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異世界Ⅵ【睡】

 ――突如、無数の武器の雨が降ったあの日。


 まるで星が降っているかのような非現実的で、幻想的なその光景に、ワタシはなぜだか強く惹かれて。ワタシの耳には、世界中から響く人々の悲鳴など一ミリたりとも入らない。

 ただひたすらに、漠然と、茫然と。

 世界を真っ赤に染め上げた美しい星々に、目を奪われていた――


「……やっと見つけたわ」


 ワタシは目の前の少女にそう声をかけると、少女はわずかにぴくっと肩を揺らす。やがて、ゆっくりとこちらに振り返り、


「――生きてたんだ。魔王」

「――ッッ」


 ――少女のその一言で、ワタシは心臓を鷲掴みにされた気分になった。

 そこには、ワタシの知っている少女――ワタシを倒した吸血鬼、アイリスの姿など、どこにもなかった。そこにあったのは、変わり果てた一人の少女の姿だった。


 表情は虚ろ。肌は不健康なほどに青白く、金色だった髪の色は抜け落ち、白髪に。胸にはワタシとの戦闘でも使用していた黒塗りの刀を抱いている。そしてなによりも。


 ――美しかったアイリスの紅色の瞳には、計り知れないほどの闇を湛えていた。

 まるで深淵でも覗いているかのようなその深い闇色の瞳に見つめられ、ワタシは背筋が凍り付く。久方ぶりの、恐怖を覚えたのだ。


「……一つ、質問をしてもいいかしら」

「……」


 沈黙。


「あれは、あなたがやったの?」

「…………あれって?」

「とてつもない量の武器の雨を降らせたでしょ」

「…………ああ」


 思い出したように、アイリスは呟く。


「今やこの世界で生存しているのは、ワタシとあなたくらいなものよ」

「…………そうなんだ」

「教えて。なんであんなことをしたの?」

「…………それを、お前が訊くの?」

「……」


 たしかに、言われてみればおかしな話だった。ワタシは別にこんな世界、壊れたって構わないのだ。この世界の人間がいくら死んでも構わないのだ。むしろその逆。ワタシのすべてを奪ったこの世界に、復讐をしようとしていたのはほかでもない、このワタシ自身。


 だったらなぜ、ワタシはアイリスにこんなことを問うたのだろう。一瞬、ワタシの悲願だった世界滅亡を急に横取りされて嫉妬しているのかもと考えたのだが、それはすぐに違うと分かった。


「…………雨が、やまないの」

「……雨?」


 アイリスは、一体何を言っているのだろう。


「…………あの日から、雨がやまないの。雨雲が、私の太陽を隠して、私から遠ざけてしまった」

「何を言って……」

「――この『世界』は、腐ってる」


 ぽつりぽつりと、アイリスは言葉を零していく。


「…………あれから、〝あいつ〟が死んだ理由を、考えた」

「……」


「…………考えて、考えて。考えて、考えて、考えた。でも、わからなかった。〝あいつ〟は死んでいい人間じゃなかった。明るくて、優しくて、眩しくて。〝あいつ〟は、私に大事なモノを教えてくれた。私の人生で、初めてできた――友達だった」

「……」


「〝あいつ〟は死んでいい人間じゃなかった。けれど。〝あいつ〟は死んだ。〝あいつ〟は、この『世界』に殺された。だったら、残された私のやるべきことだって、一つしかない」

「それは……」


「――この『世界』を、壊すこと」


「……」


 心臓が、妙に速く脈打っているのに気付く。バクバク、バクバクと、心臓がうるさかった。

 目の前の少女は、もはやあらゆるすべてを諦めきってしまっている。どうしようもなく、狂ってしまっているのだ。その事実が、ワタシの胸を妙に高鳴らせた。理由はわからないけれど、アイリスの昏い昏いその瞳に、ワタシは吸い込まれてしまいそうだった。


 そしてアイリスはおもむろに、自身の足元に巨大な魔法陣を出現させる。


「……! な、なんなの、その術式は! 見たことも、聞いたこともない!」

「…………『時空転移魔法』」


「じ、『時空転移魔法』……!?」


 ま、まさか。異世界へ渡ろうとしているとでもいうのか!?


「…………私にはもう、これしかない。『死者蘇生』も『時間転移魔法』の作成も失敗した」

「――」


 規格外すぎるその発言に、ワタシは言葉を失う。『死者蘇生』も『時間転移魔法』も、加えて言えば『時空転移魔法』だって、人類が長年をかけても完成し得なかった秘技だ。そんなとんでもない魔法の一つを、アイリスはこの短期間で完成させて見せたのだ。


「…………私にはもう、これしかないんだ。最後に、〝あいつ〟が生まれて、育った世界を見てみたい。〝あいつ〟がいつも口にしていた、日本という世界を。この目で一目、見てみたい」

「……」


「…………魔王。私はもう、お前が生きていたって、これから何をしようが、もうどうでもいい。ここに何をしに来たのかも、全部どうでもいいの。でも――」

「――ッ!」



「――私の邪魔をする気なら、」



 ――いつの間に、魔法を使ったのだろう。


 周囲を見渡すと、数えきれないほどの無数の剣が、ワタシを囲むように宙に浮いていた。そのどれも、切っ先がワタシに向いている。背筋がゾクゾクする。アイリスの瞳が、妖しく光った。

 そうして、ワタシはようやく理解したのだ。



「――お前も、壊しちゃうから」



 ワタシは、アイリスのあの深い深い闇に、どうしようもなく。


 恋焦がれた少女のように。


 ただただ強く、


 ――惹かれているのだということに。


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