モテすぎるのも困りもの 1
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「あ~そこそこ、そこ~」
庭での餅つき大会が無事に終了し、わたしは今、自室でギーゼラにマッサージをしてもらっていた。
ベッドでうつぶせになって腕とか肩とかをもんでもらっていると、それをソファで本を読みながら見ていたライナルト殿下がくすくすと笑う。
ここはわたしの自室だけど、わたしたちは暇さえあれば一緒にいますからね!
え? バカップル?
それは最大の誉め言葉です‼
「お疲れのようだね、ヴィル」
「さすがに三十キロのお餅つきはキツかったです~」
間あいだで、白魔術で筋肉のこわばりを癒しながら続けたが、さすがにあれはきつかった。
一回二キロの米を使って十五回。途中で使用人たちにもレクチャーして代わってもらったけど、あの量はしんどい。
……うちの使用人たちにふるまう分と、ご近所さんに配る分、そしてパーティーで出す分って考えたらあのくらいは必要だったんだけど、次があるならもっと方法を考えてほしいわ。もちろん、そんな機会は巡って来なくていいんだけどね。
餅はついたら終わりじゃない。丸めて成型しなければならなくて、これもまた意外と重労働なのだ。
丸める作業はライナルト殿下も手伝ってくれたけど、我が家の使用人総出で取りかかる規模の餅つき大会ってどうなんだろう。
ちなみに終わった時にはみんな白い粉まみれになっていて、急いでお風呂に駆け込んだ。
「きっと義父上はフェルゼンシュタイン国の特産品にするために今日のパーティーに間に合わせたかったんだろうね」
……いや、あの父のことだから、そこまでは考えてないと思いますよ~。ただ美味しいからみんなに食べさせたかっただけで。
わたしたちは正式に婚約したから、ライナルト殿下はうちのお父様のことを「義父上」と呼ぶようになった。
……なんか照れる~!
わたしも伯父様のことをお義父様って呼んだ方がいいんだろうか。へへへ。
「お父様はわかんないけど、今日のパーティーの反応を見て、もしかしたらおじい様があたりが動くかもしれませんね。お餅が普及したら、お餅を使ったお菓子もいくつかあるので、それらを展開するのもいいかもしれないです」
これから先のことを考えれば、フェルゼンシュタイン国の特産品はたくさんあるに越したことはない。
魔石鉱山があるから資源は潤沢なんだけど、いつまでもそれに頼りきりというのもね。
うちの領地……じゃなかった、国は、海に面しているし、農業や放牧も盛んだ。だけど一次産業だけじゃなくて二次産業にも力を入れないとダメだと思う。っていうようなことを、なんか前世で、高校生の時に政治経済を担当してた社会の先生が言っていたような違ったような~。
それから、公爵領だった時と動きが変わるのは、税の扱いだ。
これまでは領民から税を徴収したあと、一部をロヴァルタ国に納入していた。
そのロヴァルタ国への納入分が浮くわけだけど、代わりに、交易路などのロヴァルタ国の国費で補助が出ていた工事が一切受けられなくなる。
今後は全部、わが国での税収で国内のことを賄わなければならないのだ。それが出来なければ他国に借金という手もあるが、建国早々借金を考えていたら終わりである。
……うちはもともと潤ってる領地だったけど、何かあった時にロヴァルタ国の援助が得られなくなるのは心もとないからね。早いうちから稼げる産業がたくさんあった方がいいのよね。
とはいえ、わたしはライナルト殿下と結婚したらシュティリエ国の人間になる。
ライナルト殿下は将来王になる弟のディートヘルム殿下の補佐につく予定で勉強中だ。
しばらくは王子の身分のままでいるようだけど、ディートヘルム殿下の即位もしくはそれよりも早い段階で公爵位を賜って臣籍降下する予定なのである。
……他国の人間になるわたしが、あれやこれやと心配する必要はないもんねえ。
お父様も馬鹿ではないし、お兄様は少々不安だけどあれもあれで愚かではない。
おじい様という強力なバックアップもある。
お母様は元王女だし、おばあ様も元侯爵令嬢でとても頭のいい方だ。
わたしが思いつくようなことは、すでに頭にあるはずで――うん、わたしが出しゃばる必要はどこにもないのだ。
それを、ちょっぴり寂しいと思ってしまうのは、わたしが家を出て行く身だからなんだろうな。
ライナルト殿下との結婚はとても待ち遠しいし、すごくすごく幸せなんだけど、転生した先まで一緒にいる家族と別れるのは寂しい。
……ま、他人になるわけじゃないんだけどね!
こういうのを、マリッジブルーっていうのかしら? いやだわ~、わたしの頭、幸せすぎてピンクピンクしてるのに! 全然ブルーが入り込む余地なんてないわよ!
しっしっ、と自分の頭の中のブルー要素を追い出そうとしていると、腰のあたりをマッサージしていたギーゼラが、少し低い声で言った。
「お嬢様、先ほどは調子に乗ってお餅を食べすぎていたように見えましたけど、気を付けないと結婚式のドレスが入らなくなりますよ」
「うぐっ」
ライナルト殿下との結婚は、この春に予定されている。
シュティリエ国の建国記念日が春で、ついでだからそれに合わせて大々的にしようと提案してくれたのは伯父様だ。
式はおよそ四か月先だが、みんなが張り切りすぎているからか、実は準備はすでにほぼ終わっている。ドレスも仕上がっているのだ。
……お餅はお米で食べる時より体積がちっちゃくなるから要注意って知ってたのに~!
久しぶりのお餅にテンションが上がっていたのは否めない。相当な量を食べた気がする。ウエスト周りにいらないお肉が増えたらどうしよう……。
結婚式当日にドレスが入りませんなんてことになったら、末代までの恥っ!
「ドレスはまだ修正がきく段階だと思うから大丈夫だよ」
気を付けなければと自分を戒めていたら、ライナルト殿下から悪魔の誘惑が。
……優しい優しい! でも、それをやりはじめたらエンドレス……。
わたしの顔はキツいので、体型だけでも完璧な状態で結婚式を迎えたい。一生に一度の、大好きな人との結婚式だから、幸せ全開で迎えたいのだ。
……うぅ、シュティリエ国ではレンちゃんとお庭で遊んでダイエットしているつもりだったけど、これはもう少し気合を入れなくちゃだめかしら?
レンちゃん、とは昨年、わたしのアホな元婚約者、ロヴァルタ国の王太子マリウス殿下が、自分勝手にも瘴気まみれにして殺しかけた可愛い可愛い白兎ちゃんの愛称である。
その兎は、わたしが瘴気を浄化したのち、シュティリエ国に連れて帰って我が家の家族の一員としてのびのび生活中だ。
さすがに小動物を何度も長旅させるのは可哀想だからと、今は国でお留守番してもらっている。
お世話は、フィリベルトさんをはじめとする使用人たちに任せた。みんなレンちゃんを可愛がっているから安心してお任せできる。
レンちゃんの本名は「フロレンツィスカ」という仰々しいお名前で、これはお兄様が付けた。安直に「ぴょん子ちゃん」とか「しろちゃん」とわたしが名付けようとしたら、お兄様が全力で反対して、この名前が付けられたのだ。
ライナルト殿下だけは「ぴょん子ちゃんも可愛いよ」って言ってくれたけど……、満場一致で、「フロレンツィスカ」に決まってしまったのである。
ただ、名前が長くていいにくいので、一周回って「レンちゃん」という愛称に落ち着いたけど。
ギーゼラのマッサージを終えて、わたしはベッドから降りるとライナルト殿下の隣に移動した。
すると、ライナルト殿下が本を置いてわたしの肩に手を回して、側頭部にぴたっと頬を寄せて来る。
ふわ~んとピンクオーラをまきちらしはじめたわたしたちを見て、心得ている有能な侍女ギーゼラはそそくさと部屋を出て行った。








