森の中の邂逅 1
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直径、一メートルくらいかしら。
小さな瘴気溜まりと聞いていたけど、それでも以前見た城の裏庭のものよりは圧倒的に大きいわね。
瘴気溜まりは日々成長を続けるというし、多少成長したのかしら。
過去の文献では、最大四十メートルの瘴気溜まりが発見されたことがあるって読んだけど、もしこのまま際限なく成長を続ければ、このあたりの森は死の森になるだろう。
とはいえ、昔と比べて魔人が少なくなった今、瘴気溜まりが巨大に成長するまでには何十年……下手をすれば百年以上かかるはずだ。
そう考えると、一メートルという瘴気溜まりも、発生してからそこそこ年月が経ったものではなかろうか。
そんなことを思っていると、エクムント騎士団長が愕然と目を見開いていた。
「去年確認した時より、かなり大きくなっていますね……」
「え?」
「去年はどのくらいだったんですか?」
わたしが目を丸くし、ライナルトが訊ねる。
マリウス殿下は直接ここの瘴気溜まりを訪れたことがないようなので首をひねっていた。
「ええ。去年見たときは、三十センチかそこらくらいだったはずです」
「え⁉」
ということは、半年足らずで一メートルまで成長したってこと?
「待て、瘴気溜まりの成長はそれほど早くないはずだろう?」
マリウス殿下も驚いている。
「ええ、そのはずです。……とはいえ、我が国に瘴気溜まりが発生したのは百年ぶりだそうなので、私も詳しくは知らないのですが」
「シュティリエ国に残っている情報によると、一年で三センチかそこらの成長速度だったはずです」
「シュティリエ国は、確か三十年ほど前に瘴気溜まりが発生したんでしたね」
「はい。近隣の国から聖女を派遣してもらい、浄化したと聞いています。当時の時点でその聖女もお年を召されていたので、お亡くなりになったと聞きますが」
そうよね。もし、聖女が生きていたのなら……、ライナルトが魔王の呪いに侵された時に浄化を頼んだはずだもの。
だけど、三十年前なら、シュティリエ国には当時の様子を知る人もいるだろう。当時の話を聞く機会もあるだろうし、聖女が派遣されたら、細かく記録が取られていてもおかしくない。
……となると、半年足らずで七十センチの拡大……。あり得ないわよね。
わたしの胸に、もやもやとしたものが広がる。
王都に来る前に立ち寄った町の近くにできた瘴気の塊といい、何かおかしい。
「どういうことだ? まさか世界中に点在する魔人たちが、ロヴァルタ国に集結しているわけではないだろう?」
さすがにそれはないだろうが、そう考えたくなるような異常現象だ。
「ともかく、瘴気を浄化しましょう。このままにしておけばどんどん成長しますから」
だけど、これだけ早く瘴気が成長するのだ。
つまりはこのあたりの瘴気が、それだけ濃いということになる。
ここの瘴気溜まりを浄化しても、他の場所に新たに瘴気溜まりが発生する可能性がないとは言い切れなかった。
……マリウス殿下が言うように、魔人たちが、この国に集まっているのかしら?
千年以上前、この世界には魔人たちが暮らす国があったらしい。
けれど、その国は崩壊し、魔人は世界中に散らばった。
以来、魔人たちが集まり国を興そうという動きはない。
もともと個々がものすごく強いから、種族で集まって集団生活することに魅力を感じないのかもしれない。
……寿命も、人より長いって言うからね。
ひとところに集まって種族繁栄を考えなくても構わないのだろう。
動物や人は、次世代に命を繋ごうという欲求があるけれど、もしかしたら魔人たちは寿命が長いゆえにその欲求が少ないのかもしれない。
そんな魔人たちがロヴァルタ国に集まっているとは考えにくいけれど、では、この瘴気溜まりの成長速度の異常さは何なのかと言われれば、説明できない。
「ヴィル、気を付けて」
「はい」
ライナルトにうさ耳が生えては大変だから、彼は瘴気溜まりに近づかない方がいいだろう。
張り巡らされているロープをくぐって、わたしは一人、瘴気溜まりに近づいた。
粘度のある墨汁のような塊の瘴気溜まりからは、黒灰色の煙が立ち上っている。
瘴気溜まりに直接触れていないとはいえ、ライナルトは瘴気を吸収しやすい体質だから、早いところ浄化してしまった方がいいわよね。
わたしは瘴気溜まりの側に膝をつくと、それに両手をかざした。
……浄化の力を使うのにも、慣れたものよね。
聖女認定されてから今日まで、こんなに短期間に浄化の力を使いまくった聖女もわたしくらいなものじゃないかしら?
でも、本当にこの力を手に入れることができてよかったなと、ライナルトの顔を思い浮かべながら力を使う。
ライナルトが、ラスボスとして討伐されなくて本当によかった。
聖女なんて肩書はどうだっていいけど、彼を救うことができたこの力には、本当に感謝している。
……瘴気を吸収しやすい体質のライナルトと、それを浄化できるわたしって、なんか、ベストカップルって感じよね!
わたしの手のひらが淡く輝く。
さすがに、少し前に浄化した瘴気の塊のようにすぐに浄化できるわけではない。
……この規模なら、十数分はかかるかしらね?
長い間ライナルトたちを待たせておくのも申し訳ないので、できるだけ急いで浄化をしようと集中した――そのときだった。
「ヴィル‼」
「ヴィルヘルミーネ‼」
ライナルトとマリウス殿下の叫び声が、わたしの耳をつんざいた。