とあるおまじないの言葉
私の家には代々伝わるおまじないの言葉がある。
発音するのはとても難しくて、おまけにその言葉の意味は誰も知らない。
私が知っているのはありとあらゆる存在が、このおまじないを恐れているというだけ。
それは例えば悪い人間。
それは例えば恐ろしい幽霊。
それは例えばおとぎ話に出てくる異形のもの。
全てがこのおまじないの言葉を恐れている。
実は私もこの言葉があまり好きじゃない。
口にすると何か、不思議な気持ちになるから。
それは、気づいてはいけない事に気づきそうになっている。
そんな気分に。
ずっと、遠くに。
もしかしたら、地球の外。
あるいは、宇宙の外側かもしれない。
いずれにせよ、想像できないほど遠くにある、何かに気づきそうになる。
そんな気分になる。
だけど、私は何か危機が迫った時にはこのおまじないの言葉を使い続ける。
だって、命より大切な物はないのだから。
だから、私も今日もおまじないを唱える。
「Azath……」
・
・
・
ずっと、ずっと昔に。
恐ろしい魔王がいた。
あらゆる命がそれを恐れた。
恐れ続けた。
しかし、ある時。
その魔王は深い、深い眠りについた。
そして、魔王は今も眠り続けている。
従者の奏でる奇妙な音楽を聴きながら。
ある、まじないの言葉があった。
そのまじないは『慈悲深く覆い被されている』という意味を持つ。
そして、その魔王の名前でもある。
この言葉をあらゆる命は恐れる。
それは、僅かばかりも魔王の存在を知りたくないから。
自身の名前がそのようなことに使われているなど知りもせず。
今日も魔王は微睡み続ける。