聖女認定式と瘴気溜まり 2
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「フェルゼンシュタイン公爵令……いえ、王女殿下、聖女認定式はお疲れさまでした」
「ありがとうございます」
わたしがしたことと言えば「聖女です」という宣誓だけなのでちっとも疲れてはいないけれどね。
むしろ、認定式を見学していただけのはずの宰相の方が疲れているようだ。
「それで、さっそくではございますが、その……、瘴気溜まりの浄化について、お話を詰めさせていただければ、と」
「その前に、シュティリエ国からの聖女の貸出費用の話は終わったのか? それからヴィルに対する報酬も、きちんと出してもらうからな」
おじい様がじろりと睨めば、宰相は冷や汗をかきながらこくこくと頷く。
陛下も隣で首振り人形のようにこくこくこくこくと首を縦に振っていた。
……一国の国王陛下と宰相がこの調子で大丈夫かしら? 威厳もへったくれもあったもんじゃないわね。
ライナルト殿下も、これには苦笑を浮かべている。
「シュティリエ国への貸出費用の額についてはすでに合意を得ております。それから、ヴィルヘルミーネ王女殿下へは……このくらいでいかがでしょう」
会議を通したのだろう、陛下と宰相、それから財務大臣のサインが入った書類がテーブルの上に広げられた。
おじい様が目を通して、「ふむ」と頷く。
「まあこんなものだろうな。ライナルト殿下、確認いただけますか? それからヴィルも」
「拝見します」
「わかりました」
おじい様がライナルト殿下とわたしの方に書類を押しやった。
わたしたちは揃って書類の内容を確認しだのだけど……ごめんなさい、わたし、そう言えば聖女の報酬の相場を知らないわ。
これが高いのか安いのかもわからない。
おじい様が「こんなものか」と言ったのでこれが相場なのだろうか。
……聖女の仕事って、たった一回でとんでもないお金が動くのね。
大金貨三十枚。日本円にして、だいだい三千万円くらいだろうか。
お金は前世と同じで、それぞれの国が独自に発行している。
貿易を行っている国同士であれば、それぞれの国の通貨をその国の通貨に両替することも可能だ。
ただ、前世のようにリアルタイムで為替変動があるわけではなく、貿易を行っている国同士では、一年に一度、だいたいが年明けに、為替交換の基準を設ける。
この基準は、それぞれの国の通貨の信用度とか経済状況とか、いろいろ指標があるらしいのだけど、細かいことはわからない。
で、ロヴァルタ国では現在、銅貨、銀貨、金貨、大金貨の四枚の貨幣が製造されている。
銅貨は大体、日本円換算で百円くらい。
銀貨は一万円くらい。
金貨は十万円くらい。
大金貨が百万円くらい。
という具合である。
この世界では日本円で言うところの一円単位で税を徴収したりしないし、一部では物々交換の考えも残っていたりするから、百円以下の単位がなくてもあまり困らない。
特にお金をよく使う貴族なんかは、銅貨すら持ち歩かなかったりするからね。というか、貴族の買い物はツケておいてまとめて支払うとか、普通だから。
ちなみに、ロヴァルタ国とシュティリエ国のお金の価値は、現在のところほぼ同じだ。
我がフェルゼンシュタイン国は独自の貨幣を製造していないから、ロヴァルタ国のお金を使わせてもらっている。
この先独自のお金を作るか、それともこのままロヴァルタ国のお金を使うかは、今後お父様が決めることだろう。
小国なんかは、近隣の大国のお金を自国の通貨にしていることも珍しくないので、このあたりは問題視されないのだ。
他国のお金を自国の通貨として使う時の弊害があるとすれば、そのお金の価値が製造元の国の貨幣価値……すなわち、経済状況に左右されることくらいだろうか。
だけど、貨幣製造所を作ったり、毎年、その貨幣の価値を決めるための国際会議に出席するよりは、このまま使わせてもらった方が小国にはメリットがあると思う。
……で、聖女が一度動けば三千万。まあでも、立場からすれば三千万円は別に大きくないのかしら?
ついつい前世で考えてしまうが、貴族の生活にかかるお金の単位は桁が違う。ドレス一着買うのでも、下手をすれば大金貨が何枚も飛ぶ。
前世のように工場で機械を使って大量生産、なんてない世の中だから、ものの値段は結構高い。前世のように千円、二千円代で買える新品の服なんて存在しないのだ。安い服が欲しければ中古屋に行け、という世界である。
そんな世界で生活しているので、貴族ともなれば、年間で億単位でお金が動く。公爵家ともなれば、邸の維持費や使用人の賃金なども含め十数億……、領地の細々とした問題に使うお金まで入れれば、数十億、下手したら百億以上というお金が一年で飛んでいくこともある。
もちろん、税収という形でお金が入って来るので、それを領地のために還元しているのであるけれど、前世一般庶民だったからこそ思う。すごい世界である。
……そのことを考えれば、三千万円は……妥当な数字なのかしら?
ちなみにこの三千万円は、聖女……すなわちわたしに支払われる額で、シュティリエ国へ支払われる額はもっと大きい。前世価値で軽く一億を超えている。
わたしがふむふむと頷いていたら、ライナルト殿下が書類から顔を上げた。
「旅費やその他の経費は別ですよね?」
……そこ、ツッこむのね。
額が額だから触れずにおこうと思った問題を、ライナルト殿下が容赦なく指摘する。
貴族の移動のお金は、馬鹿になりませんからね。だって、動く人数が人数ですし、道中で高い宿に泊まりますし。
ふと、江戸時代の参勤交代制度を思い出した。
あれとは別ではあるけれど、貴族が毎年の社交シーズンに王都に集まるのは、それなりに国としても意味がある。
移動すればお金が動くし、経済が回る。
ついでに貴族たちにお金を使わせることで、彼らの財産を減らすことができる。
お金とはすなわち力だ。
貴族たちに力を持たせすぎないようにするためにも、社交シーズンというのは重要なのだろう。そんな気がした。
話が脱線したけど、ライナルト殿下に指摘された宰相は、また、こくこくと頷いた。
「もちろんでございます。ここまでご足労いただくのにかかった費用、またこれからかかる費用すべて、別でお支払いいたします」
なんて大盤振る舞い。
何としてもこのタイミングで瘴気溜まりを浄化させようという気概すら感じるわ~。
宰相の回答に、ライナルト殿下もおじい様も納得したみたい。
ライナルト殿下が「ヴィルも大丈夫?」と訊いて来たけど、相場がわからないわたしは笑顔で頷いておいた。
……頼りになる婚約者様が一緒でよかったわ。もちろんおじい様もね!
妃教育に、経済に関する勉強なんてなかったもんね。
ロヴァルタ国は特に、妃は政治に口を出すな、という風習なので、妃教育でも政治や経済については学ぶことがなかった。
まあ、妃教育に経済問題があったところで、聖女出動の相場なんて学ばなかっただろうから一緒だけど。
わたしたちが納得したからか、国王陛下も宰相もホッとした顔になって、瘴気溜まりについて詳しく教えてくれる。
「瘴気溜まりは、ここから北東のテニッセン辺境伯領に発生しています。瘴気溜まりが発生した近くの村の住人は、辺境伯の指示で村から少し離れた町に移動してもらっているようです」
「住民にも影響が出ていたのか」
「いえ、瘴気溜まりの大きさと村までの距離を考えれば、立ち退くほどではなかったようですが、村の住人が不安がっていたため辺境伯が移動させたそうです」
なるほど、村人に瘴気溜まりの影響があったわけではないらしい。
……それはよかったけど、でも、住み慣れた場所から離れるのは嫌でしょうね。
仕事も生活もあるだろう。
王都に来る前に立ち寄った町のこともあるので、瘴気溜まりが小さくとも楽観視はできない。土地や水に影響が出ないとも限らないからだ。
「おじい様、できればすぐに向かおうと思います」
テニッセン辺境伯領までは、王都から馬車で一週間程度だ。お兄様が改良したあの馬車だったらさらに一日、二日くらいは短縮できるだろう。
瘴気溜まりの浄化は、わたしとライナルト殿下、それからギーゼラと護衛たちだけで行く予定だ。
おじい様とおばあ様は王都でお留守番である。
年寄り扱いしたら怒るから言わないけど、やっぱり、お年寄りには長距離の移動は疲れるからね。わたしたちが帰って来るまで、王都の邸でのんびりしてほしい。
……ま、おじい様たちのことだから、のんびりなんてしないかもだけど。
建国したばかりだからいろんな根回しも必要だと、この機会に精力的に動き回りそうな気もしている。
「わかった。……ロヴァルタ国からも、護衛はつくんだろうな」
あ、そういえばそうね。
さすがにわたしたちに丸投げしたとなれば王家の威信にも関わるんでしょうし、騎士団の一個隊くらいは動くかしら?
わたしは能天気にもそんなことを考えていたのだけど――
「はい。第一騎士団と、それから第一騎士団の副団長であるマリウス殿下が同行いたします」
予想外の宰相からの答えに、わたしは目を剥いた。
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わたくし事ですが、7/30、書籍デビューして四周年を迎えました!
2021年に初めての書籍が出てからもう四年も経ったんだなと、感慨深い気持ちでいっぱいです。
五年目も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!








