プロローグ 1
2025年6月にSQEXノベル様から書籍①巻が発売します!
それに伴い第2部の連載を再開いたしますのでどうぞよろしくお願いいたします。
※書籍化では第1部の内容に大きく加筆を加えているため、第2部~の内容でわからない部分がでるかもしれません。気づいたら後書きなどに細くは入れようと思いますが、全部は対応できないと思うので、わからない部分が出たら申し訳ありません。ご容赦いただけますと幸いです。
「せいやあ!」
「よいしょ~!」
乾燥した空気の中を、ひゅ~っと冷たい風が通りすぎる。
形状記憶合金並みのわたしの頑固な縦ロールを揺らして後方に吹き抜けていった風に、肩にかけていた毛織のストールが吹き飛ばされそうになった。
それをすかさずはしっと掴んで、笑顔で肩にかけなおしてくれたのは、隣に座っているわたしの婚約者のライナルト殿下である。
……婚約者、いい響き♡
婚約者とは、結婚を約束した者同士のことである。
つまりライナルト殿下とわたしは、結婚秒読みのラブラブカップルなのだ。へへへ……。
思わずにやけそうになったわたしの耳に、またあの掛け声が聞こえてきた。
「せいやあ!」
「よいしょ~!」
さっむい冬の空気の中、やけに熱い掛け声である。
結婚間近のラブラブカップルの甘い空気は、その暑苦しい声のおかげでぶち壊しだ。
――元気な掛け声を上げているのは、我が父と母にして、フェルゼンシュタイン国の国王夫妻その人たちである。
はあ~? って首を傾げた人、うん、大正解‼
フェルゼンシュタイン公爵領が、フェルゼンシュタイン国と名を改めたのは去年の冬のことだ。
そんな建国宣言から間もないフェルゼンシュタイン国の元旦は、幸先のいい快晴だった。
とりあえず王城とかそういうのは今度でいいや~、と、これまで暮らしていたフェルゼンシュタイン公爵邸を仮の王宮と定めたお父様たちは、今、その「王宮」の庭で、頭に鉢巻を巻いて、元気な掛け声を上げている。
しかもこの国……いや、この世界では珍しい、特注のお揃いの法被なんて着ている。
……国王夫妻が、な~にやってんだか~。
父、アロゼルム・フォン・フェルゼンシュタイン、三十九歳。
母、クレメンティーネ・フォン・フェルゼンシュタイン、三十九歳。
年が明けたので、誕生日が来ればそろって四十歳の大台を迎える二人は、仮にも「王宮」とした邸の玄関前の庭で、杵と臼を使って餅つき中である。
そう、餅つき、だ。
どこからどう見ても西洋風の、異世界の、それも王宮の庭で、である。
冬になって色が黄土色に変わったとはいえ、綺麗に切りそろえられた芝生の上。
四阿とか噴水とかトピアリーとか、元公爵家にして現王家にふさわしい景観の庭も、無粋な杵と臼、ついでにどこからどう見てもお祭り仕様の鉢巻と法被のおかげで雰囲気ぶち壊しだ。
もっと言えば、今年四十の大台に乗るとは思えないほどに若々しい美男美女夫婦(自分の親にこんなことを言うのもなんだけど!)が、鉢巻きに法被姿で餅つきをしている姿は、正直に言って滑稽でしかない。本人たちはまったく気にしていないようだけど。
……いくら日本からの異世界転生者一家だって言っても、普通、餅つきなんてはじめる?
わたし、ヴィルヘルミーネ・フォン・フェルゼンシュタインは、その異様な光景を、婚約者であるシュティリエ国のライナルト殿下と、お兄様のカールハインツ・フォン・フェルゼンシュタインと共に、つきたての餅を食べながら見学中だ。
わたしは、昨年末にライナルト殿下との婚約が正式にまとまったのちは、殿下とシュティリエ国王都にある旧王宮で暮らしていたんだけど、正月くらい家族で過ごそうと誘われたのでこうして海を渡ってフェルゼンシュタイン国にやって来た。
そこまではよかったんだけど……。
……なんでこの人たち、お餅なんてついてるの?
ほんと、謎。
フェルゼンシュタイン国の王宮(仮)に到着したのは昨日の夕方。
それから一家団欒で大晦日をすごして、じゃあおやすみ~と眠って、翌朝、元旦。
何やら朝から慌ただしいなと思っていたら、あれよあれよという間に、庭に餅つきの準備が整えられていた。
この世界は、日本人が開発した乙女ゲームが元になっている世界で、食べ物は日本で食べられていたなんちゃって西洋風料理、に近いものがあるけれど、さすがに餅はなかった。いったいどうしてこうなった。
「ねえお兄様、美味しく食べさせてもらっておいてなんだけど、なんでお餅つき? もち米はどうしたの?」
「父さんが農家に視察に行っていたときに発見したらしいぞ。口当たりがもちもちしすぎていて市場に卸せないからと、生産者の間だけで食べられていた米が実はもち米だったらしい。父さんも母さんも狂喜乱舞してすぐに購入していたよ。で、大急ぎで臼と杵を作らせてた」
……国王夫妻のくせに、本当に本当に、なにやってんだか……。
まあ、この世界のお米料理と言えばリゾットとかパエリアとか? ああ、ドリアなんてものもあったわね。白米をそのまま炊いて食べようとする家は転生一家の我が家くらいなもので、米の需要はあまり高くない。そして米料理も前述したとおりだから、粘りの強いもち米が不向きだというのはよくわかる。
だから市場に出回っていなかったというのも理解できるけど……、農家の人たちは、さぞびっくりしたことでしょうよ。国王夫妻が目を輝かせて、本来売れないはずのもち米をごそっと買い占めていくんだから。
建国しちゃったせいで王太子を名乗るようになったお兄様は、びよーんと伸びるつきたての餅に砂糖をまぶして食べている。醤油が欲しいとぼやいているけれど、残念ながら醤油はない。大豆はあるから、ぜひとも頑張って作ってほしいものである。
え? わたしが頑張れって? 作り方知らないから無理です。こういうのは適材適所。この手のことに有能な身内(お兄様)がいるんだから丸投げして、わたしは恩恵だけいただきたい。こういうのって、妹の特権だと思うし!
お読みいただきありがとうございます!
書籍①巻、ただ今予約受付中です!
しっかりエピソードも加筆追加しております(*^^*)
ラストも大きく追加エピソードが入っておりますので、ぜひチェックしていただければ幸いです!
タイトル:家族と移住した先で隠しキャラ拾いました(1)もふもふ王子との邂逅
レーベル:SQEXノベル
発売日:2025/6/6
ISBN-13 : 978-4757598874
イラスト:朝日川日和 先生
次は、明日更新予定です!








