森の中の邂逅 2
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
……ある~日、森の中~。
なんて呑気な歌を思い出している場合じゃ、あ~りませんよ‼
わたしは、顔を上げたままぴしりと固まっていた。
驚愕しすぎて、脳がパニックを起こして、わけのわからない思考になる。
脳内で「森のクマさん」のメロディーがわけもなく響き渡るくらいにパニックになっていたわたしは、一拍置いて、叫んだ。
「ぎゃあああああああああ‼」
そりゃあ、叫ぶよね? 叫びますとも! 叫ぶでしょう‼
令嬢が「ぎゃあ」なんて言うな、なんてツッコミはいらないわ‼
だって、目の前に熊?
グリズリー?
とにかくそれっぽいデカいのが威嚇するように仁王立ちしているのだ。
ちょっと今は冬でしょ⁉
熊って冬は冬眠するよね⁉
とっとと洞穴だか洞窟だかに潜って冬眠しに行って~‼
「ヴィル‼」
「ヴィルヘルミーネ‼」
「ヴィルヘルミーネ様‼」
ライナルト、マリウス殿下、エクムント騎士団長がわたしを守るように、グリズリーに向かって走り出す。
え、ちょっと待って?
こういう時って、動いちゃダメなんじゃ……。
グリズリーは柵の前方、十メートルほど先のところにいた。
さっき思わず叫んでおいてなんだけど、このまま大人しくしておけばどこかに立ち去ってくれるのではないかなんて思っていたわたしは、三人が走っていくのを見て青ざめる。
残りの三人の騎士は、わたしのいる柵の前方に、剣を構えて立っている。
グリズリーが威嚇するように、大きな咆哮を上げた。
熊って、こんな声で鳴くんだ~……じゃなくて。
もう完全に、あのグリズリー、わたしたちを敵として認識しちゃったよ‼
ひいっと悲鳴を上げそうになったわたしは、そこで、ふとグリズリーの様子がおかしいことに気が付いた。
……おかしい、というか。
グリズリーって、白っぽいというか、茶色っぽいというか、そんな感じの見た目よねえ?
ロヴァルタ国にいるのはグリズリーだけだから、ヒグマとかツキノワグマっていう線はないはずだ。
……だったらなんで、真っ黒なの?
これと同じ現象を、わたしは知っている。
相手が兎なんて可愛らしいものじゃないから、何かの間違いだと思いたいけれど、たぶんこの勘は間違いではないだろう。
「ライナルト、マリウス殿下、エクムント様‼ 不用意に触れないでください‼ たぶんそのグリズリー、瘴気に汚染されています‼」
小動物の兎は、瘴気に汚染されれば動けなくなっていた。
だけど、狂暴な、大きな動物ならばどうだろう。
……以前のマリウス殿下と同じように、錯乱状態の可能性があるわ‼
わたしの叫びに、ライナルトたちが慌てたようにグリズリーと距離を取る。
瘴気に汚染されているグリズリーに触れでもしたら、ライナルトの耳にうさ耳が生えちゃうし、マリウス殿下やエクムント騎士団長は瘴気に影響されて錯乱する恐れがあった。
あれは、絶対に触れてはいけないものだ。
……とはいえ、あんな狂暴な生物を、どうやって浄化しろと⁉
近づくだけで、あの大きく鋭そうな爪でざっくりやられそうだ。
だけど、瘴気に汚染されているあのグリズリーをこのまま放置することはできないだろう。
錯乱したまま人里まで降りたら大惨事だ。
あのグリズリーをどうにかするまでは、瘴気溜まりを浄化したところで、近くの村に住人を戻せない。
「ライナルト、無茶苦茶なことをいうようですけど……触れずに、行動不能にすることはできますか?」
できることなら、殺さないであげてほしい。
相手は狂暴な動物とはいえ、瘴気の影響が消えれば大人しく……うーん、なるかどうかはわからないけど、とにかく、無用な殺生はしたくないのだ。
もちろん、瘴気の影響を消しても人に危害を加えるようなら、このまま野放しにしたら誰かを食い殺す危険があるから駆除する必要があるかもだけど、今この場でその判断は難しい。
わたしの無茶なお願いに、ライナルトはちらりと肩越しに振り返って頷いた。
「やってみよう。触れないようにするなら魔術で対応した方がいいね」
「エクムントは下がれ。お前は魔術が使えないからな」
マリウス殿下が剣を鞘に収めた。どうやら彼も協力してくれるようだ。
……大丈夫、よね?
ライナルトは強いし、マリウス殿下も協力してくれるのなら二人に負けはないだろう。
万が一にも二人が危険にさらされそうになって、殺さずに行動不能にとか甘いことを言っていられなくなれば、エクムント騎士団長たちも動くはずだ。
わたしはグリズリーは彼らに任せて、瘴気溜まりの浄化を急ぐことにした。
……柵をしていても、動物は関係なく入り込んだりするものね。
小動物ならすぐに死に至ってしまうし、このグリズリーのように瘴気の影響で錯乱した獣が増える前に、元凶を消し去っておかなくては。
わたしが瘴気溜まりの浄化に集中していると、ライナルトとマリウス殿下が話し合っている声が聞こえてくる。
どうやら、二人で協力して生け捕りにするつもりのようだ。
「お二人とも、危険だと判断したら迷わず殺す方向で考えてください」
エクムント騎士団長の指示も聞こえる。
わたしも、無用な殺生は避けたいけれど、二人に傷ついてほしいわけじゃないので、エクムント騎士団長の判断に否やはない。
……エクムント騎士団長は、ちょっと悔しそうね。
エクムント騎士団長たち騎士は護衛なのに、魔術が使えないから、護衛対象を守るどころか彼らに対応してもらわざるを得ないのだ。騎士団長たちにしてみたらこの状況はかなり歯がゆい状況だろう。
……騎士団長たちにとったら、護衛対象に守ってもらうなんて状況、はじめてでしょうし。
エクムント騎士団長たちを気の毒に思いながらも、わたしは浄化を続けた。
集中しているので顔を上げられないが、ライナルトとマリウス殿下の声が聞こえるから、グリズリー捕縛作戦をはじめたのだろう。
グリズリーの大きな咆哮にびくびくしつつも浄化を続けること、十分。
わたしが瘴気溜まりの浄化を終えて顔を上げれば、そこには――
……わ~ぉ。
金色に光る縄のようなものでぐるぐる巻きにされて、木の幹に括り付けられている、グリズリーがいた。