モテすぎるのも困りもの 2
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日が傾き始めたころ、フェルゼンシュタイン国に暮らす貴族たちが続々と王宮(仮)に集まりはじめた。
彼らは公爵領だったころからこの地に住んでいて、町や村や地方の管理をお任せしていた貴族たちだ。
フェルゼンシュタイン公爵領に住んでいた貴族たちは全員この地へ残ることを希望したため、国を興したタイミングで正式にフェルゼンシュタイン国の貴族となった。
貴族の国籍を移すとか、ややこしい手続きとかがあったみたいだけど、ロヴァルタ国との交渉は全部おじい様がまとめ上げてくれて、お父様は書類にサインをしただけだったらしいけどね。
ロヴァルタ国王をがっつり脅して独立に際してかなりの条件を飲ませたおじい様の手腕にかかれば、この程度の問題はややこしいうちに入らないのかもしれない。
ただ、うちの国は公爵領だったからね。領内で暮らしていた貴族たちは、ほとんどが男爵家と子爵家だ。伯爵家は三家ほどで、侯爵家に至ってはゼロ、当然ながら他の公爵家もゼロ。
国内の体勢とかも整えないといけないから、どこを誰の領地にするとか、フェルゼンシュタイン国では彼らにどの爵位を与えるとか、まだまだ難しい問題は残っているみたいだけど。
一代限りの騎士爵とかはね、けっこう簡単にぽぽんと与えられるんだけどね。元公爵軍の騎士、準騎士、兵士たちも大勢いるし、ここはまあそれほど問題じゃない。
だけど、ロヴァルタ国のときの爵位より上げるとなってくると、うまくやらないともめるわけよ。こっちは陞爵したのにこっちは元のままとかだと、やっかみとかでるじゃない?
面倒くさいから元のままに……ってことにすると、それはそれで問題だし。
ほら、貴族社会の権力ってピラミッド状でしょう? きちんとピラミッドにしておかないと、トラブルのもとになるんだって。
平等という言葉は美しいけれど、これまでピラミッド状だった権力をいきなりフラットにしましょうね~なんて言って受け入れる人はいない。
構造改革は一朝一夕ではいかないし、今のところ、貴族階級をピラミッドにしておくことで世の中はうまく回っているのだから、それを崩す必要性も感じないのだ。
……こういうのは時代の流れって言うのもあるもんね。この世界のこの時代には、この構造が合っているってことよ。
だからと言って、ピラミッドの下を苦しめていいかと言えばそうでもない。
縦社会の構造を取りつつ、ピラミッドの下に位置する人たちの生活も保障しなければ、いつか取り返しのつかないことになるのだ。ピラミッド状でありながら、互いの階級の垣根もできれば少し低めくらいが理想かな~って思う。
……ってことで、お父様、おじい様、ついでにお兄様、ファイト~!
ぜひとも平和な国を築き上げてほしいものである。
他国の人間になるわたしはお祈りくらいしかできないけど、応援しているからね!
で、今のところまだどうするかが決まっていないから、ロヴァルタ国だったときの爵位を暫定的に据え置き状態の貴族たちは、お父様に新年のご挨拶をした後で、夜に開催予定のパーティーに参加するため、我が家の大広間に集結中だ。
ちょっとひどい言い方をすれば、皆様、お父様たちにゴマすりにいらっしゃっているのである。
……新体制を整える前の今が最大のチャンスだからね。美味しいポストを欲しがるのは、いつの時代も、どこの世界でも一緒よねえ~。
わたしは建国と同時にフェルゼンシュタイン国の聖女認定式も受けたので、この国でも聖女として認められている。
シュティリエ国で受けた聖女認定式が最初だったことと、ライナルト殿下と結婚予定であることもあり、わたしは「シュティリエ国の聖女」という位置づけだけど、聖女認定式で認められないとその国で聖女としての活動はできない。
両親が治める国で聖女活動できないのはおかしいので、お父様たちはすぐに認定式を執り行ったのだ。
ま、聖女が出動する案件なんて、そうそう発生しないけどね!
そんな聖女であるわたしは、もちろん貴族たちにとても注目されている存在である。
国王であるお父様の娘でもあるし、ライナルト殿下の婚約者でもあるわたしが、パーティーに出ないわけにはいかない。
よって……。
「ギーゼラ、まだ~?」
わたしは絶賛ギーゼラの渾身の「キツさ二割減」メイクを施されているさなかだった。
「喋らないでくださいませ。お嬢様は唇が赤いので、ピンクにするのが大変なんです」
真っ赤な唇はキツそうに見えるという理由で、ギーゼラがわたしの唇の赤みを消すのに必死になっていた。
……食事したらリップも落ちるんだから、そんなに躍起にならなくても……。
と思わなくはないが、ギーゼラはわたしのために頑張ってくれているので余計な茶々を入れてはならない。
……というか、赤みを消してなおかつぷるんぷるんに仕上げるとか、さすがだわギーゼラ!
いったいどうなっているのか、ギーゼラの手元を鏡越しで観察していたわたしにもよくわからない。
たぶん、わたしにメイクのセンスはないのだろう。そんな気がする。
前世でも、ファッション誌を読む時間があればゲームのコントローラーを握っていたし。
一時間半もかけてお化粧が終わると、今度はくるんくるんのわたしの形状記憶縦ロールをどうにかする番である。
編み込んでまとめると派手さが抑えられると気づいたギーゼラは、わたしの髪をせっせと編み込んで、白い人工ファーのリボンで飾り付けた。今日はドレスの上に人工ファーのティペットを身に着けるからそれに合わせたみたいである。
前世の記憶を思い出してから、どうも毛皮に抵抗が生まれちゃったからね。お父様とお母様が主体となって、動物の毛皮を用いないファーを研究させていて、今日はその試作品のお披露目でもあるのだ。つまりわたしは広告塔の一人。
貴族は模造品を嫌う傾向にあるんだけど、国王一家がそれを身に着けていたら、一種の流行としてとらえられるでしょう?
このまま人工ファーが流行ってくれたら嬉しい。
食べるためにというのならわかるけど、おしゃれのために動物の狩るのはちょっとね。ついでに狩りの文化も立ち消えないかなあ。
……お父様主体でゴルフを流行らせてくれないかしら?
狩りに代わる娯楽がないから貴族は狩りをするのだと思う。だったら違う娯楽があればいいのではあるまいか。
今度お父様に相談してみよ~っと。
だって、もし……もしもだよ? ライナルト殿下が魔王の呪いで兎の姿にされていたときに、貴族の娯楽で狩られていたらと思うとゾッとするよ。我が家にはレンちゃんもいるし、戯れに動物の命を刈ってほしくないんだよね。
独立して国を興すと大変なこともたくさんあるけど、できることも増える。差し引きで見たら、独立してよかったと言えるのではなかろうか。
「できましたよ、お嬢様。一度立ち上がってくださいますか?」
ギーゼラが最後のチェックをするというので、わたしは立ち上がって姿見の前に移動した。
今日のドレスは、ライナルト殿下の瞳と同じエメラルド色。
体の線をがっつり出すと、体型からどこの高飛車女王様だよという雰囲気になってしまうので、胸の下から切り替えるタイプのAラインである。
ティペットと頭のふわふわの人工ファーが柔らかい雰囲気を作り出してくれている。
「ねえねえギーゼラ、この白いファーはわたしと相性いいんじゃない?」
「そうですね。赤とか黒ならとんでもないことになりそうですが、白はいいと思います」
そうね……。
自分で言うのもなんだけど、わたし、赤とか黒がすっごい似合うのよ、悪い意味で。
赤とか黒のドレスを身に着けるだけで、あ~ら不思議、世紀の大悪女が誕生してしまうのだ。だから赤とか黒はできるだけ封印しているのである。
相手を威嚇したいときには効果絶大だろうけど、普段から怖そうなイメージは抱かれたくないもんね。
支度が終わって廊下に出ると、そこにはすでに支度を終えたライナルト殿下が待っていた。
……って、好き~‼
銀色の前髪を後ろになでつけ、薄灰色のジャケットの胸には一輪の赤い薔薇。シャツはわたしの瞳に合わせたのかラピスラズリ色で、わたしのドレスと同じ色のエメラルド色の目を細めて微笑むライナルト殿下は、たまらなくカッコイイ!
思わず抱き着こうとしたわたしを、ギーゼラが「メイクが落ちますっ」と言って押しとどめる。
思う存分抱きつけなかったから、仕方なくライナルト殿下の腕に抱き着くだけで我慢していると、殿下がシルクの手袋越しにわたしの髪に触れた。
「ふわふわのファーを身につけていると、ヴィルは妖精みたいだね」
……はうっ!
思わず鼻血の心配をして鼻を押さえたわたしは悪くないと思う。
ああもう! もう!
わたしの婚約者様が、素敵すぎるぅ~‼
ちょっと、パーティーそっちのけにしてデートしてきていいですか⁉








