モテすぎるのも困りもの 6
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本音を言えば行きたくない。
だけど、女性たちの諍いに男性が首を突っ込むと、統計的に悪化するという傾向にあるため、お父様たちには任せられない。
ゆえに、わたしとお母様は渋々、お兄様を取り囲んでいる女性たちの集団へ仲裁へ向かうことにした。
ライナルト殿下やお父様は、離れたところでステイしてもらっている。
わたしたちが近づいていると、女性たちに囲まれているお兄様が困惑顔をしていた。
お兄様のすぐ目の前で、二人の女性が睨みあっていたのだ。
どう見ても喧嘩が勃発している。
お母様がお兄様の周りにいる女性の中に自分のお友達を見つけて事情を聞いたところ、どうやら、お兄様の婚約者の座を巡っていざこざが発生したらしい。
睨みあっているのは、我が国に三家ある伯爵家の令嬢、ゲーゼ伯爵家のイングリットと、イェシュケ伯爵家リゼロッテである。
二人ともお兄様と同じ十九歳で……とても仲が悪い。
フェルゼンシュタイン国の伯爵家は三つとも親世代は仲良しなのだが、どういうわけか、娘であるこの二人は昔から何かと張り合っているのだ。同じ年だからだろうか。
それとも――同じ男(お兄様)を好きになってしまったからだろうか。
ちなみにもう一つの伯爵家であるエックホーフ伯爵家の令嬢アンネリーエは、二人に近い位置にたたずみ、目を爛々と輝かせていた。
アンネリーエはお兄様ファンを公言しているが、同時に、かなりのミーハーだ。二人の令嬢が一人の男を巡ってバチバチと火花を散らしているこの状況に、どうやらときめいているらしい。
「リアル恋愛小説だわ」
という場違いなつぶやきが聞こえてきた。
……見てないで仲裁に入りなさいよね。というかあんた、いったいどんな恋愛小説を読んでいるのよ……。
あれだろうか、女同士で一人の男性を取り合うやつだろうか。バチバチ、ドロドロしている系の。わたしはラブラブいちゃいちゃしている山も谷もない幸せ~な話が好きだから、絶対に話が合わないわ。
……え? 山も谷もない物語の何が楽しいのかって? いいでしょ別に。人の好みは人の数だけあるものよ。
アンネリーエがこの調子なのだ。身分が下の子爵家、男爵家、騎士爵家のご令嬢が、伯爵令嬢同士の諍いに口を挟めるはずもない。
年配の女性は年配の女性で、年頃の女の子の喧嘩にどこまで口を挟んでいいものか悩んでいるようだった。逆に言えば、止めるほどでもない、と判断したのかもしれないけど。
「ちょっとお兄様、見てないで止めなさいよ」
「だって、片方を止めたら片方に角が立つからね」
……お兄様の、女性限定のその八方美人なところ、直したほうがいいと思います!
まあ、お兄様の言い分もわからないでもない。下手に止めて火に油を注ぐ結果になったら大変だからだ。
わたしには本当にさっぱり理解できないが、お兄様は前世で言うトップアイドル並みに人気があるのである。隠れファンクラブ(全然隠れてないが)も存在しているほどなのだ。
ちなみに、アンネリーエはファンクラブの会員一桁ナンバーで、昔、会員証を自慢げに見せてくれた。全然羨ましくもなかったけれど。
「だけど、この二人はどっちがお兄様の婚約者になるかで争っているらしいじゃない」
そうなのだ。
お兄様――この国の王太子となったカールハインツは、今十九歳で今年誕生日を迎えれば二十歳となる。お母様のお友達によれば、「そろそろ婚約者が決まるのでしょうか?」とこの場にいる誰かがお兄様に訊ねたのが発端だったらしい。
お兄様はのらりくらりと「どうかな~」なんて言ってかわそうとしたようだけど、昔からお兄様が好きすぎるイングリットが「それならぜひわたくしを!」と言い出した。
イングリットは昔からお兄様の婚約者の座を虎視眈々と狙っていて、ことあるごとにお兄様に猛アピールをしていたから、今日の発言も、わたしやお兄様からすればいつものことだった。
だけど、同じくお兄様の婚約者の座を狙っているリゼロッテがその発言を聞き咎め、
「カールハインツ様は次期王になられるのですもの、より人脈が多い家のものが妃になるべきですわ。わたくしのような!」
と反論した。
リゼロッテのイェシュケ家は、ロヴァルタ国の宰相家と血縁があり、もっと言えば、彼女の今は亡きおじい様はロヴァルタ国の公爵家出身だ。公爵家の四男だったが、継ぐ爵位がなかったためイェシュケ家に婿入りしたのである。
外交的に他国の宰相家や公爵家に強いパイプを持つ自分が妃にふさわしい、とリゼロッテは言いたかったのである。
だけど、我が家はおじい様のおかげで、ロヴァルタ国の宰相家や公爵家、他国の要人に至るまで仲良しだ。
だから正直なところあまりそういう方面をお兄様の未来の婚約者に期待はしていないのだけど、政治的に考えればその考えは間違ってはいない。
貴族や王族の結婚なんて、そんなものだ。
……それで、どっちがお兄様の婚約者にふさわしいか、口論がはじまった、と。やれやれ……。
もしお兄様の婚約者を国内でまとめるのであれば、三つある伯爵家のうちのどこかの令嬢と婚約を結ぶことになるだろう。
だけど国外という選択肢もあるし、お兄様はまだフリーの男でいたいみたいだから、二人のこの争いはいささか先走りすぎと言えた。
……とはいえ、お兄様の婚約者の座が空席のままだったら、今日みたいなことが何度でも起きそうよねえ。
お兄様はモテることに快感を覚えているけど、モテすぎるのも考えものである。
二人の伯爵令嬢の手前、立候補したくてもできないご令嬢たちを入れれば、とんでもない数の立候補者が上がりそうだ。
「お兄様、そろそろ、覚悟を決める時じゃあないかしら?」
「えー……」
「えーって、お兄様が身を固めてくれないと、この争いは未来永劫ず~っと続くことになるのよ。いいの?」
「女の子たちが俺を取り合って争うなんて素敵じゃないか」
「このナルシストめっ」
だめだ。
この兄は、残念すぎる。
……今すぐこの顔が、前世の平平凡凡なおにーちゃんの顔にならないかしら?
神は、与えてはならない人間に、完璧な造形を与えてしまったのだ。
……お兄様はもう終わってるわ。お兄様の意思確認なんてしてたらろくなことにならない。
お兄様は嫌そうだけど、このままお兄様をフリーにしておけば、いつかお兄様を巡って傷害事件まで勃発しそうで怖いのである。
……これは、パーティーのあとで早急に! 家族会議を開く必要がありますね!
わたしは睨みあう二人の伯爵令嬢に、はあ、と大きなため息をついた。
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