お見合いパーティーと乱入者 6
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
……さてと、あっちはどうかしら~?
わたしがついつい余計なことまで言っちゃったからか、リゼロッテはすっかり大人しくなっちゃって、お兄様の周りの陣取り合戦に敗れたご令嬢たちと歓談をはじめた。
この様子だったらリゼロッテを放置しても大丈夫だろうと判断したわたしは、イングリットの様子をうかがう。
監視役のアンネリーエから報告がないから、問題は起きていないと思いたい。
十数人がお兄様のバーゲンセール会場から脱落したけれど、まだまだたくさんの人だかりができていた。
ご令嬢たちの隙間からちらりと見えたお兄様は、相変わらずにこにこと微笑んでいる。
……表情筋が引きつらないのかしら?
我が兄ながらあっぱれだわ、と思いながら、わたしはアンネリーエに近づいた。
「首尾はどう?」
「上々です! カール様カッコイイ……」
目的を忘れてお兄様に見入っていたアンネリーエの頭を、わたしは軽くはたいた。
「一緒になってきゃーきゃー騒いでどうするのよ」
騒ぎつつも監視はきちんとしていたのか、アンネリーエのいる場所から、円の中心部にいるイングリットの姿が見える。
……リゼロッテ(邪魔者)がいないから生き生きしているわね。
さすがのイングリットも、リゼロッテ以外のご令嬢とバチバチ争うつもりはないようだ。というか、そんなことをしたらわたしたちに会場からつまみ出されるのをわかっているのだろう。視線で牽制はしているものの、口から他の令嬢たちへの文句が飛び出すことはない。
だけど、あの場からイングリットを引きずり出さなければ、他のご令嬢がお兄様とろくに話もできない気がした。
さてどうしたものか、と考えていると、円の外にいた見たことないご令嬢が、おずおずとわたしに話しかけてくる。
「聖女ヴィルヘルミーネ様、ご挨拶させてくださいませ」
どうやら、ロヴァルタ国の北に位置する小国の侯爵令嬢のようだ。
今日のお見合いパーティーは決まってから開催までの期間が短かったため、他国の上級貴族は来ていても王女様は来ていない。さすがにスケジュールが調整できなかったのだろう。
我が家に賓客として滞在させる必要がある、他国の公爵令嬢が三名ほど参加していたけれど、それ以外は侯爵令嬢や伯爵令嬢がほとんどだ。子爵令嬢や男爵令嬢もいないわけではないが、彼女たちは我が国の貴族令嬢たちである。他国からの参加者に子爵令嬢や男爵令嬢はいない。
どこかおっとりした雰囲気のある侯爵令嬢は、お兄様と話をするのを半ばあきらめている様子であった。
それならばわたしに近づいておいた方が国のためになるという判断だろう。
イングリットをどうするかはまたあとで考えるとして、彼女と一緒に近くのテーブルに座って話し込んでいると、それにつられて数名のご令嬢たちがやってくる。
女性が集まれば、たいていおしゃべりが盛り上がるものだ。
それぞれの出身国の話からはじまり、話題はいつの間にか瘴気という少々ご令嬢の話題に上るには不向きなものへ移っていった。
「ヴィルヘルミーネ様、聞きまして? 去年の年末から、どうやら一部の魔人たちに動きがあるらしいですわ」
「ええ、わたくしも、わたくしの国の司祭から聞きました。住む場所を決めればあまり生活の場を変えない魔人なのに、年末から年明けにかけて住処を変える魔人が増えていると」
「今のところ、人に危害を加える魔人たちではないようですけど、近年見られなかった動きに、神殿関係者がピリピリしているようですわ」
「聖レーツェル国でも、いつでも出動できるように聖騎士たちが訓練をはじめたとか」
「何かの前触れでしょうか? 怖いですわ」
人に対して友好的な考えを持つ魔人たちでも、やはり人間にすれば脅威である。
魔人は個々の力がとても強く、魔王が誕生していなくとも、本気になれば一人で軍隊を壊滅させることくらいできてしまうような人も多い。
もちろん、人間にも、お父様のような強い魔術師もいるので、そういう魔術師であれば魔人の力にも匹敵するのだけど、「魔人」という異種族というだけで警戒してしまうのは仕方がないことだろう。
何故なら歴史を見れば、魔人の中から稀に生まれる魔王によって、国が滅ぼされたという例はいくつもある。
二十二年ほど前にも、シュティリエ国に誕生した魔王が暴れて、伯父様やお父様、お母様によって討伐されたばかりだ。
「魔人が移動、ですか。我が国のレツェル教の支部を担当している司祭は何も言っていませんでしたが……もしかしたら、大陸の北東の国の魔人にだけ動きがあったのでしょうか?」
レツェル教は広く信仰されているので、各国に支部となる教会や聖堂がたくさんある。
公爵領だったときから、うちの国にも、小ぢんまりとした小さな教会が建っていて、そこに司祭が支部長として派遣されてきていた。
その司祭はお父様やおじい様たちと仲がいいから、何かあればすぐに知らせてくれるはずなのだ。
……あの中年司祭、飲んだくれだから、何かにつけてお父様と酒盛りしているからね。
レツェル教の教えは意外と緩くて、聖職者でも結婚できるし、お酒も自由である。前世のどっかの宗教みたいに、禁欲の精神というのはあまり見られない自由人が多かった。
司祭だけあって、白魔術の腕前はかなりのものなのだけど……、正直、わたしは頻繁に彼が酔っぱらっている姿を見ているからか、ただの酔っ払い中年オヤジだとしか思えなかった。
でも一応、優秀らしいし、何かあれば報告があっても不思議ではないのだ。
……考えすぎかもしれないけど、テニッセン辺境伯領の瘴気溜まりがあの速度で大きくなっていたのって、魔人の移動が関係しているのかしら?
魔人が集まったせいであのあたりの瘴気の濃度が上がったとは考えられないだろうか。
いや、でも、魔人一人一人が発生させる瘴気は微々たるものだと聞いたことがある。
たとえ魔人が百人集まったところで、あの速度で瘴気溜まりが成長するとは考えにくい。
……魔人の総人口って、確か、世界に二千人だったかしら?
あくまでこれはレツェル教が把握している数なので、多少の誤差はあるだろうが、魔人は世界中にその程度の人数しかいないのだ。
全員が一か所に集結するとは思えないので、一部の魔人が移動したところで百人に満たないはずなのである。
「魔人が移動したことで、皆様の国で何か問題などありましたか?」
もし、瘴気溜まりが発生するようなことがあれば、わたしが動かなくてはならない。この大陸にはわたししか聖女がいないからだ。
ご令嬢たちは顔を見合わせて、それから首を横に振った。
「今のところは何かがあったとは聞いていませんわ。ただ、不安で……」
「ヴィルヘルミーネ様が浄化してくださったそうですが、ロヴァルタ国でも瘴気溜まりが発生したと聞きますし……」
「ヴィルヘルミーネ様は、春にはシュティリエ国に行かれるのでしょう?」
なるほど、シュティリエ国とは大陸が違うから、そう簡単にわたしの助けが得られないかもしれないと考えているのかしら。
わたしは彼女たちを安心させるように、にこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。シュティリエ国へ行っても、何かあればお声がけくだされば。シュティリエ国王陛下もお優しい方ですし、助けを求めた方を見捨てるようなことはしませんわ」
まあ、聖女の貸し出しにお金はかかるけど、それは各国が負担することなのでご令嬢には関係ない。
わたしはぐっと力こぶを作るように左腕を曲げた。
「瘴気溜まりなら浄化しますし、もし魔王が誕生したりしたら、聖女として討伐隊に参加――」
言うだけならタダだと、ご令嬢たちを安心させるために調子のいいこと言いかけたときだった。
「へえ~? 魔王を討伐~。ぷぷぷぷ~! やぁだ、なになに、とっても面白いんですけど~!」
けらけらという笑い声が、何もない空間から響き渡って。
「「「きゃああああああああ‼」」」
空間がぐにゃりとゆがみ、突如として虚空から現れた「それ」に、ご令嬢たちの甲高い悲鳴が響き渡る中、わたしは思った。
……うわ~、なんか厨二病っぽいイタイ子、きた~。
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ







