厨二病○○襲来! 5
ちょっと早いですが、本作の年内の更新が本日最終日なので、年末のご挨拶をさせてくださいませ。
2025年は大変お世話になりました。
2026年も引き続き頑張って行こうと思いますので今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
「本当に、本当に申し訳ありません‼」
やって来たトルデリーゼの保護者の魔人は、二十代半ばくらいの見た目の男性だった。
名を、バルトルトさん。
魔人に非常に多い、黒い髪と黒い瞳を持った彼は、さっきからぺこぺこと何度も頭を下げている。
……よかった、こっちは良識人っぽい。
バルトルトさんに頭を抑えつけられたトルデリーゼが、ぶすーっと頬を膨らませていた。
「あの、とりあえず、座りませんか?」
ずっとぺこぺこされていたら、こちらとしても対応に困るし。
お父様が席を勧めると、バルトルトさんは申し訳なさそうな顔をしつつトルデリーゼの隣に座る。
トルデリーゼを回収してくれるのはとても嬉しいが、せめてこの茶番の理由が知りたい。
……それに、気になることがあるからね。
バルトルトさんによれば、トルデリーゼの両親と兄は去年亡くなっていて、それ以来、遠縁にあたる彼が保護者代わりとして面倒を見ていたそうだ。
「突然親を亡くしてしまったのもあって、ついつい甘やかしてしまって……気づいたらこんなことに」
バルトルトは両手で顔を覆って嘆息しているが、なるほど、元凶はこの男かとわたしは半眼になった。
「いろいろ聞きたいことはありますが、まず、この子が魔王と言うのは本当なんですか?」
お父様が訊ねると、バルトルトさんはちょっとだけ自慢げな顔をして頷く。
「それは、はい。一年ほど前に魔王として覚醒しましたので、トルデリーゼが当代魔王です」
「当代?」
「ええ。魔王はいつの時代にも魔人の中から一人選ばれます。選ばれるというか、先の魔王が死ねば次の魔王が誕生……覚醒するんです。強い魔人の中から一人、魔王たる資格を得ます」
「魔王たる資格?」
「ええ。魔力が増加するとともにその身に宿る瘴気も増加します。我ら魔人の魔力には瘴気が籠っていますから」
……うわー、なんて迷惑な……。
この子が発する瘴気濃度が高いのは、間違いなくそのせいだろう。
だけど、気になるのは「いつの時代にも一人」と言う点だ。
「その言い方だと、常に魔王はこの世界にいると言っているように聞こえますが」
二十二年前に魔王を倒したお父様も困惑顔である。
魔王と倒せば次の魔王が生まれるなら、堂々巡りもいいところだ。何のために倒すのかわかったもんじゃない。
だけど、バルトルトさんはけろりとした顔で首肯する。
「いますよ。ただ、人類が『魔王』と呼ぶ存在と、我らが『魔王』とする存在は、必ずしも同じではないですが」
「どういうことですか?」
魔王の被害者であるライナルトが怪訝そうな顔をした。
「人類が魔王と認識するのは、魔王となって、人類に敵対する存在です。ですが我らは必ずしも人類を敵視しているわけではありません。かくいう私も共存派ですからね。ですので、魔王となっても、人類に敵対しなければ人にとって何か不都合があるわけではないでしょう? ただ、我らの王が誕生するだけですから」
なるほど、常に魔王はいたけれど、わたしたちが「魔王」と認識して危険視していた存在は、魔人の中に誕生する「魔王」の中のごく一部だった、ということね。
たまたま二十二年前に誕生していた魔王は、人類を敵と認識していた魔人だったから、人々に危害が加われてお父様たちが討伐へ向かったのだ。
トルデリーゼはイタイ子だけど、見たところ、人類を敵視しているわけではなさそうである。
まあ、聖レーツェル国をぶんどってそこに魔王国を建国しようなんてふざけたことを考えているようなので、その思考回路だけを取れば人類にとって危険な存在と言えなくもないけど。
わたしがふむふむと頷いていたら、お母様がおっとりと頬に手を当てた。
「あらでも、発生させる瘴気がそれほど強いなら、人類側が敵視しそうなものだけど」
「それについても、普通ならば問題ないのですよ」
バルトルトさんは、再びクッキーを頬張りはじめたトルデリーゼを一瞥し、情けない顔をした。
「私達魔人は、できるだけ外部に瘴気を漏らさないように幼いころから訓練を重ねます。これは、我ら魔人と人類が共存する上で我々側が譲歩しなければならない問題と認識しているので、ほとんどの魔人はそうするのです。人類と敵対している魔人ですら、ある程度瘴気をコントロールします。瘴気溜まりが生まれたら私たちにとっても困るので」
「困るんですか?」
「ええ。だって、瘴気に汚染された土地では作物は育たないじゃないですか。食糧が採れなくなるのは困ります。瘴気を口にするのは問題ないですが、食べるものが採れないのは問題です」
……な、なるほど。
言われてみたらその通りなんだけど、魔人もそうなんだと思うとちょっと拍子抜けしちゃうわ。
「だからバルトルトさんからは瘴気があまり漏れ出てないんですね」
あまりどころか、ほとんど瘴気の影響を感じない。
隣に好き勝手まき散らしている魔王がいるからわかりにくいが、バルトルトさんは、普通の人として生活しても何ら問題ないレベルで瘴気を制御しているようだ。
バルトルトさんはちょっと照れたように頬を掻いて「この手のコントロールは得意なんです」と笑う。
「トルデリーゼも、これでも幼い頃から訓練をさせて来たには来たんです。ですが、本人にやる気がないのか恐ろしく不器用なのか知りませんがうまくいかず、魔王になって力が膨大してからは余計に悪化して……この通りでして」
「「「ああー……」」」
わたしたちの声が揃った。
バルトルトさんは恥ずかしそうに目を伏せる。
「それでも、魔王として覚醒する前ならそれほど問題ではなかったんですよ。だけど運悪く……と言う言い方もなんですが、魔王に覚醒してしまって、身から発生する瘴気の量が膨大になってしまった。その瘴気が、制御不能で漏れ放題です。ひとところにとどまっては、ひと月もしない間に瘴気溜まりを生むレベルの瘴気量ですから、私はトルデリーゼを連れて大陸中を転々としていたのですが……」
「もうそんなお引越しばっかりの生活は嫌よ! だから聖レーツェル国を乗っ取って魔王国を作るのよ! そのために聖女を子分にするの‼」
「と、わけのわからないことを言い出しまして、つい先日、私が目を離したすきにいなくなって、気づいたらここへ……」
……ちょっと、監督不行き届きもいいところよ!
わたしがあきれていると、クッキーで頬をハムスターのようにしたトルデリーゼが、もぐもぐと口を動かしながら。
「バルトルト、ここにいる人たちをみんな子分にするのよ! あ、そこの素敵なうさ耳イケメンはわたしの夫に……」
「バルトルトさん、ここは教育的指導をするべきではないでしょうか?」
まだ言うかこの厨二病魔王が、とわたしが拳を握ると、バルトルトさんが今ようやくライナルトに気づいたように目を丸くした。
「それは、先々代魔王の呪いですか? ほぼ解けてはいるようですが……」
「待って、ほぼって、まだ全部解けてないの?」
「ええ。いくら聖女であろうとも、先々代魔王が全力でかけた呪いを完全に解くことは難しいですよ。その耳が証拠です」
ちょっと待って! ライナルトにうさ耳が生えてくるのって、呪いの名残だったわけ⁉
……いや、そうよね。瘴気を吸収したところで、普通の人はうさ耳なんて生えないわよね。なんで気づかなかったのわたし……。
ライナルトもショックを受けて固まってしまっている。
呪いが解けたと思っていたのにまだ残っていたなんて、それはショックだろう。
「ごめんなさい、ライナルト……」
わたし、ぬか喜びをさせてしまったのね。
完全に呪いが解けたと思ったのに、わたしの力が及ばなかったんだわ。
「あ……、ヴィルが謝ることじゃないよ。というか、ヴィルのおかげで俺は今こうしてここにいることができているんだから、むしろヴィルには感謝しかないよ」
ライナルトがわたしを励ますように手を握ってくれる。
ライナルトの優しさにじーんと感動しつつ手を握り返していると、バルトルトさんがふむ、と顎に手を当てた。
「力の制御ができるようになれば、トルデリーゼなら解けるかもしれませんけど……」
「嫌よ! うさ耳イケメンはうさ耳イケメンなのよ!」
「トルデリーゼ、ふざけたことを言うんじゃない。第一、我ら魔人が人と婚姻を結ぶことは滅多にないんだ。子供ができないからね」
「そのうさ耳イケメンなら大丈夫よ!」
「いい加減にしなさい!」
ごん、とバルトルトさんの拳がトルデリーゼの頭のてっぺんに落ちた。
髪をぐるぐると巻き付けて角みたいにしていた髪型が、ぺちゃんとなる。
トルデリーゼが、大きな目に涙をためて、大声で泣きだした。
「わあああああああ‼ バルトルトが殴った! もういいもん! もういいもんね‼ バルトルトなんてもう知らないもん! うわああああああっ」
「あ、こらっ!」
トルデリーゼの泣き声に反応するように、空間がぐにゃりと歪む。
バルトルトさんが焦った声を上げた時にはもう、彼女の姿はこの場のどこにもなかった。
「ああああああっ!」
バルトルトさんが頭を抱えて、その体勢のままダイニングテーブルの上に突っ伏す。
「またやられた!」
……なるほど、この調子で撒かれていたみたいね。
バルトルトさんには同情するけど、我儘に育てたのは彼だからね。自業自得というやつよ。
バルトルトさんが立ち上がると、ぺこぺこと頭を下げてから、トルデリーゼと同じように空間をゆがませて消える。
……魔人と言うのは器用なものね。
わたしは妙な感心をしつつ、はあ、と息を吐く。
何はともあれ……嵐は去った。よね?








