小さな違和感 2
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エックホーフ伯爵は、本当にすぐに、親戚のロヴァルタ国の大臣に連絡を入れたのだろう。
新年のパーティーから十日。
我が家に、早馬でロヴァルタ国王陛下のサインが入った書状が届けられたのは、ダイニングで家族そろってのんびりとお昼ご飯を食べていたときのことだった。
内容は、聖女認定式の開催日についてである。
我が家から王都まで馬車でのんびり移動して二週間と考えると、十日という日数で連絡が来たのはものすごく早い。
エックホーフ伯爵が早馬で連絡を入れてそれに早馬で連絡を返したとしても、王都で聖女認定式や瘴気溜まりの浄化について会議をする時間はあまりなかっただろう。
一度の会議で即決だったと考えていいほどの即断だった。
「結婚式に影響が出なかったらいつでもいいとは言ったけど、三週間後ってすごいわね。そして認定式のあとですぐに瘴気溜まりの浄化に向かうんだもの、よほど急いでいるのね~」
書状を読みながらぼやけば、わたしの手元を覗き込みながらライナルト殿下が頷く。
「本当だね。だけど、打診じゃなくて確定事項として連絡してくるなんて……他国の聖女に対して、少々無礼じゃないかな。よほど急いでいるのだろうけど、もう少し礼儀は尽くすべきだ」
あら、ライナルト殿下ってばちょっと不機嫌そうですよ。わたしのために怒ってくれたみたい。へへへ~、好きな人が自分のために怒ってくれるって、なんか快感――
「おいこら、顔がにやけているぞ」
お兄様からツッコミが入って、わたしはすっと表情を引き締めた。結婚式が近いからか、最近のわたしの表情筋はとっても緩い。気を付けなければ……でも嬉しい~。
ともすればピンクオーラをまき散らしそうなわたしにお兄様はあきれ顔で、わたしの手から書状をひったくった。
「まあ、認定式の後でここに戻って来てから瘴気溜まりに再出発となると、余計に日数を食うからな。王都に行ったついでに瘴気溜まりに向かうなら効率はいい。あちらも断られないためにヴィルの結婚式の日程に最大限配慮したんだろう。……少々上から目線な気がするのは腹が立つが、このくらいは許容範囲か」
「もともとうちは臣下だったからねえ、あちらはまだ自分たちの方が上だと思っていたいのよねえ。……ふふん、そのうち痛い目を見たって知らないわよぉ」
お母様がにまにま笑っている。
国力は必ずしも国土面積に比例するわけではない。
わたしは聖女で、そしてシュティリエ国に嫁ぐことになっている。
お母様もシュティリエ国の元王女。
おじい様はシュティリエ国のみならず、あっちこっちの国に顔が効く元敏腕政治家で先の王弟。
お兄様は前世知識を生かして数多くの魔術具を開発しており、天才発明家の名をほしいままにしている(どれもこれも前世で存在していた商品のパクリだけど!)。
お父様はかつて大魔術師の名をほしいままにしていた凄腕の魔術師。
ついでにお父様とお母様は魔王を討伐した勇者パーティーのメンバーだった。
魔石鉱山に魔術具、ついでにこれからも前世知識であれこれ開発して売りさばく予定のわたしたちなので、経済的にも潤っている。
賢い人が見れば、どちらの国の国力の方が上かはすぐにわかるだろう。
あんまり調子に乗っていると痛い目を見ることになると思うが、瘴気溜まりの浄化については、我が国建国時におじい様がロヴァルタ国に突きつけた条件を全部飲ませるのと引き換えに引き受けていたからね。あちらさんもこちらが断らないのを知っているからの強気なのだろう。
「それもあるが、瘴気溜まりをいつまで放置しているんだという声が国内から上がっているのだろう。もしかしたら国境が触れあっている隣国からも苦情が入ったのかもしれんな。世間一般的にはラウラ・グラッツェルは聖女ということになっているのだ、なぜ聖女を抱えているのに瘴気溜まりを放置しているのだと責められてもおかしくない」
おじい様がぐぐっと眉を寄せた不機嫌顔で言った。
おじい様の意見に、わたしはなるほどと頷く。
「ラウラが本物の聖女でないことは、国の上層部以外は知りませんからね。聖女がいるのに瘴気溜まりを放置していたら、国民の不満が溜まりますよね~」
ラウラ・グラッツェルは聖女として覚醒していないが、わたしに対抗するためにマリウス殿下が聖女認定式を執り行った偽聖女である。
それを許したロヴァルタ国王もどうかと思うが、他国に聖女を取られたという汚点を払拭するための苦し紛れの措置だったのだろう。
この時点で瘴気溜まりは発見されていなかったようだから、認定式をしたところで聖女として活動する予定は当分ないと高を括っていたと考えられる。
だけど、聖女認定式からほどなくして国内に瘴気溜まりが発見されてしまった。
そうなれば、国民にしても、近隣の国にしても、聖女を抱えているくせになにを悠長にしているんだと責められてもおかしくない。
他国から聖女を借りる場合は手続等で時間がかかるが、自国ならばまどろっこしい手続きは不要なのである。とっとと浄化しろという声が上がるのも道理だろう。
瘴気溜まりの成長速度はとてもゆっくりだと聞くけど、かといって、放置していていいものじゃないからね。
近くに住む国民や近隣の国からしてみたら、不発弾がいつまでも放置されているようなものなのだ。怖いからとっとと取り除いてほしいと思うのは当然だろう。
しかし、かといって、聖女でないラウラ・グラッツェルを向かわせたところで浄化はできない。
むしろ聖女でなかったことがばれてしまって、国内外に大恥をさらすことになる。
すでに聖女認定式をしてしまったラウラ・グラッツェルが、実は聖女ではありませんでしたなんて発表することは、国の威信にかけて絶対にできないことなのだ。
お粗末極まりないが、ロヴァルタ国的にはこのままラウラ・グラッツェルは聖女で押し通すしかないのである。
ゆえに、ラウラ・グラッツェルに瘴気溜まりを浄化させろと言う声を抑え込むには、根本である瘴気溜まりを取り除くしかない。
わたしにとっとと行って浄化してこい、と言いたいのもまあ、頷ける。
……もしわたしがロヴァルタ国の公爵令嬢の立場のままだったら、こんなお伺いのお手紙じゃなくて、命令として落とし込まれていたでしょうからね。それを思えば、まあ、あちらも譲歩した方じゃないかしら?
あちらの、わたしに対する態度に怒っているライナルト殿下やおじい様の様子を見れば、このままではすむとは思えないけど。
……おじい様はガツンと苦情を入れそうだし――、温厚そうなライナルト殿下も、実は怒ると怖いのよねえ。
シュティリエ国の聖女に対する無礼とかなんとか言って、シュティリエ国から正式に抗議文を送るくらいしそうだった。
「……この書状には、聖女に対する報酬と、聖女貸し出しにおける費用が書かれていませんね。早急に父に連絡を入れて、シュティリエ国からロヴァルタ国王へ貸出費用の請求をしてもらいましょう。かなり急な日程で、しかも確定事項として落とし込んできたんですから、貸出費用が相場以上であるのは当然ですよね?」
ふっと笑ったライナルト殿下の笑顔が黒い。
あらあら、どこまで吹っ掛けるつもりかしら。
聖女認定式でロヴァルタ国の王都に向かっても、シュティリエ国との貸出費用の交渉がまとまらなければ瘴気溜まりの浄化には向かえないからね。
ロヴァルタ国は背に腹は代えられないから、足元を見られた額を吹っ掛けられたところで支払うしかない。
あまりやりすぎると外交問題に発展するから、こういうことはよろしくないのかもしれないけど、今回はあちらに非があるからね。たぶん、伯父様(シュティリエ国王)も容赦しないはずだ。
請求内容に文句を言って、逆にわたしに瘴気溜まりの浄化を打診したことが周囲に漏れる方がロヴァルタ国としては痛手である。
何故なら、自国に聖女がいるのにどうして他国の聖女の力を借りるのかという声が上がってもおかしくないからだ。
……それを言えば、聖女認定式を行うこと自体、そういう声を招きかねないんだけど、まあ、そのあたりはお得意の言い訳でどうにかするのかしら?
自国に聖女がいるのに、他国の聖女に対して認定式を行うことは普通はしない。
必要ないからだ。
他国の聖女に対して聖女認定式を行うのは、聖女を抱えていない国がすることであって、他の国の聖女の力を必要としない国が行うことではないのである。
ゆえに、わたしの聖女認定式についてどういう言い訳をするのかは見ものだけど、たぶんわたしが元ロヴァルタ国の公爵令嬢だったこととかを理由に適当に誤魔化すのだろうと思われた。
「わたしとしては、早く済ませた方が結婚式の日程に響かないからいいんだけど、返信はわたしではなくてお父様の名前で出したほうがいいわよね?」
「そうだね。聖女認定式についてだけ了解したと返しておくよ。瘴気溜まりの浄化に関しては、費用に関してシュティリエ国と合意が取れてからだからね。ヴィルはシュティリエ国の聖女だから、いくら娘であっても私には決定権はない」
聖女は最初に認定式をした国で登録となる。だからわたしは「シュティリエ国の聖女」だ。
いつできたルールかはわからないけど、とっても素敵なルールだと思う。
あっちこっちの国で聖女の所有権を主張されたら面倒くさくてかなわないからね。酷使されるのも嫌だし、このルールを作った昔の誰か、グッジョブ‼
「聖女認定式には私も行くぞ! シュティリエ国の認定式には参加できなかったからな!」
あら、おじい様が一緒についてきてくれるなら安心だわ。おじい様相手では、ロヴァルタ国王も強く出られないからね~。
お父様とお母様は国王と王妃という立場になっちゃったから安易に国を離れられないから、今回はお留守番になるだろう。
お兄様もお見合いパーティーの準備があるからね。告知して、参加したいと連絡が来たところに返事をしたりもしないといけないから、ふらふらと旅行なんてできない。
おばあ様もわたしの聖女認定式が見たいし、お友達にも会いたいからついてくるそうだ。
……ついでに、絞めておきたいところもありますからねって、おばあ様、なんか怖いですよ。
お母様も強いが、おばあ様もお強い。
もと侯爵令嬢であるおばあ様は当然ロヴァルタ国内に顔が効くしお友達も多い。
おじい様が公爵だったころは、女性の社交界を牽引しつつバチバチと派閥争いもしていたので、いまだにおばあ様に頭が上がらないご婦人方も多いらしい。
立場の違いをわきまえず、フェルゼンシュタイン国に対して大きな顔をしている国の中枢の人たちとそのご婦人方に睨みを効かすつもりでいるのだろう。
……こうしてみると、うちの家族って好戦的よねえ~。
わたしは運ばれて来た食後のデザートを口に運びながら、小さく笑った。