Last Whistle
3月の下旬、修治はあわただしくなっていた。来月から父、和巳の転勤で引っ越す事になった。今はその準備であわただしくなっている。すでに修了式で小学校のみんなにお別れをして、来月から新しい小学校でお世話になる。新しい小学校で、引っ越し先でどんな出会いがあるんだろう。どれだけ友達ができるんだろう。全くわからないが、いい方向に進んだらいいな。
「修治ー、早く片付けなさい」
「はーい!」
母、夏美の声で、修司は焦った。自分のペースでやっているのに。もっと早く準備をしないと。
修治は棚から衣類を出し、段ボール箱に入れていた。棚の中には、衣類がたくさんある。その中には、もう何年も来ていない服もある。そして、和巳が着ていたものもある。
と、修司はあるものを見つけた。それはユニフォームのようだ。胸のあたりにわからない漢字が書かれている。
「あれっ、これは?」
その声に反応して、夏美がやって来た。夏美はその服を見たが、何なのかわからない。夏美は首をかしげた。
「わからない」
と、そこに和巳がやって来た。和巳も忙しそうな表情だ。
「父さーん、これは?」
「なになに?」
和巳は2人の元に近寄ってきた。和巳はその服を見て反応した。その服の事を知っているようだ。
「あっ、これ、懐かしいな」
「何なの?」
2人は聞きたかった。このユニフォームにはどんな思い出があるんだろうか?
「父さん、高校ではサッカー部だったんだが、そのユニフォームなんだ」
和巳は小学校の頃は少年サッカーをやっていて、中学校と高校はともにサッカー部だった。これは、高校のサッカー部のユニフォームだ。
「そうなの?」
「うん・・・」
だが、和巳はそれを離すと少し涙を流してしまった。この高校時代に何か、つらい思い出があったんだろうか?
「どうしたの? 涙が・・・」
「いや、あの時の悔しさを思い出してね」
和巳はあの時の事を思い出した。忘れようとしても、忘れられない思い出だ。
和巳は県大会の決勝戦でDFとして先発で出場していた。和巳の通っている高校は、全国大会には出ていないものの、毎年惜しい所まで進んでいた。今年こそはという思いがとても強かった。
試合は1点をリードして後半のアディショナルタイムに入っていた。アディショナルタイムは3分との表示が出た。ここを守り抜けば全国大会だ。
「あと3分あと3分!」
キャプテンの丸山は気合が入っていた。高校の長年の悲願だった全国大会まであと少しだ。
「頑張れよ!」
「ああ」
アディショナルタイムは3分になり、いよいよ全国大会が見えてきた。相手チームのコーナーキックだ。ここを守れば全国大会だ。みんな気合が入っていた。絶対に守り抜くぞ!
「ここを守れば全国大会だぞ!」
「うん!」
相手チームが蹴った。それとともに、両チームのプレイヤーが動く。その中には、相手チームのGKも来ている。一か八かの総力戦だ。
だが、和巳は相手のキャプテンを押してしまった。そして、ホイッスルが鳴った。
「あっ・・・」
「そんな・・・。PK・・・」
ここに来てPKとは。もし、これを決められて、逆転負けしたら、自分のせいだ。どうしよう。和巳はうずくまってしまった。立ち直らせようと、味方がやって来て、慰める。だが、和巳の表情は変わらない。
再び上を向くと、そこにはPKを決めて喜ぶ相手チームがいる。そして、後半終了のホイッスルが鳴った。あと少しだったのに、PK戦になってしまった。
「決められてしまった・・・」
「どうしよう・・・」
丸山は呆然としていた。直前になってこんな事になるなんて。あまりにもひどすぎる。だけど、PK戦で勝てば全国大会に行ける。下を向いてはならない。
「直前でPK戦になるとは・・・」
和巳も呆然となった。自分のせいでPK戦になってしまった。だが、下を向いてはならない。目の前のPK戦に集中しよう。
「とにかく頑張ろう。勝てば全国大会だぞ」
「ああ」
そして、PK戦が始まった。両チームは次々とPKを決めていく。決めるうちに、キッカーには徐々にプレッシャーがかかってくる。外したらどうしよう。
3人目は和巳だ。これを決めればPKのきっかけを作ったファウルの借りを返せる。絶対に決めてやる! 和巳はすっかり立ち直っていた。
和巳はボールを蹴った。和巳の蹴ったボールは右端に飛んでいった。和巳はPKに成功した。
「よし! 決めた!」
和巳はほっとした。これでファウルの借りを返せたようだ。胸を張って試合を追われる。
「これでPKの借りを返せた!」
「そうだな」
だが、相手もなかなか失敗しない。GKの浜口が止められないのだ。みんな悔しがっていた。浜口が止めてくれる。そう信じているのに。どうして止められないのだ。
「くそっ、止められないのかな?」
「浜口を信じろ」
「ああ」
そして、5人目のキッカーになった。5人目は丸山だ。みんなとまとめてきた丸山なら、絶対にこれを決めてサドンデスに持ち込んでくれるはずだ。丸山を信じよう。
「最後はキャプテンだ・・・」
「なんとしてもサドンデスに・・・」
和巳をはじめ、みんなが願っていた。観客席にいる部員や生徒も同じだ。だが、丸山の蹴ったボールは、相手のGKに止められた。その瞬間、全国大会への道が絶たれた。まさかの出来事だ。こんな事があっていいのだろうか?
「そんな・・・。外した・・・」
その瞬間、和巳はうずくまった。自分のせいで、PK戦になってしまった。自分がファウルをしていなければ。
「終わった・・・。僕のせいだ・・・」
と、浜口が肩を叩いた。浜口も泣いている。止められなかったつらさが込み上げている。あの時、止めていれば、全国大会に行けたかもしれないのに。後悔後先たたずだ。
「和巳は悪くないよ・・・」
「うーん・・・」
そこに監督がやって来た。監督も泣いている。監督も悔しそうだ。だが、最後のミーティングをしないと。
「和巳、これからの人生、頑張れよ」
「うん・・・」
こうして、和巳の青春は終わった。
2人はその話に聞き入っていた。このユニフォームには、こんな思い出が詰まっているんだな。
「そんな思い出があったんだね」
「もう、青春は二度とこない・・・」
どんなに願っても、青春は一度だけだ。その一度の青春に全てを捧げる。そしてそれは、一生の思い出になる。
と、和巳は外を見た。この風景ともお別れだ。あの時と同じように、みんなともお別れだ。寂しいけれど、それは新しい日々の始まりの時だ。そっちでも頑張らないと。
「もうここともお別れだね」
「そっちでも頑張らなきゃね」
これまでに様々な出会いと別れを経験してきた。この先ではどんな出会いがあるんだろう。わからないけれど、それがきっと一生の思い出になるだろう。たとえそれが、悔しい事でも、嬉しい事でも。