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異世界Ⅳ【菖】

 私は愛刀、『月影』の切っ先を下に向け下段の構えを取る。目の前にはかつて私が住んでいた村、そして家族を焼いた忌々しき紫焔が迫ってきている。


 躱すのは簡単だ。けれど奴は。魔王は、その焔を私が避ける前提で二手三手と攻撃を仕掛けている。躱さなければ致命傷は避けられない。しかし躱したとして、その先に待つのはこの焔より更に必殺の攻撃。ならばどうするか。


「――紫苑!」

「任せて、アイリスっ!」


 だったら躱さなければいい。今の私はあの時とは違う。一人じゃないのだ。私には信頼できる、仲間が出来たのだから。


「『防御魔法』!」


 彼女は私の目の前に『防御魔法』を展開し、私を紫焔から守る。私はその隙に『分身魔法』で作り出された魔王の分身に向けて、錬成した武器を高速で射出し片付けていく。


『アイリス、右斜め前から新しい分身が来てる。前からはさっきの炎。左はがら空きだから突っ走って! 魔王の魔法は私が防御するからっ!』


 後衛から彼女の『思念』での指示が飛ぶ。


『ん……!』


 右足に魔力を込め、全力で踏み込む。周囲に『武器錬成』にて錬成した無数の武器を旋回させ、魔王に向かって走り出した――



「……はあ、はあ、はあ」


 辺りには土煙が立ち込めている。……極限まで魔力を使った私の身体はとっくに限界を迎えていて、立っているのもやっとの状態だ。けれど、そんなのはもはやどうでもいい。

 私は。……私は、やっと……。


「アイリスぅぅ~~~~!!」


 そう叫びながら、彼女が私に向かって突進してくる。避ける体力もない私はされるがままに彼女に抱き着かれる。


「やった、やったんだよ! 凄いよアイリス! あの魔王を、ようやく倒せたんだよ!」

「……う、うん」


 そうだ。そうなのだ。私は、ようやく、あの魔王を倒すことが、できたんだ……。


 そう考えただけで、突如として足の力が抜け私はその場にすとんとへたり込んでしまう。まるで最後に残っていた私を支える糸が、ぷつんと切れてしまったようだった。


「だ、大丈夫、アイリス!?」

「……へ、へいき。でも、流石にちょっとつかれた」


「まあそうだよね。最後のあの魔法とかめちゃくちゃすごかったし! 『万物錬成』、だっけ? アイリスもエンターテイナーだね~。あんなド派手な魔法を切り札にとっておいただなんて」

「ま、まあね……」


 ……正直、『万物錬成』に関しては私にもわからない。発動条件も、詳細な効果さえも。土壇場で偶然発現したというか、なんというか。


 とまあそんなこと、こいつに言わなくたっていいだろう。少しくらいはカッコつけさせてほしい。しかしえんたーていなー? とはなんだろうか。


 すると彼女は、おもむろに着ている魔術師用のローブをごそごそと触り始める。


「……うーんと。はいこれ」


 やがて彼女は、私に向けて小さな袋のようなものを差し出してきた。


「……なにこれ」

「ん? そういえば最後の一個とっといてあったなーって」


「……いやそうじゃなくて。これはなに」

「……あー、あーね。それはね花のくちづけっていう日本の飴。その小さなぺりぺりの袋を破ると中から飴が一個出てくるよ」

「へえ……」


「戦いの後には甘いものを食べるのが一番!」


 私はその飴? をまじまじと観察する。触ったことのない材質だ。つるつるとしていて、少しだが光を反射している。この中に飴が入っているのか。


「……それよりも、助かった」

「……ふぇ? なにが?」


「……えっと、今回……。じゃなくて、今までずっと。お前がいなかったら、私はここまで来ることができなかった。感謝してる」


「……あはは~。改めて言われると照れるね。でもね? たしかにわたしはアイリスに力を貸したけど、魔王を倒せたのはほとんどアイリス一人の強さと信念のおかげだよ」

「……そんなことはない。お前には、本当に助けられた」


 戦闘面だけではない。私はこいつと出会って、多くのことを学んだのだから。


「そういってくれると嬉しいな。まあそれはそうと」


 彼女は腰を折り、人差し指を私に向けてくる。


「……なに」

「お前、じゃなくて紫苑、でしょ?」


 そう言って、彼女――紫苑は微笑む。


「さっき初めてわたしの名前呼んでくれたよね? だったらこれからはずっと紫苑って呼んでほしいな?」

「そ、それは」


「ほーら、恥ずかしがらない! 言ってみて? せーのっ」

「……し、しおん……」

「そうっ! よくできました!」


 幼子にするように、紫苑は私の頭を撫でてくる。当の私はなにやら気恥ずかしくてそっぽを向いた。


「……」

「よーしよし、可愛いねえアイリスちゃーん」

「……」


 なんだこれは……。手持無沙汰になった私は、なんとなくさっき紫苑から手渡された飴を見る。


「……?」


 その飴を包む袋には、見慣れない文字列で何か書かれているようだった。


 これは、紫苑の世界の。日本で使われている文字だろうか。私はなんとなくそこになにが書かれているかが気になり、残っていた魔力で『解読魔法』を発動する。するとそこには、こう書かれていた。


『アイリス 花言葉:復讐』


「……おい紫苑」

「うん? どうした?」

「なんだこれは」


 私は飴を紫苑に見せる。


「それがどうかしたの?」

「よめ」

「読む……? まあいいけど。……。はっ……」


「それで、弁明は?」

「い、いや知らなかったというか偶然というか! アイリスを馬鹿にする気はなかったというか!」

「ふーん」


「ほんとうだって! だからそんなジト目で睨まないで!」

「あっそう」


「信じてよー! わたしがこんなくだらないことするわけないじゃん!」

「いや紫苑はいつだってくだらないことばかりする」


「辛辣!?」

「事実を言っただけ」

「違うんだよ~信じてよ~」


 紫苑は涙目になりながら私に縋り付いてくる。


「ていうかさ! アイリスの花には色んな花言葉があるんだよ! 復讐だけじゃなくてほかにももっといい意味の花言葉があるんだって! 確かに黄色のアイリスの花言葉は復讐だけど、例えば白色のアイリスの花言葉は――」


「私の髪は()()。つまりそういうこと?」

「ちっがうんだって~!」


 まあ紫苑が時と場合は選ぶことができる変人だというのは、ここ数年一緒に過ごした私が一番よく理解している。


 だからすこしからかってみただけだ。しかし紫苑のやつ、めちゃくちゃ必死だ。もしかしたら魔王と戦っている最中以上に必死かもしれない。


「……ふふっ」


 そんな必死すぎる紫苑の姿に、私はおもわず笑みを零していた。


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