の私なら支払える。


 私は本に意識を集中し強く命じた。「——感冒薬、知識習得!」

 瞬間、再び頭の中に情報が流れ込んでくる感覚。今回は、以前の「基本医療知識」の登録とは異なり、より具体的で実践的な知識だ。特定の薬草の選別方法、根や皮からの有効成分の抽出・精製プロセス、他の材料との最適な調合比率、そして完成した薬の適切な用法・用量……。まるで、何年もかけて薬学を学んだかのような知識が、一瞬で脳に刻み込まれた。


 確認のため、再度本のページを見る。


【一般的な感冒症状の緩和薬】

 ┣ 知識習得: 達成済 [効能:解熱、鎮咳、鎮痛(軽度)。必要材料:火照根(ほてりこん)静止木(せいしぼく)の樹皮、清浄な水、他。 詳細な調合知識を完全習得]

 ┣ 使用: コスト 500 (銀貨5枚相当) [効果:症状緩和薬(1回分)を一時生成]

 ┗ 生成解放: 495,000 [効果:必要時にコスト0で生成可能(医療使用限定)]


 「知識習得:達成済」となり「使用」コストも銀貨五枚分まで下がっている。そして詳細なレシピも入手した。これで、材料さえ手に入れば、私は自分の手で感冒薬を作ることができる。たとえ「生成解放」には程遠くても、これは大きな進歩だ。



 そして『ギルベルト商会の娘さんが完全に回復した』、と正式に伝えられたのは、最初の治療から五日ほど経った日のことだった。


 ギルベルト商会の娘の一件は、あれだけの大金が動いたのだ、人々の口に上らないはずがない。

 街に出れば以前とは違う種類の視線を感じる気がする。好奇か、あるいは警戒か……。 手放しの賞賛ばかりでないことは確かだろう。

 だが、今はそれでいい。重要なのは「他に治せないものを治せるかもしれない」という可能性が、それを必要とし、かつ支払える人々の耳に届くことだ。望むところだ、たとえ「得体の知れない、金次第の治療師」と最終的に呼ばれることになったとしても。


 そのためには、もう少し体裁を整える必要もあるかもしれない。今のままでは、ただの貧しい娘だ。せめて、清潔な衣服と、最低限の薬草(キズハなど、自分で作れるもの)や道具を揃え、いつでも往診に応じられる準備くらいはしておくべきだろう。拠点としているこの部屋も、もう少し……いや、それはまだ先か。


 稼いだ価値は、いざという時の「使用」コストのために貯めておかなければならない。次に狙うべきは何か? 本をめくりながら考える。外科系の技術か、それとも別の内科薬か。診断系の能力も必要だ……。必要なものは、あまりにも多い。そして、そのどれもが、今の私にはまだ手の届かない場所にある。


 だが道筋は見えた。高額な対価と引き換えに困難な治療を請け負う。そして得た価値で、本の力を解放していく。その繰り返し。たとえ「悪徳医者」と呼ばれようとも、それで一人でも多くの命を救えるようになるのなら……。私は、自分にそう言い聞かせた。あの日の後悔を、二度と繰り返さないために。


 私は、手に入れたばかりの感冒薬のレシピを記憶に刻み込みながら、次に探すべき薬草の情報を整理し始めた。

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