小さな違和感 9
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瘴気黙りで馬鹿殿下錯乱事案も、ノベル①巻の加筆要素です!
気になる方は、お手に取っていただければ幸いです(#^^#)
「~~~~~~っ」
「お嬢様、落ち着きましょう」
常に煩悩まみれのわたしが悶えそうになった瞬間、ギーゼラが冷静な声で言った。
「だ、だだだ、大丈夫よギーゼラ、わたしはいつも冷静だわ」
なんて真っ赤な嘘をつきながら、わたしはライナルト殿下の頭にしっかりと生えているうさ耳をガン見した。
……昨日はうさ耳が生えてもすぐに浄化して消しちゃったけど……きょ、今日は触ってもいいかしら?
「どんな時でもぶれませんね、お嬢様は……」
わたしの心の声でも聞こえたのだろうか、ギーゼラのあきれた声がしたけど無視をする。
……うさ耳、尊い。やっぱりカメラほしい。お兄様作ってくれないかしら。
いや、確かカメラって、ダンボールでも作れたわよね?
小学校の時の夏休みの自由研究で作ったような、微かな記憶があるわ。
ダンボールなんてものはないけど、要するに光を遮る箱と、レンズの代わりになりそうな硝子の板かなんかと、紙がありさえすればいいのよね?
……いけるか?
全然冷静な思考じゃないわたしが、そんな欲にまみれたことを考えていると、ライナルト殿下が自分のうさ耳を触りながら表情を引き締める。
「このあたりに瘴気の影響があるみたいだね。湧水があるのか、それとも……」
きりっとした顔で言っているけど、うさ耳、可愛すぎ~!
このギャップがたまらない。尊い。合掌!
「お嬢様」
ごめんなさい。真面目にやります。
わたしだって、ここに遊びに来ているわけじゃないことくらい理解していますよ。ちょっと脱線しそうになったけど、わたしの役目はわかっていますから!
「湧水なのか、それとも瘴気溜まりとかなのか、調べましょう。あ、ギーゼラはそれっぽいものを見つけても触れちゃだめよ?」
いつかの馬鹿殿下のように、調子こいて瘴気溜まりをどうにかしようとして、瘴気の影響で錯乱したら大変ですからね!
瘴気が動物や人、植物に悪影響を及ぼすのはわかっているけれど、どういう影響があるのかという研究は進んでいない。
わかっているのは、長期間、高濃度の瘴気を浴び続けると死に至るということくらいで、他にどんなことが起きるのかはわかっていないのだ。
ある意味、昨年のマリウス殿下は体を張って瘴気の影響を検証したと言えなくもないけれど、必ずしも瘴気に触れた人が錯乱するわけでもないだろう。
白魔術師は瘴気に多少なりとも耐性があることはわかっているけれど、瘴気の影響が人のどの部分に、どの程度作用するのかまではわかっていない。
研究するにはあまりに危険な代物なので、これから先も詳細が解明されることはないだろう。もし瘴気が人体にもたらす影響が解明できれば、前世で言うところのノーベル賞ものだと思う。
「落ち葉が邪魔でわかりにくいですけど……水の音は、しませんね?」
「そうだね」
つま先で落ち葉を蹴散らしながら地面を確認していく。
湧水らしきものもなければ、その水が流れている痕跡も見当たらない。
それぞれ遠くに行きすぎないという約束で、辺りをしばらく散策することにした。
ライナルト殿下からもギーゼラからも離れたわたしは、てい、てい、と落ち葉を蹴とばしながら歩いていたが、ふと、落ち葉を魔術で一か所に集めればいいんじゃないかということに気が付いた。
ライナルト殿下は体力があるから気にならないのだろうが、落ち葉を蹴とばしながら歩くのは何気に体力を使う。
わたしは魔術で風を起こすと、落ち葉をふわりと巻き上げて、少し離れたところに山にした。
……これで地面がはっきりと……ビンゴ~!
半径五メートルほどの範囲の落ち葉を払ったわたしは、三メートルほど先にある木の根元が黒く染まっていることに気が付いた。
目を凝らせば、黒に近い灰色をした靄のような、煙のようなものが、細い糸のように立ち上っている。
「殿下、ギーゼラ」
二人を呼べば、すぐに駆けつけてくれた。
三人で慎重に根元が黒くなっている木に近づく。
木の根元には、直径五センチくらいのタール状の塊があった。墨汁のように真っ黒だ。
その黒いものから、濃い灰色の煙が細ーく立ち上っている。
「瘴気溜まりというよりは、瘴気溜まりになる前って感じですね?」
瘴気溜まりと言い切るには小さすぎる。
だけど、確実に瘴気が集まってできたものだろう。
「これが地下水に影響しているんでしょうか?」
「そうだろう。同じ場所に複数の瘴気溜まりができることはないと聞く。これのほかには、ないと思うよ」
「そうですよね」
瘴気は一か所に集まりたがるから、近い範囲でいくつもの瘴気溜まりが作られることはない。そう考えると、ライナルト殿下の言う通り、この山を含む近辺にはこれ以外の瘴気溜まり(未満)が発生しているとは考えられなかった。
「とりあえず、浄化します?」
「その前にロヴァルタ国に報告した方がいいだろうから、他を散策している騎士たちを集めよう。確認してもらって、報告書にまとめた方がいい」
「おじい様も呼んできた方がいいかもしれないですね。ギーゼラ、おじい様たちを呼んできてくれる?」
「わかりました」
ギーゼラがおじい様を呼びに行くと、わたしは首にかけていた笛をピーッと吹いた。もし何かを発見したら笛で報せあうことにしていたので、笛の音を聞いて他の場所を散策していた護衛の騎士たちがやって来るだろう。
「あ、殿下、耳を隠さなきゃ」
「帽子を持って来たから大丈夫だよ」
ライナルト殿下の体に吸収された瘴気を今浄化してしまってもよかったのだけど、このあたり一帯が瘴気の影響を受けていると考えると、うっかり木や植物に触れて、殿下が再び瘴気を吸収してしまう可能性がある。
ならば、耳が見えないように隠しておいて、瘴気の塊をどうにかしてから浄化した方がいいだろう。
ライナルト殿下が帽子をかぶって耳を隠そうとしたので、わたしはすかさず「お手伝いします」と挙手をした。
……別に、あわよくば耳に触ろうという下心じゃないからねっ! 鏡がないから、殿下ではきちんと耳が隠れたかわからないと思っただけだからっ!
と、内心で言い訳しつつも、身をかがめたライナルト殿下の頭に帽子をかぶせる時にふわりとした耳に触れて、ついにまにましてしまう。
ふわっふわで柔らかくて、幸せ~!
「ありがとう。どう? 隠れた?」
「ばっちりです!」
「それにしても、どうしてこんなところに瘴気が集まっているんだろうね」
「本当ですね」
瘴気はひとところに集まる習性があるが、そもそも、瘴気溜まりができることは滅多にないのだ。
というのも、瘴気の発生源は、世界に点在している魔人なのだけど、魔人一人が放つ瘴気の量はそれほど多くなくて、さらに言えば魔人はとても数が少ない。
魔人の中から時々生まれる「魔王」ならば、まき散らす瘴気の量も甚大だろうが、魔王は伯父様とお父様とお母様が、今から約二十二年前に討伐した。
けれど、当時、生まれた魔王が住み着いていたシュティリエ国には瘴気溜まりが発生しなかったと聞く。
魔王が生まれてから討伐までそれほど時間がかからなかったからだろうと推測されるが、魔王が生まれても時間が経たなければ瘴気溜まりが発生しないことを考えると、ここに瘴気の塊があるのは違和感が残った。
それでなくとも、ロヴァルタ国の北東には小さいものとはいえ瘴気溜まりが発生しているのだ。
瘴気溜まりの発生確率から考えると、あまりに多い。
……たまたま、だったらいいんだけどなあ。
ここは、乙女ゲームが元となっている世界。
悪役令嬢であるわたしが処刑されずに生き残り、ラスボスであるライナルト殿下もこうして呪いが解けた状態で生きている。
こうした「本来予定されていたのとは違う」未来が、もしかして何らかのイレギュラーを招いているのではないか。
ちらりとその可能性が脳裏によぎったわたしは、不安を紛らわせるように、ライナルト殿下の腕に甘えた。








