小さな違和感 8
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この町の地下水が瘴気の影響を受けていると説明すると、おじい様は快く出発を一日ずらしてくれた。
宿の支配人に確認すると、延泊するのは問題なかったのでそのままここに泊まらせてもらうことにする。
翌朝、わたしたちはさっそく、町から馬車で三十分ほどの距離にある山を調べることにした。
残念ながらわたしは地下水脈の構造とか、どんなふうに地下水脈ができるのかとかには詳しくないけれど、瘴気が地下に溜まると言うのは聞いたことがない。
なので、地下水に瘴気の影響が出ていたとしても、何かしらの原因は地表にあると考えられた。
……とっても単純なことを言えば、例えばどこかに瘴気溜まりが出来ていたか何かして、そこに雨が降って、その雨が地下水脈まで流れて行ったって考えるのが普通よね。
一度地下水脈に流れて行ってしまったものは、わたしではどうしようもできない。
例えば水をどこかに貯めてもらってそれを浄化するということはできるけれど、地下水脈ごと全部を浄化するなんて不可能だ。
だが、地表に原因があるなら、原因を取り除くことで、徐々に瘴気の影響は薄まると思う。
瘴気というのは不思議と一か所に集まりたがる傾向にあるので、地下水脈に影響が出ていても、水が流れていくうちにどこか一か所に瘴気がまとまると思うのだ。
そのまとまった瘴気の濃度が濃くなればいずれ瘴気溜まりを作るけれど、そこまでの濃度でなければ、自然と空気に溶けて霧散する。
その霧散した瘴気は、より濃い瘴気の塊を探して漂うので、たぶんどこかの瘴気溜まりまで飛んでいくはずである。
……なんかこう、砂鉄実験を思い出すわよね。磁石を近づけると一か所にぴゅっとまとまるアレよ。瘴気って、なんとなくそんなイメージだわ。
まとまってくれるのは助かるが、まとまるから瘴気溜まりが生まれるとも言える。結局、その性質は人にとっていいのか悪いのかよくわからない。
聖女が浄化するという観点から考えると、一か所にまとまってくれる方が楽だけど、瘴気溜まりが発生するとその周囲へ悪影響が出るからね。
山のふもとで馬車を停め、わたしたちはとりあえず山の中を散策することにした。
山は広いので、護衛の兵士や騎士たちを含めて三グループに分けて探索である。
おじい様とおばあ様は年齢を考えて馬車で待機してもらうことにした。二人がいくら元気でも山歩きは堪えるだろうし、わたしたちが調査した報告をまとめる役も必要だから、そういう意味でも適任だろう。
町で手に入れた地図を元に、わたしたちは山の探索を開始である。
わたしは、もちろんライナルト殿下と一緒だ。
ギーゼラは山歩きに向かないだろうから待っていてもらおうと思ったのだけど、わたしが行くならついて行くと言ったからついてきてもらう。
「瘴気の影響が出ているなら、木が枯れたり空気がよどんでいたり、何かしらの目印はあると思うんですけどね」
外から山全体を見たときは、目立っておかしなところはなかった。
まあ、冬なので木々のほとんどは葉が落ちて裸状態だ。だから、パッと見ただけではわかりにくいのだけど。
ライナルト殿下は自分の体質を最大限に利用して、木の幹に片手を触れながら歩いている。
もし触れた木が瘴気に汚染されていたら、ライナルト殿下がそれを吸収して、あの愛らしいうさ耳が、まるで瘴気センサーのごとくぴょこんと生えてくるはずだからだ。
……べ、別にうさ耳を期待してなんかないわよ! ちょっとしかっ!
どんな時でもわたしの煩悩は全開である。
ちょっと自分が情けなくなってくるが、どうにかしようとしても無理なのだから開き直るしかない。
……どんなときでも、可愛いものは可愛いのだ! それに、うさ耳が生えても、ちゃんと浄化して消すから、少しくらいドキドキしてもいいでしょ? そのくらいは許してほしい。
「お嬢様……」
ギーゼラが何か言いたそうな目を向けてきたのを、わたしは全力でスルーした。
ええ、ええ、わかっていますとも! こんな時に不謹慎だって言いたいんですね。わたしもそう思います。
「というか、聖女って瘴気センサーとかないのかしらね」
ライナルト殿下の瘴気吸収体質に頼りっぱなしというのも申し訳ない。
「突然何を言い出すんですか」
「だって、磁石もS極とN極を近づけたら吸い寄せられるじゃない?」
「意味がわかりません」
「ふふ、ヴィルは面白いことを言うね」
ライナルト殿下まで笑っている。冗談だと思われたようだ。
……冗談じゃなかったんだけどね。
瘴気と浄化の力なんて、対極にあるような力でしょ? いうなれば真反対の力なんだから、磁石みたいに引き合えとまでは言わないけど、感知できてもいいと思わない?
と言いかけたけど、言ったところであきれられるだけな気がしたからやめておいた。
ギーゼラのことだ「お嬢様はなんでも都合よく考えすぎです」とか言うに決まっているからだ。
ライナルト殿下に手を引かれながら、さくさくと落ち葉を踏んで歩いていたわたしは、ふと、違和感のようなものを覚えた。
「殿下、わたし思ったんですけど、動物の声、まったくしませんね?」
冬だから冬眠する動物もいるだろうが、全部が全部冬眠するわけではないだろう。
少なくとも鳥が冬眠するなんて聞いたことはないし、山の中なのだから鳥の一羽や二羽いたっておかしくない。
……人が入って来たから警戒しているって考えても、声、しなさすぎじゃない?
聞こえてくるのは風と、落ち葉を踏み鳴らす自分たちの足音のみだ。
静かすぎてなんか、不気味。
「ヴィルも思った? 俺も、なんかおかしいなと思ってたんだ」
「動物は瘴気に敏感だと言いますし、もしかして逃げたんですかね?」
地下水が瘴気に汚染されているならば、もしかしたらこのあたりに湧き出る水も同じように瘴気に汚染されているかもしれない。
そのせいで動物たちがこの山から離れたと考えればしっくりくる気がした。
「その可能性は充分にありそうだね」
ライナルト殿下が深く頷き、目の前の太めの杉の木の幹に手をついたときだった。
ライナルト殿下の、瘴気センサーが、ぴこんと反応した。








