聖女認定式と瘴気溜まり 8
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「殿下、体調が悪いんですか? 癒しましょうか?」
ヴュスト男爵に歓待を受け、晩餐を終えたわたしは、ライナルト殿下のお部屋にお邪魔した。
馬車の中の違和感は、たぶん勘違いではないと思う。
いつもと同じように優しい微笑を浮かべてはいるけれど、どことなく元気がない。というか、やっぱりトゲトゲしている。
ソファに並んで座って、いつでも白魔術を使うよと彼の手を握れば、ライナルト殿下はじっとわたしを見下ろした後で、何を思ったのか、ひょいっとわたしを膝の上に抱き上げた。
そのまま、ぎゅうっと抱きしめて来る。
「じゃあ、癒して?」
耳元でささやかれると、ぐわわわんとわたしの体温が上がる。
ギーゼラは空気が読める侍女なのでこの場には二人きり。
だいたいわたしたちは二人きりなればいちゃいちゃして過ごしているけれど、膝の上に抱き上げられたのははじめてのことではあるまいか⁉
……うわーうわー、これやっばいっ!
心臓がばっくんばっくんしてくる。
ぴたっと密着する感じがして、いつもより近いライナルト殿下の体温に、わたしはドキドキと緊張のあまりカチンコチンに固まった。
ぎゅうっとわたしの背中に回された左腕の力強さに、こめかみのあたりにかかる吐息。
右手は、わたしのくるんくるんの超しつこいくせ毛をほぐすように撫でている。
「あ、あ、あの、殿下……これだと、白魔術が使えない……」
「白魔術はいいよ。こうしていれば癒されるから」
ライナルト殿下は、いったいどうしてしまったのかしら⁉
もともと「好き」を隠さず表現してくれる方だったけど、なんか、今日のライナルト殿下はぐいぐいくるよ⁉
嫌じゃないけど、嫌じゃないけど……!
心臓が持たないから、せめて、心の準備をさせてほしい~!
……落ち着け~わたし! 落ち着け~! 殿下いい匂い……じゃなくて、落ち着け~!
緊張しすぎたのか、それとももともとの花畑な脳の作りのせいなのか、思考がぽや~んとしてくる。
とりあえず、膝の上でじっと縮こまっていたら収まりが悪いから、おずおずとライナルト殿下の背中に腕を回して抱き着いてみた。
……わ~。なんかいい、これ。
この、ぺったり感がいい。
心臓は相変わらずばくばくだけど、幸せ~。
だけど、ライナルト殿下は癒してほしいみたいなのに、白魔術を使わなくていいとはこれいかに?
疲れているのにわたしを膝の上に抱っこしていたら、余計に疲れるのではあるまいか。
「殿下、どうしたんですか?」
「ん」
……ん、じゃわかりませんよ?
ライナルト殿下はすりっとわたしの側頭部に頬を押し付けて、はあ、と息を吐き出した。
「ごめん、ちょっとだけもやもやしてたから」
「もやもや?」
一体何に?
やっぱり、体調が悪いんじゃないかしら?
ライナルト殿下の腕の中で首をひねっていると、彼はちょっとだけわたしから顔を離して、至近距離で見つめて来る。
……わ~! わ~! カッコいい!
ドアップの激カワイケメンに、わたしの顔は今、真っ赤になっているに違いない。
本当、信じられない。
この、顔も中身もパーフェクトなカッコよすぎるライナルト殿下がわたしの婚約者なんて!
神様、ありがとう~‼
「ごめんね、ただのやきもちだから」
「やきもち?」
正月早々餅つきをしたせいか、脳内でぷくっと膨れた餅がダンスをはじめた。
いや違うだろ。
そのやきもちじゃないと思う。
一人脳内でボケとツッコミをしつつ、けれども理由がわからなくて、やっぱりわたしは首をひねる。
……殿下がやきもちを焼くことなんて、あったかしら?
基本的にわたしはライナルト殿下にくっついていたいウザい女なので、道中の馬車の中も到着してからもべったりだった。
……わたし、他の男の人に見とれてもないしきゃーきゃー騒いでもないよ?
一体何に対するやきもちだろうか。
「ヴィルが嬉しそうな顔でマリウス殿下に微笑むから……ヴィルとマリウス殿下はずっと、婚約関係にあったんだよねって思ったら、ちょっとね」
あ。あれだろうか。
馬車が売れると思ってわたしが営業スマイルを浮かべた、あの時のことを言っているのだろうか⁉
え、でもあれは、思いっきり作り笑顔でしたよ?
大口顧客になりそうな予感がしたから愛想よくしただけですよ?
ぽかん、としてライナルト殿下を見上げれば、耳が赤くなっていた。
……か、かわ……っ!
自分で言って、自分で恥ずかしくなっているのだろう。可愛すぎるっ!
きゅんきゅんするっ!
「わたしが好きなのは、ライナルト殿下ですよ?」
そして、わたしも自分で言って自分で照れてしまうよ!
お互い顔を赤くしながら見つめあっていると、ライナルト殿下が、ちょっとだけ拗ねたように口を尖らせた。
「……わかってるけど、ヴィルは、いつまでたっても殿下って呼ぶし」
「え?」
「俺はヴィルって呼んでるのに、ヴィルはいつまでも他人行儀だ」
「え? ええ?」
……つまりこれは、ライナルト殿下、ではなく、ライナルトとか、ラリー♡とか、ラッピー♡とかって呼んでほしいってことでいいですか⁉
いや、ラッピーはさすがにないだろうけど、つまりはそういうことだよね⁉
……なんて呼ぼう⁉ なんて呼ぼう⁉ 照れるんだけどっ!
もう何? わたしの脳内はパレード中ですよ。
お餅とか兎とか、もうよくわからないものが笛を吹いてダンスを踊ってますよ‼
おめでとう、おめでとう、わたし!
ついに、ついに恋人が、呼び捨て、もしくはあだ名で呼んでいいと……‼
わたしは「きゃ~」と叫びたいのを必死で我慢して、こほんとわざとらしく咳ばらいを一つ。
「じゃ、じゃあ……ラ、ライナルト……?」
あだ名はまだハードルが高いから、ここはひとまず呼び捨てで……。
どきどきしながらライナルト殿下の反応を待っていると、至近距離で、ふんわりと嬉しそうに微笑んでくれた。
……ああ、たまらなく幸せ。
もうこのまま昇天してもいいかも。
「なに? ヴィル?」
心なしか、ライナルト殿下の声もいつもより甘い。
「て、照れますね……」
えへへ、と笑うと、ライナルト殿下も「そうだね」と笑う。
……ああ、このまま、時間が止まればいいのに。
見つめ合ったまま微笑みあっていると、無情にも、コンコンと扉を叩く音が。
「お嬢様~、そろそろ、就寝のお仕度をなさいませんと~」
ギーゼラ~‼
あと五分!
五分でいいからもう少しいちゃいちゃさせて~‼
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