招く少年時代
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よーし、ハイスコア!
久しく、こういうレトロなゲームはやっていなかったからなあ。もうろくしてるんじゃないかと、少し内心では冷や冷やしていたが、俺もなかなか捨てたもんじゃないな。
つぶらやは家庭用ゲームが形を変えながら、どうして現代まで生きてこられたのか、考えたことはあるか? なにゆえ、ここまで支持を得ることができているのか。
人によって意見の分かれるところだろうが、俺個人としては結果が早くに出るからじゃないかと思っている。
自分の頑張りが成果となって出る機会は限られている。しかも、やり直しが容易にきかないと来ている。
契約、面接、試験……一度、自分の望まない結果が出たからといって、すぐに挑みなおすことはたいてい許されない。そもそも結果が出るのに何十、何百時間あるいはもっと時間を要する恐れもあるだろう。
その点、ゲームであればリセットひとつで環境を取り戻せる。現実なら一期一会の体験が、たちまち十期十会になり、百期百会になり、下手な鉄砲もびっくりする弾幕ぶりと化す。
そうしてじきに、訪れて欲しい結果がはじき出される。たいていは現実が要するものより、ずっと短い時間でもって。ここに達成感を見いだせたなら、はまり込むのに時間はかからないと思うのさ。
自分の上達を感じ、成果へのリターンは確実に戻ってくる。いじわるも忖度もせず、即座に率直に認めてくれるんだから、そりゃドはまりする人も出てくるさ。
こうして人をのめりこませる力があると、ときおり妙な話も現れてくるのが世の常。魅了の魔力だかで人を堕落させるのは、古来あやかしの得意技だしな。
俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?
俺たちが子供のころは、一時のゲームブームだったと思う。
放課後になれば、誰の家へ遊びに行くかが主な関心の的でさ。自分の家にないおもしろいゲームがあったりすると、帰宅までの数時間を画面にくぎ付けで過ごすことも、珍しくなかった。
俺個人としては門限との闘いだったから、パーティーゲーム系でも「○○秒以内で□□しろ」とかの種目は好きじゃない。
その何秒を残り時間で何回できるかとか、つい頭の中で考えちまうからなあ。自分の損得にかかわる計算だけは、昔から早いんだ。
自分のテク次第で、いくらでも時間が短縮でき、結果としてこなせる回数が増えていく。いわゆる残機制のゲームこそ好み。とはいえ、みんなが盛り上がっている中で水を差しそうなときは黙って歩調を合わせてやる。
――楽しい時間こそ、長くあるべきだ。だから回数をこなすべきなんだ。
そいつがあっという間に過ぎていく経験を重ねながら、俺は幼心にそう思うようになっていた。
その日は、たまたま家の留守番を任された、絶好のお遊びデイだった。
誘う友達は、以前から何度も家に招いている徒歩数百メートルの家に住む学校の友達。幼稚園くらいからの付き合いだ。
俺の家にあるゲームのひとつをえらくやりたがっていてさ。今日は親というストッパーもなく、思う存分振る舞えると思った。留守番の役得ってところさ。
ひとまず門限が17:30ということは、友達と確認した。ここを出るには20分くらいでいいだろう。学校の帰りも早かったから、3時間はたっぷりいられる。
二人して、お客さん用にストックしてあるお菓子と飲み物を盛大に開けながら、中身をむさぼり食いつつ、ゲームの支度をした。
ストーリーモードはあるものの、目玉は対人モードという対戦に重きを置いたソフトだ。
似たような趣旨を持ち、肩を並べるゲームは他にも2,3あったものの、それらの中で一番ミリタリー色が強くて、大人っぽいということで、当時の小学校低学年には敬遠する奴も多かったっけな。
しかし、俺はそいつこそがトップクラスに気に入った。
ファンタジックな魔法やモンスターといったいかにも空想なものより、銃や兵器とか身近にはないものの実在はする、という存在に強く引き付けられていたからな。
そいつをゲームの中とはいえ、握ることができるという点に強い魅力を感じた。
当時、発売したばかりのこれを、周りで持っているのは俺のみ。ハードそのものを持っている者も少なく、友達はこのソフトに目を付けた数少ない同士ながらハードをもたない。
俺の家の環境は願ったりかなったりといったところなわけさ。
最初の1時間こそ不慣れなところもあった友達だが、元よりゲームセンスはところどころ、俺を上回る。
次の1時間ではもはやワンサイドゲームを展開できることは少なくなり、俺からちょくちょく白星を拾い始めるようになっていた。
文字通りの一日の長が俺にはあるのに、たいした奴だと内心で舌を巻く。しかし、俺とて先達として自分なりに強ポジというべきポイントは見つけている。
さりげなく使ったから、そう悟られてはいないだろう。
先に自分のテク次第で早くケリがつくなら、それでいいような旨も話したが、実力伯仲なら話は別だ。
制限時間を設けず、残り残機1で迎えた接戦は容易に決着が着きそうになかった。
もう彼が家を出なくてはいけないリミットまで10分を切ろうかというところ。わざとミスすればもう1ラウンドはできるだろう。
けれど、手を抜くのは好まない。
お互い、相手をいぶり出そうとあらゆる手を尽くし、いよいよカバーとなるオブジェクトも弾幕の雨に壊れかけとなってきたところで。
ザザ、と突然の雨が家全体に降り注ぐような音がした。
外は曇り空だったし、そのままなら「通り雨かな」というくらいの認識でしかなかったろう。
けれども、やけに雨足が強く、屋根たちが特に音を立てるなと思ったところで。
甲高く割れる音と、それにわずか遅れて、コントローラ―を握る俺と友達の間のカーペットに穴が開いたんだ。
二人して目を見張ったよ。1センチくらいの大きさのそれは、何が落ちたかも分からないほど深いものだったから。
しかし、いまやっているゲームがゲームだけに、俺たちは思ってしまう。
こいつは世に言う9ミリパラベラム弾が、きっちり開けられるものじゃないかと……。
それ以上の停滞を、変わりゆく状況は許してくれない。
先ほどテレビ背後の窓を叩いていた雨の音が、にわかにその強さを増す。
叩きつける量が増えたんじゃない。音そのものが強まったんだ。それは俺たち二人の想像力を巡らせるに十分すぎる……。
「伏せろ!」
そう叫んで転がったのと、窓越しの掃射を浴びたのはほぼ同時だった。
恐ろしいことだった。
枠の中に窓をおさめたまま、しかしそれを構成するガラスにはいくつもの細かい穴が開いていたんだ。足元にいくらかの破片を残しながらさ。
その数十空いた穴の延長線は、先ほどまで俺たちが座っていた場所。その延長線上にある背後のふすまへ同じ数の穴が開き、木くずが舞った。
お互い、あおむけになったまま、かたずを飲んでいた俺たちはもはや動くことなどかなわない。
ヘタに身を起こせば、今度こそこの身体がハチの巣になる。その想像が、俺たちの動きをこわばらせてしまう。
――ずっと見張っているぞ。
そう言いたげに、外からの雨のごとき音は響き続けている。
トイレに行きたいのも我慢して、俺たちはようやく鼻と肩で息をしていた。
「ね、ねえ……いま何分かなあ?」
友達からの確認。
何をのんきなと思わなくもなかったが、沈黙に募る不安をごまかしたくなったんだろう。
「さあ……17分くらいじゃないか」
そう答えたのはアバウトな予想ばかりじゃない。
時計が見えないこの状況で、門限オーバーに意識が向くようなことがあれば何が起こるか分からない。
まさか帰ろうとは思わないだろうが、暗に時間オーバーを伝えて帰そうとする素振りなどもってのほか、とこのときの俺は思ったんだ。
少なくとも、この家の中でこうしている限りは命を長らえられる……。
「いま、何分かなあ」
「18分くらいじゃないか」
「……ねえ、何分かなあ」
「19分じゃね?」
「…………何分かなあ」
「19分20秒くらい……いや10秒くらいじゃね?」
度重なる問いかけに、決して20分とは答えない。
まるで3カウントを意地でも取りたくないかのように焦らす、プロレスのレフェリーになった心地だ。
いまなお外を揺らす雨音が止むまで、19分59秒だろうが59秒99だろうがカウントして、引き止めてやるつもりだったさ。
どれくらい時間が経っただろう。
インターホンが鳴らされるや、家を苛めていた音たちはピタリとやんだ。
鳴らしてきたのは友達の母親。なかなか帰ってこない友達を心配して、この家にやってきたんだ。どこかで合流したのか、俺のおふくろも一緒だった。
すでに門限を1時間ほどオーバーしている。友達も俺も怒られるのを覚悟していたが、その理由は時間破りばかりじゃなかった。
玄関前の敷石のいくつかがひび割れ、ひどいものだと無残に砕かれていたのさ。
とても自然に起こるものじゃなく、何か道具を使ったとしか思えない。ゆえに、家で遊んでいる俺たちに疑いがかかったわけだ。
きっと、あの降り注ぐ銃弾たちがやったんだ。
俺たちはそう思ったが、もしあれが今の今まで降っていたなら、おふくろたちだってタダじゃ済んでないはず。
けれど二人はかすり傷ひとつ負っていない。自分たちが先ほどまで体験したことを話しても信じてはもらえないだろう。
ここ以外にも、部屋の屋根や窓、ふすまはダメージが残ったままに違いなく、俺たちが目玉を受けることに違いはなかったよ。
あれは俺たちの周りにだけ起きた……いや呼び寄せた何かだったんだろうか。
ただ分かるのはいくら怒られても、こうして命をつなぐ選択が取れたことは喜ばしかったってことだな。