お見合いパーティーと乱入者 5
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
「え~、本日は、お日柄もよく」
……お父様、その挨拶はちょっと違うと思うわ。
この世界に六曜なんてものはないからね。みんなぽかんとしてるじゃあないの。
隣のお母様が笑顔のまま、お父様の腕をぽんぽんと叩く。
お父様はそれでハッとして、はははと笑って言いなおした。
「本日はお天気もよく……」
……誰よお父様に挨拶を任せたのは。
確かにお天気はいいけど、お天気の話をしてどうするの。
息子のお見合いパーティーに気合が入りすぎて空回り状態のお父様は、それっぽい挨拶をしようとしているんでしょうけど滑っている。
お父様も「なんか違うぞ」と気づいたようで、途中からは失敗を誤魔化すかのように、パーティーに足を運んでくださった皆様への感謝と、本日の趣旨を説明して早々に挨拶を切り上げた。
挨拶が終われば、後は各々自由行動である。
もちろん、自由行動と言っても、ここに集まっているお嬢様方の狙いはお兄様だ。
みんな我先にと、お兄様がいるテーブルに早足で集まっていくのは――ちょっと、新年のバーゲンセールの目玉商品(福袋)に、開店と同時に走っていく人だかりを思い出す。
前世と違うのは、こっちの福袋(お兄様)は一つしかないことだろうか。ついでに言えばゲットしてレジに運べば自分のもの、というわけでもない。
……って、能天気なことを考えている場合じゃないわ。わたしには使命があるのよ!
本日の集まりには、ゲーテ伯爵令嬢イングリットと、イェシュケ伯爵令嬢リゼロッテも参加しているのである。
新年パーティーと同じ轍は踏めない。あの二人が言い争いをはじめるのを阻止するべく、わたしはリゼロッテ、アンネリーエはイングリットの監視をすることにしているのだ。
ライナルトはライナルトで、ご令嬢の付き添いで参加している貴族たちの相手に忙しい。
商談になればお父様やおじい様を手伝うことにもなっているので、本日のお茶会はライナルトと別行動だ。悲しい。
蟻にたかられる落ちた飴のごとくご令嬢に囲まれているお兄様は、さすがと言うかなんというか、きらっきらの笑顔で愛想を振りまいていた。
朝はお見合いパーティーブルーになっていたお兄様だけど、根っこのところはナルシストでフェミニスト。
女の子に優しく、モテる外見を維持するべく、真冬だって日焼け防止の傘を手放さないようなお兄様である。笑顔の大盤振る舞いなんて苦でも何でもないのだ。
わたしはリゼロッテの姿を発見すると、大急ぎでお兄様を中心としたおしくらまんじゅう大会さながらの集団に近づいた。
リゼロッテはどうやら押し合いに負けたのか、円の外側で必死に手を上げてお兄様にアピールしている。
「リゼロッテ、ごきげんよう」
悔しそうな顔をしているリゼロッテに話しかけると、彼女はハッとしてわたしに向かってカーテシーをした。
「ごきげんよう、ヴィルヘルミーネ様。本日はわたくしにも機会を与えてくださり、ありがとうございます」
「それはもちろんよ。ただ、想定していたよりも規模が大きくなって……。お茶会は三時間もあるんですもの、少し離れてあちらでお菓子でも食べない? 少ししたらこの場ももう少しすいてくると思うわ」
さすがに三時間もバーゲンセール状態だとは思いたくない。
そして、ご令嬢たちと言うものは総じて体力がないので、一時間もすればお兄様の周りも多少すいてくるはずだ。
……円の中心にイングリットがいるからね。リゼロッテを離しておかないと。
というか、女の子たちにぎゅうぎゅうに押しつぶされているようなこの状態で、お兄様、よく笑顔が引きつらないわね。
ここまでくればある意味尊敬するわと思いながら、わたしは残念そうなリゼロッテを連れて、少し離れたところのテーブルに向かった。
席につけば、我が家のメイドがすぐにお茶を運んでくれる。
紅茶を飲んで一息ついて、わたしがお菓子をお勧めすれば、リゼロッテはきゅっと唇を噛んで少しだけ恨みがましそうな目をわたしに向けた。
「ヴィルヘルミーネ様は、イングリットを応援していますの?」
「え? い、いえ、そんなことはないわよ? どうして?」
「だって、わたくしをカールハインツ様の側から引き離されたので」
それはね、喧嘩をはじめてほしくなかったからよ。
とは言えないから、わたしはにっこりと微笑んで誤魔化した。
「わたしは公平よ。あなたもイングリットも、どちらも応援しているわ」
ついでに、どっちかがお兄様の妻の座に収まったらそれはそれで面倒くさそうだから、二人以外の誰かがお兄様の妃になればいいのにと思っている。
建国したばかりで、王太子の妃と自国の筆頭貴族の娘がバチバチやってますなんてことになったら大変でしょう? 今は国内の結束を強める時なのに、国内の貴族が二分されるようなことにはなってほしくないわ。
だけど、お兄様が本気で好きなリゼロッテに、そんな真っ黒な本音は言えない。
それに、もしもお兄様がリゼロッテかイングリットを選んだとしたら、もちろん祝福するつもりでもいる。
リゼロッテはまだ探るような目をしていたけれど、そっと息をついて、紅茶にぼとぼとと大量の砂糖を入れた。どうやら、陣地争いに負けて相当イラついているらしい。
「ヴィルヘルミーネ様、カールハインツ様はどんな女性がお好きなのでしょう?」
「そ、そうねぇ……」
そんなこと聞かないで~!
知らないわよそんなの!
前世のお兄様は「可愛くて優しい子が好きだ~」なんて言ってたけど、テレビによく出るちょっと性格の悪そうな胸の大きなグラドルに熱を上げていた。
今世のお兄様も、「可愛くって優しくって俺の見た目も中身も全部愛してくれる、ついでにナイスバディな女の子」なんてふざけたことを言っていたけど、どこまで本音なのかはわたしもよくわからない。
……というか、お兄様は女性なら誰でも好きなんじゃないかしら?
女性に対して差別や区別をしないお兄様である。なんかそんな気がしてきた。
もしくは、ストライクゾーンがものすごく広いか、逆にものすごく狭いかのどちらかだろう。
広ければ目移りもするだろうし、狭ければ「この人!」という人を見つけられないから、みんな同じに見えるのだと思う。
リゼロッテの質問に答えられるほど、お兄様の女性の好みを知らないわたしは、ここは、当たり障りなく答えることにした。
「優しい子が好きらしいわよ」
うん。これは間違ってない。前世も今世も、お兄様の言葉に「優しい」という単語が入っていたからね!
何の具体性もないわたしの回答に、リゼロッテは、わたしは頼りにならないと判断したようだ。
そうですか、と呟いて、溶け残った砂糖が沈殿している甘そうな紅茶に口をつける。
なんかちょっと可哀そうになって来て、わたしはお兄様の好みとは違うかもしれないけど、もう少し追加しておくことにした。
「お兄様は王太子だから、やっぱり妃になる人は国を思える人でないとダメだと思うわ。国民の生活を守り、国のために生きて死ぬ覚悟が必要よ」
そう、これは妃教育を受けていたときに、わたしも散々言われたことなのよね。
ただ、公爵令嬢という立場だったわたしは、幼いころからお父様とお母様に、「領民のために生きて死ぬ覚悟」と言うものを散々教わって来たから、領民が国民に代わっただけくらいの感覚だった。
だけど、大領地を治める貴族以外が、民を守る覚悟をどこまで持っているかはわからない。
貴族令嬢は、家を盛り立てるために嫁ぐことはあっても、その意識が民にまで向くことはあまりないだろう。
リゼロッテも、思ってもみないことを言われたとばかりに目をしばたたいていた。
「国民のために生きる、ですか」
「そうね。妃教育のときに言われたことで、すごく印象に残っている言葉があるんだけど……、妃になった時点で、国民を全員我が子だと思えと言われたわ。我が子が飢えることがないよう、幸せに生きられるよう、国の母として尽くさなければならない。ロヴァルタ国では妃は政には参加しないけれど、だからと言って贅沢をして笑っていればいいというものでもないのよ。フェルゼンシュタイン国でも同じ。むしろ、フェルゼンシュタイン国は小国だから、妃も積極的に政に参加する必要があるかもしれないわね」
国が変われば立ち回り方も違う。
特に建国間もないフェルゼンシュタイン国なので、お兄様の妃は手探り状態で国の統治を手伝わなければならない。
優秀なおじい様やおばあ様がいつまでもいるわけじゃない。
お父様もお母様もいつまでもいるわけじゃない。
すぐのことではないだろうが、いつか、助言し道を示してくれていた人は先に逝く。
最後は、お兄様の妃がこの国の女性の頂点に君臨することになるのだ。
……覚悟がない人には、務まらないと思うのよね。
行動を誤れば国民から非難が集まるだろう。
責められ、ののしられ、それでも国民を愛して国民に尽くす覚悟は、生半可なものではない。
ただの公爵令息ではなくなったお兄様の妻は、ただお兄様が好きというだけでは務まらない。
もしも、リゼロッテにそこまでの覚悟があるのなら。
そのために努力を惜しまないと言うのなら。
そして、国のためにイングリットとの仲を改善し、手を取り合うと誓ってくれるなら。
わたしは全力で応援してもいい。
……だってわたしは、春にはシュティリエ国の人間になるから。
ライナルトと結婚したって、フェルゼンシュタイン国を忘れるわけではないし見捨てるつもりもない。
だけど、立場が変われば、できないことが増える。
他国の人間になったら、わたしはフェルゼンシュタイン国の問題に堂々と首を突っ込むことはできない。
助けを求められれば手を貸せるけど、だからと言って、わたしやライナルトが前に立って国を動かすことはない。
それをするのは、残された家族と、これから家族になる人の仕事だ。
……だからね、お兄様の妃は、いなくなるわたしの代わりに家族や国民を大切にしてくれる女性がいいの。
これはあくまでわたしの思いだけど、できれば、そんな女性がお兄様の妻になってほしい。
リゼロッテはじっとわたしの顔を見つめて、それからそっと目を伏せた。
「助言いただき、ありがとうございます。考えてみます。きちんと……」
……ごめんね。
たぶんわたしの発言は、リゼロッテを追い詰めてしまったのかもしれない。
だけど、お兄様が好きという気持ちの、もっと一歩先にまで進んでくれる人でないと、やっぱりこの国は任せられない。
たくさん悩んで考えて、それでもリゼロッテがお兄様の妻になりたいと望むなら、そのときはわたしも真剣に彼女の気持ちに向き合いたいと思った。
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ







