小さな違和感 4
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
私事ですが、先日6/4に誕生日を迎えました!
ついに…ついに桁が一つ上がりまして、おぉぅ…となっております(笑)。
そこそこいい年なので、健康に気を付けてこれからも頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
それは、フェルゼンシュタイン国を出発して八日後のことだった。
ロヴァルタ国の王都も近い中規模程度の町で、この日、わたしたちは一泊することにした。
お兄様の改良した馬車のおかげか、雪の影響がほぼなかったからか、当初の予定を二日も繰り上げる速さでここまでやって来られた。順調にいけば明日の夕方には王都に到着するだろう。
別に急いでいるわけではないが、到着が早いに越したことはない。早く到着すればそれだけ王都で旅の疲れを癒すことができるからだ。
……聖女認定式に疲れた顔で参加したら、マリウス殿下あたりが何を言うかわかったもんじゃないからね! いくら再教育中とはいえ、数か月で簡単に変わりはしないでしょうし。
元婚約者のマリウス殿下は、おじい様と陛下の約束もあって、現在王太子として再教育を受けているという。
能力的には低くなかったが(むしろスペックはメイン攻略対象らしく高かった)、なにぶん性格が大問題だったので、主に性格の方の矯正中だ。
年齢が年齢なだけにどこまで矯正可能かはわからないが、多少はましになってほしいと思いつつも、わたしはさほど期待もしていない。
だけど、聖女と認定してしまったラウラとマリウス殿下の婚約はほぼ確定と言っていいだろう。
王家はラウラが聖女ではないことを何としても隠蔽したいはずなので、そのためには手元に置いておいて行動を監視しておいた方がいいからだ。
ラウラの方も妃教育を受けるはずで、もちろん将来の王妃にふさわしいように性格の矯正もかけられると思うけれど、こちらもどこまで改善可能かは未知数だった。
しかし二人ともろくに教育できていない状態で即位なんてことになれば国が大変なことになる。
もし再教育がうまくいかなければ、最悪、陛下が親族から養子を迎えるかするしかなくなるわけで、そうなればその養子の王位継承が円滑に行われるようにマリウス殿下は廃嫡ののちにどこか遠くに飛ばされる可能性があった。
要するに、国の端っこあたりで蟄居させられるのだ。
ラウラに至っては最悪、闇に葬り去られる可能性がある。
つまり、病死か何かにかこつけて殺害されるということだ。偽の聖女なんて生かしておくより証拠隠滅した方が国益になるため、その判断は思いのほか安易に下されることだろう。人一人の命より、国家の名誉の方が重たいというのは――認めたくないところだが、現実問題、実際のところはそうである。
陛下としてもそれだけは避けたいところだろうから、二人の再教育は必死に行うことだろう。
期待していないが、少しは改善が見られるはずだ。
むしろ改善されなければ廃嫡だろうから、マリウス殿下自身も必死になるだろう。そうであってほしい。
「ここの宿はいつ来ても素敵ですね」
フェルゼンシュタイン国――かつて公爵領だったところから王都に行くには、この町を必ず通ることになる。
王都から近いので、フェルゼンシュタイン家だけではなく、他の貴族も行商人もこの町に集まる。ゆえに、中規模程度の大きさの町とはいえとても賑わっていて宿も多い。
貴族向けの宿もたくさんあって、わたしたち一家にも昔から懇意にしているところがあった。
年代を感じさせる建物だが、敷地内にいくつかの建物が建っていて、一棟貸しの宿なので他の宿泊客に気兼ねなく過ごせるのだ。清掃が行き届いていて清潔で、さらに、このあたりは地下水が豊富だから大きなお風呂も作られている。
……湧き出るのは冷泉だけど、魔石が取り付けられて自動でお湯になるようにしてあるから、いつでもお風呂に入れていいわよね。
その大きなお風呂が、それぞれの建物に一つずつ作られているのである。
もちろん、部屋には普段使うような小さなバスタブもあるけれど、大きいお風呂があるなら大きいお風呂に入りたい。だって温泉大好き元日本人だから!
前回王都に来たときにも立ち寄ったから、ライナルト殿下も泊ったことのある宿である。
「そうだね。食事も美味しかったし、風呂も広くていいところだよね」
ふふ、ライナルト殿下も大きいお風呂が気に入ったようだ。
明日には出発するが、今日は大きいお風呂で癒されよう!
事前に連絡は入れておいたから予約も問題ない。
わたしたちは宿の支配人がいる棟に到着を伝えに行ったのだけれど……、そこにいたのは、いつもの支配人だったけれど、いつもの支配人じゃなかった。
何が言いたいかというと、いつも爽やかな笑顔を浮かべていた三十代の男性支配人は、ひどい憂い顔だったのだ。
おじい様が、心配そうに支配人に声をかける。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「差し出がましいようですが診ましょうか? わたし、白魔術が使えますので」
わたしも、知り合いの具合が悪いのは心配だなとそれとなく提案してみたけれど、彼は首を横に振った。
「ありがとうございます。ですが、体調は悪くありませんのでお気遣いなく」
では、何だろう。悩み事だろうか。
「なにかあったのですか?」
「ええ、まあ。……その、せっかくお泊りいただくのに申し訳ありません。実は、風呂が使えないのです」
なるほど、それでわたしたちが怒ると思ったのかな。
だけど事情があるんだろうし、その程度でわたしたちは怒ったりしないよ。
「使えないって、魔術具の故障ですか?」
湯を沸かすための魔術具の故障ならば、わたしは魔術が使えるので直接水をお湯に変えることができる。
お兄様と違って魔術具の知識はないので修理はできないが、自分たちが入る分には問題ないはずだ。
けれど、支配人はまたしても首を横に振った。
「いえ、魔術具の故障ではないのです。水質に変化がありまして……どうも、人体に影響があるようなので、領主様より当面の間、地下水の使用を禁止されておりまして」
……地下水に変化?
以前のときはそんなことは言われなかったので、ここ数か月で何らかの影響があったのだろうか。
だけど、そんなに急激に人体に影響が出るほどの水質の変化があるなんて不思議である。近くで工事があるわけでもないのに、一体どうしたのだろうか。
とはいえ、部外者があれやこれやと聞いても、支配人を困らせるだけだろう。
「それは難儀だな。なに、問題ない。部屋の風呂に魔術で水を出して使わせてもらうよ」
わたしたちは魔術が使えるので、水を出すこともそれを温めることも可能だ。
おじい様がそう言うと支配人はホッとした顔をして、「申し訳ございません」と頭を下げて、わたしたちが使わせてもらう棟に案内してくれた。