森の中の邂逅 3
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これはちょっと、カルチャーショックだわ。
グリズリーが木の幹に括り付けられて身動き不能状態ですよ。
……グリズリーだったら、あのくらいの縄なら力ずくで引きちぎってしまいそうだけど、さすが魔術の縄ね。あれ、どうなっているのかしら?
お父様が以前捕縛魔術を使ったのを見たことがあるけれど、あれに近いのかしらね?
縄は金色に光っているし、捕縛魔術の応用であるのは間違いない。
瘴気溜まり浄化するのにかなりの力を使ったからか、わたしは知らないうちに額に浮き出ていた汗をぬぐいつつ立ち上がる。
グリズリーは唸り声を上げて何とか逃げ出そうともがいているが、金色の縄はびくりともしない。
「ヴィル、お疲れ様。捕縛したのはいいんだけど、あの状況だからね。ヴィルが近づくのは危険だと思うよ」
ライナルトが、立ち上がろうとしたわたしに手を貸してくれる。
確かに、唸り声を上げている熊って、怖いわ。
縛られているけど、お口は元気そうだし。あの口でガブリとかやられたらひとたまりもないわよね。
とはいえ、あのグリズリーを浄化してあげなければならない。
せっかくライナルトたちが頑張って捕縛してくれたのだから、わたしだって頑張らねば。
「後ろから回ったら、何とかなりませんかね」
別に、グリズリーに触れなくても、ある程度距離が近づけば浄化は可能だ。
ただ、至近距離まで近づかないといけないから、グリズリーの正面からは行きたくない。
「さすがに後ろまで首は回らないだろうけど……ヴィル、怖くない?」
「怖いか怖くないかと言われたら怖いですけど、大丈夫です」
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
ライナルトが優しい‼
ライナルトと手を繋いで、そーっとグリズリーの後ろから近づいていく。
マリウス殿下やエクムント騎士団長たちが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「あまり近づきすぎるなよ」
マリウス殿下が気遣ってくれるなんて、ちょっとびっくりね。
マリウス殿下とエクムント騎士団長がグリズリーの正面に陣取って、注意を引き付けてくれている。
刺激しないように、そーっと、大きな音を立てないように気を付けながら背後から回ると、わたしは、ドキドキしながらグリズリーに手をかざした。
……こ、この距離なら、万が一首がぐるんと回ったとしてもがぶりといかれないわよね?
ライナルトが、わたしを勇気づけるようにぎゅっと手を握ってくれていた。
大きな声で唸って暴れていたグリズリーは、わたしが浄化の力を使いはじめると、ぴくりと小さく震えて動かなくなる。
嘘のようにおとなしくなったグリズリーを不思議に思いながらもほっとして、わたしは力を使い続けた。
……錯乱状態だと思っていたけど、痛くて気が立っていただけなのかしら?
兎のように小さな体ではないので、浄化にも時間がかかる。というか、この大きな体が真っ黒になっているなんて、結構長い間瘴気の近くにいたのかもしれない。
もしかしたら、瘴気溜まりの周りに張られていた縄に引っかかったか何かしてしばらく動けなかったのかしら?
動物は本能で瘴気溜まりを避けるはずだから、何かのきっかけでうっかりこのあたりに迷い込んで、運悪く縄に足か何かが絡まってしまったのかもしれない。
浄化を続けていくと、真っ黒だったグリズリーの毛が、徐々に白っぽい茶色に変化していく。
ぐるぐるとグリズリーが喉を鳴らしているけれど、これは威嚇の音じゃあないわよね。もしかして甘えているのかしら?
そう思うと、この巨体の熊が可愛く見えてきた。
「よしよし、痛かったわね。あともう少しで浄化が終わるからね」
さすがに頭を撫でる勇気はないが、優しい声で話しかけると、グリズリーが顔を巡らせてこちらを見ようとする。
位置的に、多分見えない……いや、熊って視野が広いんだったかしら? だったら見えている、のかもしれないわね。
グリズリーを浄化し終えると、わたしはライナルトに手を引かれてグリズリーの正面に回った。
……やっぱり、おとなしいわね。
さっきまで唸って暴れていたのに、人……いや、熊が変わったようにおとなしい。
痛みがなくなったから落ち着いたのだろうか。
だからと言って、至近距離でグリズリーを自由にするのは怖いので、わたしたちはグリズリーから離れて拘束の魔術を説いた。
金色の縄が消えてなくなると、グリズリーはきょろきょろと首を動かして不思議そうにしてから、わたしたちから遠ざかるようにのしのしと歩き去っていく。
「拍子抜けするくらい大人しいグリズリーだね」
「助けてくれたと思ったのかもしれませんよ」
「グリズリーが?」
「たぶん」
グリズリーだって、感謝の気持ちくらい持つだろう。たぶん。そういうことにしておきたい。
わたしが適当なことを言って笑えば、ライナルトもつられたように笑う。
何はともあれ、一件落着ということでいいだろう。
エクムント騎士団長と三人の騎士たちが、瘴気溜まりがあった場所に張られていた杭と縄を片付けていく。
瘴気溜まりは浄化したが、土地や近くの水源にどの程度の影響が出ているのかは、今後白魔術師を派遣して調査されるはずだ。
ただ、元凶の瘴気溜まりを浄化したので、土地や植物、水に影響が出ていたとしても自然と消えていくと思う。
「グリズリーが出てきたのは想定外だったけど、お疲れ様、ヴィル」
「ライナルトもお疲れ様です。……マリウス殿下も、エクムント様たちも、ありがとうございました」
一人のときにグリズリーに遭遇していたら大変だっただろう。
まあ、グリズリーの生死を気にしなければ、わたしだって魔術が使えるのだ、対応は可能だった。
だけど、グリズリーを殺さず浄化して森に帰すことは、彼らがいなければできなかった。
だから彼らにお礼を言わなくてはと頭を下げたんだけど、何故か、マリウス殿下からは変な顔を向けられた。
「何故お前が感謝を口にするのかわからない。むしろ礼を言うのはこちらだと思うのだが」
え? でも、グリズリーを生け捕りにしてほしいなんて無茶なお願いを聞いてくれたのは、ライナルトとマリウス殿下でしょう?
わたしがあんなお願いをしなかったら、二人なら簡単にあのグリズリーを倒せていたよね?
わたしが首をひねっていると、マリウス殿下が戸惑った顔をする。
ライナルトは、苦笑していた。
「ヴィル、その話は帰ってからでいいんじゃないかな? 大丈夫だと思うけど、瘴気溜まりが消えて、獣たちの動きが活発化するかもしれない。他のグリズリーとか、狼とかが出てきたら危ないから早く森から出ようか」
「そうですね」
わたしも、グリズリーや狼に囲まれたくはありません。
ある~日~なんて呑気な歌は、あれは歌の世界の中だけのことですよ。
現実の熊さんは、落としたイヤリングを親切に届けてくれたりしませんから。
がぶりと、もしくは爪でぐさりとやられて終わりです。
……よし、撤収‼
騎士たちもいるしライナルトやマリウス殿下もいるから大丈夫、なんて楽観視はしません。
君子危うきに近寄らずってね。
危険はできる限り回避してなんぼなんです。
瘴気溜まりの周りを取り囲んでいた杭や縄を手分けして持って、わたしたちはテニッセン辺境伯たちが待つ森の入口へ撤収した。
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本作②巻情報出ました(*^^*)
12/5発売予定です!
タイトルは「家族と移住した先で隠しキャラ拾いました(2)もふもふ王子との結婚」
サブタイトルは担当さんが考えてくださったんですよ~!可愛いヾ(≧▽≦)ノ








