厨二病○○襲来! 1
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「まじか……」
「それ」を見たわたしの第一声がこれだった。
王女で聖女の立場で「まじか」はないと思うけど、心の底からそう思ったのだ。
幸いにしてお見合いパーティー会場は阿鼻叫喚の渦だったから、わたしのぽつんとしたつぶやきを拾った人はいないだろう。
皆様がきゃあきゃあと騒いでパニックになっている中、わたしは椅子に座ったまま、まじまじと「それ」を見やった。
え~……。
それは、見た目は美少女だった。
年齢は、十三、四歳くらいだろうか。
艶々の黒髪の上半分は、何故か、角を作るようにあたまのてっぺんでとがらせてある。
その髪で作られた角には赤いリボンがちょうちょ結びにされていた。
ばさりとはためかせた、少女の足首ほどの丈のマントの下は、この世界において珍しいというかなんというか、スポブラ? チューブトップ? ともかくそれっぽい、下着なんだか水着なんだかよくわからない服。そしてその下はホットパンツ。
……この世界でホットパンツなんてはじめて見たわ~。
女は胸は出しても足は出すなという、中世ヨーロッパみたいな貞操観念がまかり通っている世界である。堂々と太ももをさらけ出すような服を売っている店はどこにもない。
あれどこで買ったの?
というか、なんでマント?
そしてその髪型はいったい――
もう、何から突っ込んでいいのかわからずぽかんとするしかないわたしの目の前で、その少女はもう一度マントをばさりと翻し。
「我の名はトルデリーゼ! 魔王、トルデリーゼよ! さあ、人類よ、我が強大な力の前にひれふしぇ……」
噛んだ‼
じゃなくて。
……なんでこの世界にも厨二病を患っている変人がいるわけ⁉
厨二病美少女は思いっきり舌を噛んだのだろう。
涙目になって口を押え、その場にうずくまる自称魔王な厨二病美少女に、どうしていいのかわからないわたしは、助けを求めるようにライナルトを探した。
すると、ライナルトがすぐさまわたしの横に駆けつけてくれる。
厨二病美少女は未だうずくまったままだ。
そのままの体勢で、厨二病美少女はちらりと顔を上げ、十数秒。
それからまた何事もなかったかのようにしゅたっと立ち上がった。
「我の名はトルデリーゼ! 魔王、トルデリーゼよ! さあ、人類よ――」
「またやるの⁉」
まさかのリテイクをしようとしたトルデリーゼとかいう自称魔王に、ついつい突っ込んでしまったわたしは悪くないはずよ。
わたしの突っ込みで名乗りを邪魔されたトルデリーゼが、ぶすっと頬を膨らませる。
「ちょっと邪魔をしないでよ、今いいところなんだから! 黙って聞いて、崇め奉って‼ もっとわたしを敬って‼ わたしは魔王! そう、魔王なのよ‼」
……うわ~、どうしたらいいの、この子。
地団太を踏んでわめき出したトルデリーゼに、わたしは途方に暮れたい気分だった。
なんかもう、もらい事故に遭ったような嫌な気分である。なんでわけのわからないのに絡まれてるんだろう……。
魔王魔王と連呼するトルデリーゼに、気づけばお見合い会場たる庭に残っているのはわたしたち家族と使用人、そしてライナルトだけとなっていた。
お見合いパーティー参加者は、こんなときでも有能な我が家の使用人の指示に従って邸の中に避難しているようである。
……お客さんたちに万が一のことがあったら大変だからね。
お見合いパーティーに来て魔王に襲われた、なんてことになったら、うちの国にとって大ダメージよ。何事もなくこの厨二病な自称魔王を追い返さなくては。
……っていうか、本当に魔王なわけ? 魔人っぽいには魔人っぽいけど、わたし、魔人を見たことないからなあ……。
魔王とやり合ったことのあるお父様とお母様に確認したいところだけど、あの二人もわたしと同じくぽかんとしている。
お父様たちが慌ててないところを見ると、この自称魔王は危険な存在ではないのだろうか。
……ま、見た感じ危険そうではないけどね。イタイだけで。
わたしの側に駆けつけてきてくれたライナルトも、ものすごく反応に困った顔をしている。
そして、厨二病自称魔王は、再びばさりとマントをひるがえした。
「じゃあ気を取り直して。我の名は――」
「しつこい‼」
「ちょっとあんた、さっきから何なの⁉ 最後まで聞きなさいよ‼ こういうのは最後まで聞くのがセオリーでしょう⁉ 邪魔しないで‼ 邪魔しないでー‼」
この厨二病、うざい。
わけのわからない名乗りを聞いてやる義理はないのだけど、聞いてあげないと先に進まないらしい。
ものすごく気が乗らないが、わたしはため息をついて、すっと手のひらをトルデリーゼに向けた。
……はいはいどうぞ。
お父様たちも唖然としているけれど邪魔をするつもりはないらしい。
トルデリーゼはまたまたばさりとマントをひるがえした。
「我の名はトルデリーゼ! 魔王、トルデリーゼよ! さあ、人類よ、我が強大な力の前にひれ伏しなさい! 我こそが、最強にして最恐と恐れられ、やがて世界の頂点に君臨するもの! 魔王なのだから‼」
トルデリーゼがそう叫んでびしっとポーズを決めた瞬間、ドーン‼ と大きな音がして、彼女の背後からもくもくと白い煙が……。
「けほっ! けほっ! しまった威力が強すぎた! けほっ! ちょっとそこのあんたっ、この煙をどうにかしてちょうだい!」
……もうほんと、この厨二病自称魔王、いい加減にしてほしい。
どうやら爆発も煙も演出のようだけど、演出で咳き込む魔王ってどうなのだろうか。
わたしが魔術で風を起こして、もくもくと立ち上る白い煙を払ってやると、煙の中から涙目のトルデリーゼの姿が現れる。
……まったく勘弁……って、えええええええ⁉
ライナルトとこの変人をどうするか相談しようと隣の彼を見たわたしは、そこでギョッとした。
ライナルトの頭に、真っ黒いうさ耳がぴょこんと……。
「わーっ!」
「自分が‼」
少し離れたところにいる家令のニクラウスが、大慌てでライナルトの頭に帽子をかぶせた。
……帽子、用意していたのね。何があっても対応できるように万全の準備をするニクラウスが素敵すぎるわ。
いきなり帽子を頭にかぶせられてライナルトが目を白黒させている。
わたしがジェスチャーで耳が生えていたことを伝えると、ライナルトは目をぱちくりとさせた。
そうよね。だってこの場に瘴気溜まりなんてないもの。
つまり、ライナルトにうさ耳が生えるほどの瘴気の影響を与えたのは――ちょっと認めたくないが、目の前のトルデリーゼだろう。
通常の魔人が発生させる瘴気の量は微々たるものだが、ライナルトにうさ耳を生やすほどの影響を与えたこの厨二病自称魔王は……もしかしなくても、自称、ではないのかもしれない。
……うそでしょ? 魔王ってもっとこう……ねえ?
ようやく涙が落ち着いてきたトルデリーゼが、もう何度目になるかわからないが、またマントをばさりとやる。
「ふっふっふ、驚いて声もないようね‼」
……ちょっと保護者~! 保護者はいないの~⁉
この茶番に、わたしたちはいつまで付き合わされるのだろうか。
魔王と名乗っているけれど、どう考えても人類を滅ぼしそうにないただのイタイ子を、出会い頭に討伐するのは躊躇われる。
見た目も女の子だし、ねえ。
かといって、この茶番に延々と付き合わされるのも勘弁だ。
なので、結論は一つ。
「何しに来たのかはわかりませんが、お帰りはあちらです」
わたしが我が家の門を指させば、厨二病魔王は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「なんでよ――ッ‼」







