小さな違和感 3
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五日後。
わたしとライナルト殿下、そしておじい様とおばあ様はロヴァルタ国の王都へ向けて出発した。
ロヴァルタ国の王都には、まだフェルゼンシュタイン家のタウンハウスが残っている。
これを引き上げるかどうするかは決めてなくて、何ならここを大使館のように使ってもいいかな~と考えたりもしたのだけど、この世界に「大使館」なんてものはないから、このルールを浸透させるのは骨が折れる。
今のところ、ロヴァルタ国王から王都の邸を引き払えと言われていないので、言われないのをいいことにそのままにしているのだけど、他国の王家の邸が堂々と王都に残されたままというのは問題だろう。
そのうち、この邸をどうするか考えなければならない。
……ま、それはおいおいお父様が考えるとして、王都に滞在する間、勝手知ったる我が家にこもれるのはいいことだわ~。
王都の邸の使用人たちは、最低限の管理人を残してフェルゼンシュタイン国に移動してもらっている。
だから、わたしたちが滞在する間の使用人の数が足りないから、フェルゼンシュタイン国からギーゼラを含め十数名ほど一緒についてきてもらった。
さらに護衛の騎士や兵士たちも一緒だから、まあまあの大移動である。
道中危険はないと思うけど、それでもわからないからきちんと護衛を連れて行けとお父様が言ったのだ。
とはいえ、わたしは多少魔術が使えるし、ライナルト殿下は魔術も剣術もなかなかの腕前だ。
おばあ様は魔術は使えないけど、おじい様はそれなりに使える。王子時代に剣術の訓練も受けていて、今も運動不足解消にたまに鍛錬しているみたいだから、何かあればおじい様も戦える。
護衛がいなくとも、わたしたち家族だけで戦力的にはまずまずなのだけど、王家の人間の移動だからね。体裁というのも大事なんだそうだ。
江戸時代の大名行列とは言わないけど、大人数で移動してたら目立つからね。戦時中でないならば、目立つこともある意味王族のお仕事なのである。
王族が動けば、それだけで経済が回るんだって。経済効果ってやつである。
王家の視察だ外交だ外遊だ、なんていうのも、それなりに意味があるのだ。もちろん、経済を回すだけが理由ではないけどね。
「というか、お兄様、なかなかやるわね。この馬車とっても乗り心地がいいわ」
馬車に揺られながら、わたしはナルシスト残念イケメンなお兄様に思いをはせた。
馬車の小さな窓から見える空は、とっても綺麗な水色だ。
フェルゼンシュタイン国は雪の少ない地域で、たまに降っても積もることは滅多にない。
遠くに見える山の頂付近にも、白いものは見当たらなかった。
……こうしてリラックスして窓の景色を楽しめるのもお兄様のおかげね。
実はこの馬車は、これまで使っていたものとは違う揺れの少ないものだった。
馬車での長距離移動がつらいとこぼしたわたしに、お兄様が馬車を改良してくれたのだ。
衝撃を吸収するためにクッションをつけたり、ばねをつけたりと、いろいろしてくれたのである。
……なんかよくわからない物理学の計算式とか持ち出して計算してたけど、わたしにはさっぱりだったわ~。
荷重とか弾性係数とかぶつぶつ言っていたけど、さっぱりだった。だが、理解できなくたって別にいい。乗り心地さえアップすればわたしはそれで満足だ。原理に興味はない。
「うちの孫たちは優秀だな!」
「本当ねえ。カールにこんな特技があったなんて知らなかったわ」
おばあ様が感心したように言うけれど、それはそうだろう。これは前世の知識を持ち出したからこそで、前世の記憶を思い出すまでのお兄様にはこんな機械オタクの側面はなかったのだ。
……ついでに言えば、ナルシストでもなかったんだけどね。はあ。
前世の記憶を取り戻す前のお兄様は、前世知識がない代わりに、性格には何の難もなかった。
ありていに言えば、造詣も性格も容姿も完璧な、なかなか類を見ない超絶イケメン。強いて言えば、今ほどは愛想がなかったくらい。だがその差も微々たるもの。
つまり、お兄様の場合は前世の記憶を取り戻したせいで、ナルシストな性格分ランクダウンしたわけだ。なんて残念な。
「この馬車も売れそうだね」
ライナルト殿下も感心しているから、お兄様が作った改良馬車は画期的なのだと思う。
お兄様曰く、てこの原理だかばねの原理だか知らないが、荷重に対して引く力が最小限ですむように計算したから、馬にも優しい設計なのだそうだ。
馬に優しいのはいいことなので、そこはお兄様をべた褒めしておいた。有頂天になっていたから、もしかしたらさらにいいものを作ってくれるかもしれない。
「カールがこのまま魔術具などの研究を続けたいなら、研究所を作ってもいいかもしれないな。せっかくの才能を生かさない手はないだろう」
孫が大好きなおじい様は、嬉しそうににこにこ笑っている。
……前世のパクリだってことは絶対に言えないわね。
まあ、こことは違う世界にすでに存在している商品をパクッて販売しようとどうしようと、この世界でそれらの権利を主張する人はいない。
このままお兄様にじゃんじゃん便利なものを作ってもらえば、世の中も便利になるし、フェルゼンシュタイン国も利益が出て万々歳だ。ぜひ頑張っていただきたい。
前世の偉大な発明家たちの功績を片っ端からパクっていけば、さぞ有名になれるだろうし。
何せ、前世で何十人、何百人、あるいはそれ以上の人が研究し実験し、そうして世に出してきた商品の数々を、たった一人が短期間でぽんぽんと作って市場に卸しているのだから。
わたしには知識がないので不可能だが、お兄様にはそれを再現する知識があるので、ここは出し惜しみせずにじゃんじゃん新しいものを発表してほしいものだ。
こうして、わたしたちのロヴァルタ国王都への旅は、お兄様の発明した新しい馬車のおかげで快適な滑り出しを切ったのだけど――まさか、道中であんな問題に遭遇するとは、このときは思いもしなかった。