RE:渋谷銃雨事件
――だけどな。俺は見たんだよ確かに。スクランブル交差点の真上から……何もないはずのその頭上から……文字通りに銃の雨が降り注いだのを
刑事はあの日の事を覚えている。ありえない光景ゆえに。
もしも空から無数の拳銃が降り注いだらあなたはそれをどう捉えるか?混沌への招待、もしくは悪意の散布か?
その銃を降らせた元凶についてどう思うか?
その理由を知った時、あなたはどう思うだろう?
これはかつて起こったとある事件を追っていた刑事の話。
彼はその裏に強烈な感情が渦巻いていたと思い返すようになる。
「こんばんは~皆。今日も『ジョイホッパー』の雑談放送始めちゃうよ~!いやーこないだバイト帰りに三日月を見たんだけど超綺麗でさー。思わず写真撮っちゃったよ。上手く撮れたから後でSNSに上げるね!」
ディスプレイの向こうで若い青年の男性がにこやかな雰囲気で生放送を開始した。
生放送番組の名は『ジョイホッパーTIMES』。ハンドルネーム『ジョイホッパー』こと坂上啓二による個人の生放送番組。有名動画投稿サイトの生放送サービスで配信しており、事前に投稿された悩みを生放送の主であるトークで悩みを解決、あるいは出された話題等で話をして盛り上げて楽しんでいく事を目的にして約一時間ほど行われる。偶にはジョイホッパー自身が話題を切り出したりして来場者とチャットシステムで盛り上がったりすることもあればゲーム実況や料理などの企画もあるのだがが基本は雑談がメインだ。来場者数は有名な所に比べれば基本少ない。だがそれでも一年以上やっているためか、結構な来場者が来ている。
――わこつ~
――よろしく^^
――髪切った?
「あはは。わかる?実は昨日なんだよ切ったの」
切ってきた髪の毛を指でいじりながら彼は笑って答える。
「さて今日なんだけど……早速お便り届いているので読み上げるよ~」
そう言うと彼は手元の紙を取り出す。ふむふむと頷くといつも通りに番組を進め始めた。
「じゃあ最初はラジオネーム『犬(笑)』さんから。コラコラ犬もいいとこあるぞ!例えば……四足歩行、とか?」
――けなしてないか?w
――おいおい。また猫が一歩リードしてしまったにゃあ
――↑猫がなんか言ってるワン
「あーコホン。えっとお悩み相談コーナーでしたね。えっと――」
そうして彼はリスナーからの悩みを聞き、それを来場者と共に意見を交わしながらコーナーを進めていく。しばらくして回答が持ち出される。
「そういうわけだから犬(笑)さん。犬ってのも悪くないと思うよ?特に……えっと……」
――あれだけ話をしてなんで言葉に詰まるんだよwww
――おちついて
――やはり猫こそ至高
「あーはいはい。要するに犬の良さを認めるべきだと思います。確かに粗相がないってのはあるかもしれませんがちゃんとしつけられればいいってことよ!!」
親指を立ててジョイホッパーは回答した。来場者のコメントはまた突っ込みで溢れかえった。
「さてお次は……久しぶりに『ジョイホッパーとお題』だ」
次のコーナーはジョイホッパーのお題。これは生放送の主であるジョイが持ち出した話題で来場者皆で雑談しようという試みのコーナーだ。
「で、今回なんだけど……思い切ってある都市伝説について話をしようと思う」
真剣な眼差しで彼は画面の向こうにいる無数のリスナーを見るような視線を繰り出す。
――で、なんについて取り上げるの?
「フフフ。それはね……皆、『渋谷銃雨事件』って知らない?」
彼はにやりとした表情で座っていたそれまできしんでいた椅子をぴたりと止めて来場者に問いかけた。
――ああ、あれか
――え?なにそれ
――知らん奴おるの!?
「ああ……これがジェネレーションギャップか……じゃなくて」
心に負った小さくない傷を振り払うように彼は話を続けた。
「知らないってことはもしかしたらコメントしてくれた人はまだ十三歳前後くらいかな?何分十五年以上前に渋谷の例の交差点で起こったんだけどね。ナントカローン問題よりももうちょい前の年だったかな?」
――記録ないっていうか今思い出したわ
――いや確かにあったぞ
――でも非現実的すぎて誰も覚えていないっていうか俺が夢見てたとばかり思うよアレは
「ああ、政府が確か報道規制か何かやったみたいでさでネットとかにろくな情報ないのよ。あっても基本デマとかでさ。後はそう……一応大雑把だけど銃がばら撒かれた事件が過去の記録にあるんだけど情報があいまいというかさ。知らないのも無理ないかな?どのテレビでも放送に規制かかったせいでこの事件の当時の記録が殆どないんだよね」
ジョイホッパーはコメントの意見に相槌を打ちながら話を続ける。
「で、概要を説明しようか。もちろん気持ち半分で聞いてくれると嬉しい」
――俺はいったい何を話しているのだろうか?
彼は流石に自分自身を疑っていた。いくら話すネタがないからってこれはどうかと思っていた。
「まず始まりは十七年前の渋谷の例の交差点。多分知ってる人も多いだろうあの交差点さ。その日の朝に起こったんだ。文字通り銃が空から降ってきたのさ。季節としては秋くらいかな?」
――うそでしょ
――いやそれが本当なんよ
――そんなん上空から降ってきて当たったら死ぬわ
「うんうん。言いたいことは多いと思う」
予想していたかのような口ぶりで彼は答える。
「でもね、当時の人曰く文字通りに銃が空から降ってきたんだって。頭に当たったけどまるで雨粒に当たったかのような感触で痛みとかもなかったんだって。それでたくさんの銃が降ってきて……。銃の一つを手に取った誰かが青空に向けて引き金引いたらバァンって音が響いてパニックになってそれから直ぐに警察が駆けつけて銃を回収して回ったんだよ。この一連が渋谷銃雨事件よ。でだ――」
話を終えて一息つくと彼はそばに置いてあったお茶のボトルに手を取ってグイグイを飲み干す。
――もしかしてその場にいた?
来場者のハンドルネーム『新なんぶ』からのコメントに彼はこう返した。
「いや。俺はいなかったよ。だってまだ幼稚園……いや小学生だったかなもう」
――じゃあなんでそんなに詳しいの?ww
再び新なんぶからのコメントが届く。
「実は先日この事件について詳しい方からお話を聞きましてね……」
ニヤリと笑って飲んでたお茶のボトルをトンと置くと彼は説明を続ける。コメントの勢いは増えていく。
「なんでもこの事件について昔に調査してたみたいでさ。銃の特徴とかも教えてもらったのよ。ちなみにその銃、『空想拳銃』って一部じゃ呼ばれているらしい。誰かが所謂スキルとか魔法とかで作った代物じゃあないかって冗談ながらに言われてるのよ。創作物上でしかありえない特徴してるからね」
――まじか
――特徴?
――そのひと何者?
――はやくおしえろ
『よし。説明しよう』と言って彼は三つの特徴を上げた。
「で、特徴なんだけど。一つ目にその銃はどの国のメーカーでも作ったことがないの。形状は所謂カードリッジ式で中に八発の銃弾が込められて殺傷能力が十分にある。ちなみに銃弾は9mmパラベラム弾に近い形状をしてると」
ジョイホッパーは右手でVサインを立てて二つ目の特徴を説明する。
「んで二つ目にその銃弾は薬莢がついたまま発砲されるんだ。本来の銃弾ってさ、薬莢が取れて先端部分のみがまっすぐに進む仕様になっているのだがこの銃弾は薬莢がついたまま弾丸が飛ぶんだって」
そして人差し指、中指、薬指を立てて三つ目の特徴について彼は語る。
「三つ目に消音機能。サイレンサーっていうのかな?特定の手順で銃をいじると完全消音で銃弾で飛ばせるんだってさ。確か銃のスライドを二秒以内に三回引くとかでそうなるとか。これは自信ないって言ってたけどね」
こうした特徴から誰かの空想上の拳銃のようであることから空想拳銃と呼ばれるようになったと彼は語った。
――三つ目とか科学的に無理じゃね?
――化学ってか物理じゃね?
――そもそもやっきょうってなにさ?
――塚何でそんなに詳しいの?ソースは?
「ソース?ああ、これね……なんとバイト先のおばちゃんからなんだわ。面白くってついメモ取っちゃって紹介してみようかなって思ってね~」
ジョイホッパーはメモ帳を見せるように取り出す。コメントの流れが遅くなった。そして勢いが増して戻る。
――え?
――うそでしょ
――デマ臭くない?本物っぽいけど脚色ある感じがする
――はいおしまい
「いやいや実はさ……拳銃が使われた事件を三つも教えてもらったのよ。空想拳銃が使われた事件をね」
――それが証拠?
――ソースたりうるのか?
――いいからはよ
「この後に三つの事件があったの。一つ目にDVのあった家庭。二つ目にブラック企業のオフィス。三つ目にどこかのカルト宗教団体。ここで事件は起こったのさ。いずれも現場で薬莢付き拳銃があったのが確認されてね。一つ目は家内での発砲で二つ目はオフィスでの発砲。三つ目に関しては団体の本拠地らしくて生贄になりかけた動物達がいたからちょっと話題になったんだけど知らない?」
――報復が狙いか?
――でも復讐にしてはおかしくないか?俺なら普通に呼び出した銃で射殺だわ
「うん。確かに。だから推測があってさ。この事件には二つの線があるんだ。それは――」
「さて。これが一週間前に君がやった生放送だね?」
「……はい」
ノートパソコンのディスプレイには元気に話をする『ジョイホッパー』が映っていた。
生放送から二日後。放送主の『ジョイホッパー』こと坂上啓二は重苦しい雰囲気の中にいた。うす暗い取調室の中心に設置された椅子に縮こまるようにして座り込んでいた。
その正面には生放送で見せたメモ帳が置かれたテーブルを挟んでスーツを着た渋い顔をした刑事がテーブルに置かれていたパソコンを操作して彼と画面の中の彼を交互に見ていた。刑事は短い黒髪に黒のスーツを着てパソコンの中で坂上啓二が放送していたライブチャットをじっくりと見ていた。放送はその場の重い雰囲気はどこ吹く風のように流れていた。
坂上にとって予想以上に重い空気で圧迫されたまま彼は刑事の問いに淡々としてそれで恐る恐る答えていた。
「急に呼び出して済まないね。別に君を逮捕しようとかしているわけじゃないよ。ここでないと聞けないと思ってね」
「は、はぁ……」
時計は午前十時を指そうとしていた。
委縮する彼の前で真剣な眼差しでパソコンの画面の中のと坂上と目の前の坂上を交互に見つつ刑事は目の前の坂上に視線を向ける。
「まずこの生放送で話した渋谷銃雨事件の事だが……これは全部君が聞いた情報なのか?それとも自作自演か?」
「えっと……聞いた情報です」
「そうか。それはこの生放送中に話していた『バイト先のおばちゃん』からかな?」
「……はい。そうです」
「彼女の居場所、あるいは行先に検討はあるかな?」
「あ……ありません」
慣れぬ雰囲気の中ではあったが坂上は刑事の質問に淡々と答えていく。また『そうか』と言って刑事は落胆してため息を吐く。
「渋谷銃雨事件の話をしてた俺を逮捕するんじゃないですか?」
「いや、それなら逮捕状もって君の家に突撃してるさ。心配しなくていい」
刑事はそういうとノートパソコンの画面を切り替えつつ、坂上に話をする。先ほどよりも眼差しを鋭くして。
刑事は席を立つと取調室のドアを開けた。
「聞きたいことはこれで終わりだ。色々と情報提供ありがとう」
「え……あ、えっと帰っていいんですか?」
「いいぜ。もしかしたらまた呼ぶかもしれんが」
先ほどの怪訝な顔つきから打って変わってにこやかに刑事は対応する。だが――
「ああ、そうだ。今日の話と銃撃事件の事だが……他言無用でお願いしたい。頼めるよな?」
突如として刑事はきっとした視線で射殺すような視線で坂上を睨んだ。
「は、はい!!」
「よろしい。それじゃ」
すぐさま刑事は睨んだ表情を切り替え、笑みを浮かべて見せた。
「あの……これって俺、殺されたりしませんよね?」
「大丈夫だ。犯人が想定通りなら君を殺すとは思えない。それにまだ犯人……というか犯罪が起きるとは思ってないさ。普段通りに生活していれば大丈夫だ。もし不審なことが身の回りで起きたら連絡してほしい」
「わかりました」
坂上は刑事に挨拶をする。
「あ、そういえば……」
「どうした?」
「あの、さっき言いそびれたんですけど。三日月がきれいで写真撮ったってところなんですが――」
「ああそれか。大丈夫だ。後でこっちで確認する」
「すみません。それじゃあ失礼します」
彼は改めて刑事に挨拶をして取調室を出て署を後にした。刑事はそれを見送る。
しばらくしてから彼は署内のオフィスでコーヒー缶を片手に一息ついていた。そこに一人の男がやってくる。
「お疲れ様です。右島さん。何か聞けたんですか?」
「ああ。あの事件に近づけるかもしれん。お前はさっき言った人物の住所を調べてくれ。そしたら車で向かうぞ。急げ」
先ほどまで取り調べをしていた刑事、右島藤次。今年で五十を過ぎた捜査一課のベテランの一人。『わかりました』と答えると男は先にその場を後にした。右島と組んでいるもう一人の刑事、佐藤洋一。右島と同じく捜査一課に属している若手の刑事だ。
(それにしても随分とあっさりと……いやそうでもないか?)
右島は手に持った缶コーヒーを揺らしながら先ほどの事情聴取で得た情報を思い返す。
そして一人でコーヒーを飲みながら先ほどの事情聴取の資料を纏め始める。坂上からの情報というよりは殆どが坂上が話を聞いていたある人物の内容を細かく持ってきた資料と照らし合わせる。
「あれから十七年か。随分経ったもんだ」
「右島さん。何か引っかかる事でも?」
「ん?ああ。佐藤。この事件だが――」
「ええ。わかってます。混乱を避けるために関係者以外にこの『渋谷銃雨事件』について決して話すな。そうですよね?」
「オーケーだ。ちょっと場所を変える。上の階に空き部屋を用意してもらったから資料も揃えてお前に話しておきたい」
「わかりました」
一旦二人は場所を変えて警察署二階の空いてる部屋に向かう。
「ああ、繰り返しになるが……これから話す事件の事だ。他言無用だぞ?」
「はい!」
「よし……まずはこちらの情報から振り返ってみるか」
気合の入った返事を聞き、右島は嬉しそうにしながらも束ねられた坂上の取材の資料と十七年前の当時の資料をそれぞれテーブルの上に並べていく内にその表情は硬くなっていった。
「最初に話しておくが。実は俺、この事件を十七年前に担当してた一人なんだ。まだお前くらい若いころにな」
「え!?そうなんですか!?」
驚きの声を上げる佐藤の隣で資料を眺めながら右島は話を続ける。
「ああ。事件当時に警察に届いた脅迫状も見ていたさ。簡単な暗号が添えてあってな」
「脅迫状?」
「ああ。これだ――」
そう言うと右島は資料の束の中から一枚の紙を佐藤に差し出した。佐藤はそれに目を通す。写真の中にあった一枚の手紙には文章と中心に半円と三日月の間の黄色い月の写真が貼られていた。
――われらの月が示す齢より後、私は渋谷に銃の雨を降らせる。
――これを止めたくば次の七人の罪科を解き、世に公表すべし。
――なおこれを公表するのであれば渋谷に銃の雨を降らせる。
「これが……渋谷銃雨事件を起こした犯人からの脅迫状ですか?」
「ああ、そしてこれが二枚目だ」
資料をもう一枚右島は佐藤に渡す。構成は一枚目の脅迫状と同じだったが月の写真が違っていた。半円に近い形をしていた。
――われらの月が示す齢より後、私は東京に銃の雨を降らせる。
――これを止めたくば次の七人の罪科を解き、世に公表すべし。
――なおこれを公表するのであれば東京に銃の雨を降らせる。
「えっと…………政治家七人に対する調査をしないと銃の雨を降らせるってのはわかったんです。それでこの写真の月は一体?」
「前半の文章にあったろ?月の齢。いわば月齢さ。つまりその写真の月齢が四ならば四日後に銃の雨を降らせるということさ。一枚目がそうだ。で、二枚目は月齢が十だったから十日後。それまでに要求を飲まなければ――」
「銃の雨を降らせるということですか。でもこの写真だけで正確にわかるんですか?」
「その写真なんだがその年に使われていたカレンダーの写真だった。たまたま警察で使っていたからすぐにわかったんだが……。なんでそれを使ったのかはよくわからんが目的だけならわかる。恐らく同一人物であると示すためだろうな」
「それでも銃の雨を降らせるってのがどうにも。何かトリックを使ったんですよね?」
「ああ、俺もそう思いたいさ――」
右島は資料への目線を佐藤に向けた。
「だけどな。俺は見たんだよ確かに。スクランブル交差点の真上から……何もないはずのその頭上から文字通り銃の雨が降り注いだのを」
その言葉に、その目に曇りも淀みもなかった。
「……何かの見間違いじゃないんですよね?」
右島は首を縦に振った。佐藤はただそれだけの返答に困惑するしかなかった。
「結局俺たちは七人の指定された政治家たちに捜査を行った。人のよさそうな政治家も交じってたから内密に捜査に協力してほしいと頼んだら協力してもらった人もいた。七人中二人は好意的に捜査をした。シロだったさ。拒否した五人中二人はこっそり調べてここもシロ」
資料の一ページを指さして右島は佐藤にそれを注視させる。
「で、残る三人がクロだ。一人目はインサイダー取引してて二人目は外国への情報漏洩。三人目は裏社会と警察に癒着して薬物やら銃器の売買を斡旋して利益を儲けてた」
「全員がクロじゃないんですか?」
「ああ。理由は不明だがあるとしたら嫌がらせだろう。拒否してシロだった政治家二名には今も恨まれてるしな」
「嫌がらせって?」
「警察への恨み……例えば過去に何らかの事件でまともな捜査をしてもらえなかったとかな」
『なるほど』と佐藤が呟く。
「『空想拳銃』がもし本当に今一度ばら撒かれるとするなら……坂上の生放送がトリガーになって犯人は今一度銃の雨を何処かに降らせるかもしれないんだ。しかも坂上が撮影した月の年齢。月齢に直すなら。よって二日後の今日だ」
「今日!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!いくら何でも支離滅裂です!」
右島の話を聞いた佐藤が彼の犯行への懸念にパニックになる。
「何故だ?」
「脅迫状じゃなくて個人の生放送での遠回しの犯罪予告でしょ?!それがどうして犯罪を起こすって決めつけるんですか!?正確性も何もないのに!」
「ああ、俺も馬鹿げてるとは思う。起きる可能性であっても多分その確率は五割切ってる」
佐藤の意見に対し右島は同意しつつも話をする。
「だけど、もしあの事件の真相に近づけるのなら俺は坂上に情報を提供した女性を追ってみようとは思う。第一におかしいと思わないか?」
「何がです?」
「いいか?坂上が話していた内容は全部正解で嘘はないんだ。それを話した女性は何でそんなことをしたんだろうな?」
「それが何を……あっ!?」
「気づいたようだな。犯人しか知ってない情報を持ってるって事実に」
「……もし仮に事件を起こすというのならあまり時間はないんじゃ?」
「ああ。だから動かせるメンバーを水面下で動かして慎重に早急に動いてる。何分国が情報を規制した事件だ。気をつけろよ?」
自然に右島は資料を持っていたその手に力を込めていた。胸騒ぎを感じてはいたがそれで何かができるわけではなかった。
「そういえば『空想拳銃』って実物ないんですか?」
「ああ。犯人の要求を呑んで政治家の悪を暴いて報道された次の日、空想拳銃はすべて消えたよ」
「え!?どういうことなんです?」
「……文字通りさ。俺たちの目の前で保管してあった空想拳銃の一つが消えて見せたんだよ。互いに顔を見合わせたよ。当時嫌いだった刑事ともな」
「じゃあ……それってもしや?」
「ああ、脅迫してきたヤツの目的は達成したんだろう。生み出すだけじゃなくて消せるとは恐れ入ったが……」
「でも、目的を達成して十七年経ったにも関わらず何かが起きようとしている。そうなんですよね?」
「ああ。あくまでも予想ではあるが。他の連中の調査終わるまでにできるだけ資料読んでおけ」
「了解です」
佐藤は渡された資料の海に飛び込んだ。右島も記憶にズレがないかを確認するために佐藤に続く。
しばらくして昼を経て連絡を待っている中で事件の真相に近づけそうなものはないかと調べていた右島と佐藤は準備を終えると車に乗り込む。
ある人物についてわかったからである。重要参考人とも呼べるべき人物が。
「調査資料はさっき渡した。行先はわかってるな?」
「はい。さっき話していた坂上って男が言ってた女性の住んでるアパートですよね?」
「正解だ。俺たちがそのアパートに近いから俺たちはそこへ。調査している連中は足取りを引き続き追ってる。」
佐藤は資料を手に取って対象の名前と住所を今一度確認する。
「……瀧下公子。年齢は今年で五十六歳で銃雨事件のあった年に一人だった息子を亡くしていますね。昔は雑誌の編集者をやっていて今はフリーター。どうやら坂上が務めていたバイト先で一昨日までいたそうですが日雇いのためその日以降は来てないとか」
「ソイツが銃の雨を降らせた犯人って事になるな。早合点かもしれんが」
助手席で今までに取り纏めた資料を眺めながら右島は呟く。佐藤はその呟きに怪訝そうな顔を浮かべて反応する。
「でも本当なんですか?証拠も何もないのに……誰かから聞いた情報を流してるって線もあるんじゃ?」
「だから確かめに行くんだろ。それに証拠はまだいい。ただちょっと聞きに行くだけだ。誰から聞いたのかとかな。俺たちは普通に事件を調査している刑事として接触すればいい」
『了解です』と佐藤は答える。右島はスマートフォンを取り出すとそれを車内に設置されたスタンドに設置して坂上啓二の生放送を再生した。
「それにしてもよくこの生放送の情報拾えましたね」
「ああ、俺の親父からのタレコミだ」
「み、右島さんのお父さんからだったんですか?」
「ああ。『新なんぶ』というハンドルネームでこの生放送に来場してたんだと」
「新なんぶ?変わったハンドルネームですね」
「まったくだ」
坂上は身に着けた拳銃にそっと手を当てる。
「定年迎えてからはネットサーフィンばっかだったがこうした情報とかも拾ってくることがあってな。SNSにも情報網張ってるとか言ってたな。七十超えてるのによくやるわ」
「お年のはずなのに凄いですね」
車が左折する時、『そういえば』と右島が声を漏らす。
「あの時はまだ現役だった父とコンビ組んでてな。刑事親子なんて茶化されてた時もあったよ。だからこの事件に関してはある程度知ってることがあるのさ。担当者としてな」
「それじゃあ親父さんも当時の状況とかを一番知っているってことになりますよね?」
「ああ。だから厳重に保管されている資料も俺の権限……でいいのか?関係者って事で見れる。親父もな。その内容をほとんど覚えていた」
昔を思い出しながら右島は当時の状況を佐藤に話す。
「あの事件のあった後、警察はネット上に情報がばらまかれるだろうと予測し、こちらからデマを撒くことにしたのさ。出来るだけ嘘と本当を交えてな」
「え?警察がデマをばら撒いたんですか!?」
大声を佐藤は出した。正義であるはずの存在がそんなことをするのかと驚愕していた。
「ああ。触ったら死ぬとかそんな簡単に見抜ける嘘やその拳銃は海外の特殊部隊が製造した拳銃といった……まあ色々とな」
「な、何でそんなことを?」
驚愕の表情を浮かべながらも佐藤は淡々と話す右島の話を聞き続ける。
「二十世紀ならばまだそんなにインターネットもブログも普及していなかった。だが事件のあった二〇〇七年はインターネットが盛んになっていた。情報規制が難しくなっていたのさ。警察はきっとネットから情報が漏れだすだろうと推察し防げないものと断定。そこで情報規制に加えてデマを撒くことにしたのさ。事件の恐ろしさといい何かと危険と判断したのか後の世の中に対してうやむやにするためにな」
「それでデマを流したんですか?」
『ああ』と返事をし、右島は首を縦に振る。
当時の出来事に驚く佐藤であったが運転している車は特にペースを変えることなく目的地である瀧下公子の住むアパートに向かおうとしている。
「でもそれなら先にその話してたバイト先のおばちゃん……つまりは瀧下公子に事情聴取すればいいんじゃないんですか?」
「絶対にそうだって確信が持てなかったからな。それにな、瀧下はこの空想拳銃の詳細を知っているんだ。そうなると犯人か当時の警察関係者かの二択に絞られる。警察関係者という線は情報漏洩に繋がるからないとしたら残っているのは犯人という可能性だ」
「奇跡的に内容が全部当たっていたというのは?」
「……これらを見た感じないな。動機としても成り立ってるしな」
「動機?」
助手席で右島は纏めていた資料を眺めながら答える。目を凝らしてその資料の内容を彼は口にし始める。
「ああ、この亡くなった息子さん……どうやらいじめが原因らしい」
瀧下公子に関する調査の内容を右島が読みあげていく中で二人の顔は歪む。
「調べたところ、いじめの主犯はさっきも話した当時の大物政治家、丸神三ケ野の息子で名前は丸神虎秋。さっき言ってた裏社会の連中と警察上層部と癒着していたやつだな。当時、息子共々あまり良くない噂が目立っていた親子でな。銃雨事件の犯人が指定した調査対象だった。丸上は金を巡らせてあくどいことやって警察のお偉方と癒着するわヤバイ連中と繋がってるわで……息子の虎秋はさっき話したいじめの主犯格でそれ以外にも学校で問題を起こしていた。おまけに犯罪まがいどころか普通に犯罪行為もやっててな。何かあっても父が癒着していた警察によってもみ消される」
「絵に描いた悪徳政治家ですね。息子さんに関してもひどすぎる」
「だが渋谷銃雨事件の後に警察は癒着していた彼らを切った。次の銃雨事件から守るために……全く癒着する前に切れって話だよ」
「そもそも癒着しないで欲しいです」
大きくため息を吐く佐藤の隣で『確かに』と言って右島は束になった資料のページを捲る。
「息子の虎秋にも当然流れ弾が飛んできた。進学予定だった高校に行けなかった。毎日取材の嵐でストレスで体調崩したとしてしばらくは世間から身を潜めたそうだ」
「そこまでやったのなら復讐は終わってるのでは?」
「ああ、いじめグループの連中の大半はその事件に巻き添え喰らったのかろくな目に合ってない。家庭崩壊したってのもいれば自殺したってのもいる。大方とばっちりってやつだな」
「……これが母の恨みという奴ですか」
「ああ。ちげぇねぇ」
銃の雨が降らした後の軌跡に二人はただ気が滅入るばかりだった。車はやがて市内の外れのほうにあるアパートの駐車場近くに止まる。
「ここか。拳銃持ってるよな?」
「はい。大丈夫です」
佐藤は自分に配備された拳銃をホルスターにしまっていることを確認し、慎重に車から降りる。
「相手はかなり危険な奴と思え。警察何年もやってるが超能力者とかなんざ相手した試しはねえぞ?」
佐藤に続いて右島も拳銃の有無を改めて確認すると続けて降りた。
アパートは二階建てで築四十年以上経過したその建物は年季が入っていた。黄ばんだコンクリートの外壁にさび付いた階段。洗濯機が外に置かれており、今は稼働していなかった。
「右島さん。ここです。この部屋です」
二人はアパートの一室のドアの前にいた。『一〇三』と書かれたプレートが張り付けられた扉の前に二人が立つ。佐藤に指示を出すと右島はインターホンを鳴らし、佐藤は反対側にあるベランダの方へと向かう。万が一逃げられてもいいようにと最善の策を張ったつもりだった。
「瀧下さん?瀧下さーん?いますかー?」
インターホンを鳴らし、ドアを叩くも不在であった。
「……居留守か?」
しかし部屋からは人の気配はしない。右島はそれを長年の経験から感じ取っていた。
(どうなってる?まさか――)
周囲を見渡す。玄関ドアの左隣には蓋の閉じた白の屋外洗濯機が一つ。使いこまれた様子が伺えることからここに住み始めたのはつい最近ではないと右島は推測する。
「あんた、何してんだ?」
「ん?」
後ろから声がした。白い顎髭を蓄えたクタクタのTシャツを着た老人がそこにいた。
「あなたはこのアパートの住人ですか?」
「ああ、そうじゃが……お前さんは?」
「自分はこういうものでして――」
右島は老人に警察手帳を見せる。それを見ると老人は『おー』と納得する。
「なるほどなるほど。で、何用で?」
「ここに住んでいる瀧下公子さんという人物にお話を聞きたいのですが……何かご存知でしょうか?」
右島は腰を低くして老人に瀧下公子について伺う。
「ああ……確か昨日は帰っていなかった、ような?」
「ふむ。それでどんな人ですか?」
「うーむ……言ってしまえば優しい人かな?」
「なるほど。差し入れとかを貰ったりしてました?」
「いや。そういうことはなかったな。わしみたいな汚い老人を見ても特に色眼鏡をかけるような視線も態度もしとらんかったからな」
「そういうことですか。それで……彼女の足取りに何か心当たりは?」
「うーむ……。あ、でも昨日……というか一昨日帰ってたかのう?ドアを開ける音がしなかったような気がしてな。年寄りの気のせいだと思うんじゃがなあ」
老人は瀧下の住んでいる玄関のドアに視線を向ける。
「わかりました。ありがとうございます。もし何かございましたら近くの警察に……刑事の右島さんに話があると言っていただければ助かります」
「ああ。わかった」
老人は笑顔で返事をし、じゃあのと言って瀧下の右隣の部屋に入っていった。入れ替わるようなタイミングで佐藤が戻ってくる。
「駄目ですね。人の気配が全くないというか……物干し竿とかにも何もないですし窓から見える内にも灯りがついてないです」
「そうか。となると……連絡待ちか?」
「連絡?」
「ああ。動けるメンバーで瀧下の所在を追ってるのさ。当時の銃雨事件に関わっていた人員プラス数名でな」
ポケットからスマートフォンを佐藤に見せるようにして取り出す。
「てことはじゃあ結構多いんじゃ?」
「銃雨事件の後に何人か辞めちまってるよ。十七年も前だし定年とかでな。それにこの件は警察としては秘密にしておきたいのさ。パニックになりかねないからな。それでも一つの事件に携われる人員の平均からしたら少ない方だが」
「じゃあ何か動きがあれば……」
「ああ。連絡が来るはずだ。一度署に戻る――」
右島が戻ろうと言いかけたその時、スマートフォンに着信が届く。着信先を見て右島は目を細める。
「右島さん。もしかして?」
「ああ、違いない」
電話の着信に対応する。その時の右島には汗が流れていた。
「もしもし。どうだ…………なんだと?!」
右島驚愕の声を上げた時、佐藤はすぐに車に向かっていた。右島の荒げた声を聴き、エンジンを掛けてすぐに動けるようにと準備をしていた。
「場所は何処です!?」
「ああ、今から言うホテルに向かってくれ!」
「ホ、ホテルですか?!」
「急げ!!」
右島も佐藤に続いて車に勢いよく乗り込む。
「今ならまだ間に合うかもしれん!!」
二人を乗せた車はある場所へと向かってエンジンを大きく吹かせて走り出した。
「うん。確かに。だから推測があってさ。この事件には二つの線があるんだ。それはね、一つ目に脅し。二つ目に復讐の機会を不特定多数に賜わろうとしたんだよ」
――なんでそんなことするの?
――どっちだよ
『ジョイホッパー』こと坂上啓二が自身の生放送で渋谷銃雨事件の話をしていた。彼は慣れた手取りで話を進めていた。渋谷銃雨事件のあらましから推測に至るまで。最も大体は情報提供者からの話をそのまま公に話しているだけなのだが。
「で、これについてだけどさ。提供者のおばちゃん……まあAさんとしておこうか。Aさんはこれを脅しとみているらしいんだ。誰にって?恐らくは政府の関係者。理由は自分の力の誇示のためさ。容疑者A……ああこれだとAさんとかぶってややこしいから容疑者で……Yでいいか」
――そうして
――続きは?
――随分踏み込むね今回
「そう?普段は世間の流行りものとか料理とかだから割と新鮮というのかな?でもこの話の推測っての?凄く面白くて俺聞き入っちゃってさ~。休憩時間オーバーして怒られるくらいにはね」
――さぼりはだめだよ
「ハイソウデスネ。で、続き。容疑者Yの狙いはその力を見せつけることでとある政治家の闇を暴露しようとしていた。その闇って何かって?例えば違法な献金とか薬物とかやばい連中との繋がりって言ってたね」
――それとこれがどう繋がるの?
「例えばだけどね。俺が容疑者Yとするじゃん?そしたらそれでまず警察をこう脅すんだよ。もしお前が悪事を働く政治家達を調べないというなら渋谷に銃の雨を降らせるぞってな。しかし警察はそんなことできるわけないとこれを無視。そして事件は起こった……ってことよ!!」
――なるほど
――それなら合点はいくわな
――で、その政治家って誰?
「それがね……なんとその年に悪事がばれたのが三人もいたんですよ!!もちろん銃雨事件のあとでね」
決めたドヤ顔にコメントの波は荒くなった。
――三人も出たのか
――それじゃあ脅迫説成り立たなくね
――三人しか出なかったってことなのかね
コメント群の疑問に彼は返答する。
「Yはそうしたんだよ。真の復讐者相手がその中にいて復讐は成り立ったと。そして本当の復讐者が誰かがわからないようにしてね。汚職がばれることで対象の生活やら環境っていうの?それを壊したくてそうした。これが動機さ。本当に政治家への復讐が動機かって思うけど実際にその後、渋谷銃雨事件のような事件は日本どころか世界中で確認もないっていうからね。ちなみに海外で銃雨事件について尋ねると日本人がまた漫画かアニメの話してるって返されるのが定番らしいぞ?」
話を終えて彼はまたボトルのお茶に手を伸ばす。
そこに新なんぶからのコメントが届く。
――で、結局銃の雨を降らせた奴は何されてそんなことしたの?
「それな。銃をばらまくとか自分が殺されるケースも十二分にあり得るよな?でも犯人が銃を呼び出すだけじゃなくて消せるとしたら問題ないよな?警察は銃は全部処分したって言っててさ。一丁も残っていないんだと」
――ええ?
――警察なにしてんの
――ふつう残すんじゃない?一丁くらい
「なんでも危険物質があったとかどうとかで。それで全部ポイしたとか」
うんうんと頷きながらジョイホッパーは賛同する。
「そういえば銃の雨ってまた降るのかなって提供者に聞いたんですよ。そしたらこう言ったんだ」
――そうねえ。復讐の動機でもあればそうすんじゃない?実はズタズタにしたはずがまだけろっとしていたりとかで
「皆はどう思う?」
ジョイホッパーは困った顔をした。
――知らんがな
「ですよねー。これが本当なら特ダネだろうけど……仮説臭いんだよなあ。つか何で俺こんな話してんだろ……」
――慣れないことするから
――本物っぽいけど嘘かもしれんよ
――でも面白かったよ
「あはは。そういってくれると嬉しいよ」
「右島さん。それ……」
「ああ、坂上の例の放送だ。手がかりがないか探してるんだが……」
スマートフォンの画面の中の坂上がやった生放送を見返す右島。本来なら動く車内で動画を見るというのは酔いの原因なのだが今の彼にはその気配は全くなかった。
二人は今、丸神虎秋の結婚式の会場へと向かっていた。会場はホテルの近くに建てられた教会でほぼ全面貸し切りであると情報が入った。
「うーん……何度か確認しているがやはり真相しか言ってない。最初にこれを見た時、俺も親父も変だと首を曲げたんだよ。もしかしたら新たな犯罪予告かもしれないと思った。やはり途中で言ってた新しい復讐の為に十七年前に終わったはずの復讐の続きをやる気なんだろう」
走る車の中で当時の資料を見ていた時、右島は『そういえば』と声を漏らす。
「事件があったあの日前後も結構ドタバタしてたなそういや」
「ばら撒かれた銃が原因ですか?」
「ああ。坂上が言っていたDVのあった夫婦。ブラック企業に邪教同然のカルト宗教でな。だがそれだけじゃない。資料には掲載してなかったが都内にいたチーマー集団や反社会組織でどうやら抗争らしきものがあったらしい」
「抗争らしきもの?」
「ああ。丸神が逮捕された後だったか?奇妙な話だがろくに争った形跡がないのに銃殺された死者が出たんだよ。……多分銃雨事件の元凶の仕業だ」
「なんでそれ表沙汰になってないんです?」
「丸神以外のパイプが繋がっていたやつらの仕業だろ。丸神は裏社会の連中とつるんでやっていたあくどい事の中には違法な臓器売買の元締めもしてたらしく仲介料とかで利益を得ていた。死体からはぎ取って焼やすとか溶かすとかすればばれないだろ?多分金を優先してそうしたんだろ。当時は気付かなかったが何かあって元凶は奴らを殺した。そしてその死体は丸神や裏社会関係者の懐を温めるために利用された」
「そんなことが……」
「ああ。今更ながら思い出したよ。これがちゃんと繋がってるかどうかは知らないが……瀧下に聞いてみる価値はある。犯人であればな。手がかりは現状これしかない。とにかく急げ!」
車は高速道路に乗り、目的地の式場へと向かおうとしていた。
「頼むから間に合ってくれ……!」
「……これは!?」
右島と佐藤は目の前にできた地獄にただ言葉を失った。
ホテルに併設されていた式場から勢いよく炎が燃え盛っていた。周囲に飾られていた花は無数の炎によって侵食され、黒き煙を空に轟かせて地獄を作っていた。その周囲にはパトカーと救急車と消防車の群れ。警官と救急隊が必死に内部の状況を確かめようとしていた。
「生存者は!?」
右島は車から勢いよく飛び出し、近くにいた警官に手帳を見せながら問いかける。
「すみません我々も駆けつけた時にはもうほとんど死んでいるとの事で――」
「何だと!?」
そして事の始終を現場の警官より聞かされた。
式の始まったタイミングで式場内はあまり外からは見えなかった。ホテルから少し離れたところにあってか異変に誰も気づけずにいたのだろう。
しばらくして火災が発生。火の勢いからしてガソリンなどの油が撒かれたと推測されている。
「式場の連中だが殆ど死んでる事のことです!」
別の警官が式場側から走ってきた。式場から運び出された遺体の群れは右島のいた場所から少し離れた場所でブルーシートで覆われて不気味に規則正しく並んでいた。
――ここまでする必要があったのか。瀧下公子
それを目にした右島はその結末に震える。
(……なんでだ。瀧下はなぜ。なんで――)
「右島さん!瀧下公子はこことは違うホテルに泊まっているって連絡が!そこにいるって!」
「何!?本当か佐藤!」
スマートフォン片手に駆けつけた佐藤が右島に告げる。
「はい!!今ならまだ間に合うかもしれません!!」
「よし。俺たちはそっちへ行くぞ!すまんがここは任せる」
「了解!」
近くの警官に挨拶をして彼らはもう一つのホテルへと車で急いだ。
「あれどうなってんですか?式場、生存者がいないって――」
「ああ、多分空想拳銃だ。いやあの炎はそれだけじゃない。ガソリンか何か持ち込みやがったな」
助手席でこぶしを握り締めて右島は顔をしかめる。
「入念な計画で……式場の連中を皆殺しにしたんだ。間違いない。十七年前の復讐の続きだ。こいつは!」
「見えてきました!」
市内のビル群の一つに合ったそのホテルに彼らは駆け込む。
「佐藤、何階だ!?」
「七階です!!」
車からホテルへ勢いよく走ってはエレベーターに飛び込んで右島と佐藤は拳銃を手に取った。
「空想拳銃がどんな武器か知らんが……ここで止めるぞ」
「はい!」
エレベーターが七階で止まり、扉が開く。二人がエレベーターの外に出たまさにその時。静寂の空間をある音が切り裂く。
「……今のは!?」
「銃声だと!?」
空間に響いた銃声に二人は顔を合わせる。そして目的地の部屋へとその間二人は静寂に襲われ、心音は高鳴らされたままになって息が詰まりそうになる。
「……ここだな」
「……はい」
静寂の中でドアを開ける。先に右島が勢いよく飛び込んだ。
「動くな!!」
カーテンで日光を塞がれた暗い室内。こちらを背にして設置された椅子に誰かが座っていた。ぐったりとしていた。不自然に。
「な……!?」
佐藤は気づいた。
「……畜生」
右島はそれを見て舌を打つ。佐藤は部屋の灯りを付けた。部屋の辺りには血しぶきが飛び交っていた。椅子の死体はこめかみが撃ち抜かれていた。
泊まりに来ていた瀧下公子がそこで拳銃自殺を図ったのは明白であった。
「何も……間に合わなかったか」
瀧下公子の死体は背もたれのついた椅子に項垂れていた。右手は拳銃を握っていたような形をしており、そこに何かがあったと推測できる。
「右島さん、これ」
「何だ?」
佐藤はテーブルの上にあった封筒を発見する。右島は手袋を付け、それを受け取る。
「これは……遺書か?」
二人は顔を見合わせて封筒を開ける。丁寧に折りたたまれた数枚の紙を開き、二人はそれを読み始めた。瀧下公子の人生最後のメッセージを。
私は夢を追う人間でありました。いつか来るであろう宇宙人と出会う夢。まだ見ぬ存在をこの手につかもうとする夢が。そうした夢を子供の時から抱え、形だけ大人になっていました。職場をそうした世界にして日々取材と編集に明け暮れる日々を送っていました。
ある時、私に子供が出来ました。その子は私にとってかけがえのない存在で生まれた時からずっと私は傍らで微笑むその子と一緒に生きていました。子供の父は早くにこの世を去り、私はシングルマザーとして彼の隣にいました。大変な日々の中で私は大きくなっていく彼を見て喜びを得て、そして夢を追う仲間たちと共に過ごす職場での日々を過ごしていました。家には成長するわが子。外には夢を追う仲間たち。私の人生はとてもとても充実していました。あの日までは。
息子のいた中学校に悪魔がいました。彼は私を嘘吐きの女と呼び、息子を噓吐きの子として心無い言葉を浴びせていました。それだけならまだ耐えられました。息子が時折私に言っていた言葉があります。
――お母さんはいつになったら宇宙人や超存在を見つけられるの?
その時は私はそれを見つけられれば息子のいじめを止められると思い、躍起になって探していました。
だけど、間に合いませんでした。息子は彼らに殺されたのです。
息子の死を聞き、駆けつけた病院の霊安室。その中で体中に痣が出来ていた息子を見た時に私は大きな声で泣き叫びました。どうして、どうしてと。
警察はこれを自殺としました。実際にビルから飛び降りたのを見たという人がおり、間違いはないと言っていました。しかし実際には飛び降りさせたといっても過言ではなかったのです。
主犯格の学生の父親は政治家で警察どころか裏社会と繋がっていた危険な存在でした。そのせいか誰も彼には逆らえず耐えかねた息子はついに飛び降りた。掛け替えのない存在を亡くした私は彼らの恨みを募らせました。
しかし彼らの嫌がらせはこれだけに留まりませんでした。私の職場だったビルに火を付け、さらには仲間達に危害を加えたのです。政治家親子の嫌がらせで私の人生はズタボロにされ、息子に至っては死んでしまった。私は何もできず無力のまま、家で一人泣き叫んでいました。そんな時でした。あの力が宿ったのは。
その日の事はよく覚えています。泣き叫んでいた時に強烈な吐き気に襲われて胃の中身を吐き出し、それが終わったと思えば今度は頭痛に苛まれる。死んでしまうのかと思ったその時、部屋には無数の拳銃が散乱しておりました。幻覚かと思い、その内の一つを手に取るとそれが何なのかを瞬時に理解していました。私が作り出した銃である事。その銃の力、痕跡がわかること。銃の管理というべきでしょうか。全てを理解した時に私は復讐の機会を宇宙人や何かが賜ったのだと思い、計画を練りました。後に『渋谷銃雨事件』と呼ばれるそれを計画の一部に入れて。
警察には二度、脅迫状を送りました。一回目は月齢を使った暗号を添えてその数字が示す期限までにこちらの要求を飲まなければ渋谷に銃の雨を降らすと。勿論これは無視されるだろうと思い、私は予定通りに渋谷に銃の雨を、大量の拳銃を散らばらせました。警察もこれは危険と判断したのか報道規制を行いました。
二回目は同じように暗号を添えて今度は渋谷だけじゃなく都内全土に同じ雨を降らせると書き、再度要求を突きつけました。さすがに首都全体に銃の雨を降らせればと思い、それのために期限を一回目よりも長くする。まるで時間が掛かるかのようにして、それで本当にやる気なんだと思わせる。私はそうすることで憎き政治家親子の悪を暴き、彼らの人生を滅茶苦茶にしようとただ動いていました。
彼らも躍起になったのか何故か私を探していました。恐らく息子の敵として丸神虎秋の父を狙ったと仮定し、その上で私を始末しようと動いていたのかもしれませんが真意は不明です。それでも、追われる過程で私は彼らをこの力で、銃によって返り討ちにしたこともありました。
やがて警察は私の要求は飲まれたのか憎き政治家は逮捕。他の政治家たちも私を信じてくれなかった警察への不信感を抱き、世間に対する警察へのイメージを思い直す機会を与えられました。何より息子の敵である丸神虎秋は悪魔の子として後ろ指を指される人生を歩むようになり、私の復讐はここに完遂されたと感じ取っていました。
しかしあの日から十七年、私は信じられない事を知ったのです。本当に偶然でした。
息子を殺した丸神の息子が結婚式を開くと知ったのです。
何もかもを反省し、罪を償ったとしても私はその男を許す事が出来ませんでした。
式までの時間は既になく、結局私はあの時にこの銃で射殺しなかったことを悔やみました。
式に関する情報を集めきった後、私は復讐計画の段取りを決めていました。その時は皆殺しで良いと思っていたのですがそれでも迷いはありました。それはこんな事しても無駄なのではないかという考えでした。相手はもう三十を過ぎた。反省をしてこうした式を開き、次の世代へと自分の犯した罪と向き合いながら二度とあのような悲劇を起こさないと誓うのであれば私は復讐をしないと決めてはいました。だけど式の内容をSNSで確認し、彼のそれまでを振り返ってみると反省した気配は微塵もなく、むしろ悪化しているのではと思うようになりました。
だから私は判定の基準を変えることにしました。何故かはわかりません。犯人と警察しか知らないであろう渋谷銃雨事件の情報をネット上に流し、私の次の復讐が止まったのならそれで終わりにする。そう決めたのです。そして今日に至ります。
「あれ……右島さん。これって」
「ああ、三枚目は手書きみたいだな。でもなんで――」
手紙はそれまでパソコンを通して作成されていた。しかし三枚目に目を通した時、二人は疑問を浮かべる。三枚目は最初からペンによって手書きで描かれていた。全体の文字は走り書きでそれでも読めるほどに繊細であったが所々に力を込めて描いた跡があり、さらには点々としたシミがついてあった。それは彼女が泣いて、そして怒りを込めて書いたものだと理解した時、二人は言葉を失った。
結論から申し上げますと何も変わっていませんでした。殺しておくべきだと悔やみました。
ほぼ貸し切りの式場で連中は酒を飲んで馬鹿みたいに笑い、気味悪く大声で話をしては式場内を荒らすようにして騒いでいました。かと思えば見えぬ所で男女で目を背けたくなるような行為に走る者もいました。知っている顔がその中に、息子を地獄に追いやった者共がいると理解した時、悔しさは怒りに代わりました。式が始まり一同が集まったその時の新郎の丸神虎秋の話はかつて私が引き起こした渋谷銃雨事件から始まる一連の復讐劇でそれを彼はあたかもこういって見せたのです。
――あの日に俺はすべてを失った。何も悪くないのに。地位も名誉も無くしたんだ。それでも俺は努力してこうした式を開けたんだ。俺を追いやった奴らは悪者だ。俺は悪くないんだ。そうだろ?
その時の言葉を聞いた時に既に私は式場内の周囲に無数の拳銃を呼び起こし、照準を会場内の人間に合わせ、そして拳銃はけたたましく銃声を鳴り響かせました。心の奥底から噴き出た憎悪が形になり、命を奪う刃となって周囲にむき出しになったのは確かです。
来場した若者たちが脳天を撃ち抜かれて死体になり、そして一番苦しめて殺すと誓った男は銃弾によって両膝を貫かれ、悲鳴を上げて苦しんでいました。彼にとどめを刺そうとしたその時、ドレスを新婦が私と彼の間に入ってきました。私は『やめて!!』と泣いて叫びながら立ちふさがる彼女の眉間を躊躇なく打ち抜きました。ドレスを真っ赤に染まる彼女を視界に映した時、私は『彼女』ではなく『彼女たち』を撃ったのだと理解しました。その時、私はなんてことをしたのだろうと思いました。
それでもここで報復をなさなければ十七年前のあの日の復讐に意味はない。そう堪えながらも私は目の前の息子の敵を討ちました。
ここまでして何になるのか。目の前の死体の群れを眺めながらもそれでも未だに怒りに満ちた私は息子の敵をと怒りのままに周囲にガソリンを放ち、そして全てを焼き尽くしました。
ここまでの経緯を書いたのは私にもわかりません。全てを失ったあの日から今までの出来事を取り留めとなく書いてそれで息子が帰ってくるわけでもないのに。
私は何かを間違えたから息子を亡くしたのでしょうか?どうしてこんな目にあってこんなことをしなければならなかったのでしょうか?
誰か私に教えてください。私はどうすべきだったのでしょうか。私は間違っていたのでしょうか。
どうして息子を亡くさなければならなかったのでしょうか?
手紙はここで終わっていた。
「そうか……渋谷銃雨事件は……あの銃の雨はあんたの涙だったのか」
右島が遺書から瀧下の遺体に視線を移した時、彼はやりきれない表情を浮かばせていた。
「あ、ここですね」
瀧下公子の復讐劇から十数日が経過した日。二人は瀧下公子が住んでいた市内にある墓地に足を運んでいた。
あの復讐の日、佐藤の電話に瀧下公子の居場所を教えたのは2人が勤めている市内の警察署からだったのだがそれは更に元を辿ると瀧下本人だった。何故自らの居場所を教えたのかはわからない。右島はこれを恐らく自殺した後に自分が遺書を警察関係者に見せるためではと推測している。
「親族は既におらず、それでも犯罪者ではあるが……渋谷銃雨事件という国が秘密にしたがる事件の元凶である以上、下手に隠すわけにもいかなかったからな。ここに埋葬したか」
二人は市が管理している共同墓地の墓石の前に並んで立つ。右島の右手には花束が握られていた。彼はその手に合った花束を彼はそっと墓前に置いて両手を合わせる。しばらくして右島は墓に向けて喋りだす。
「……辛かったろうな。ここに埋葬されたのはある意味では奇跡かもしれないぞ?」
右島は振り向くと墓場の一角に視線を向けた。佐藤はその先にある墓に気づくとへと右島よりも先にその場所へと向かう。
「これってもしかして……」
「ああ」
瀧下家之墓。墓石にはそう書かれてあった。墓全体を見ると他の墓よりも綺麗になっていることに右島が気づく。
「復讐前に掃除していったのか……」
綺麗な墓の前には開けられたジュースの缶とお菓子が綺麗に並んでいた。
「あれ?復讐前に掃除したとしてもこれ綺麗すぎじゃないですか?」
「ああ。よっぽど日持ちしたんだろ。母の愛情とかって奴だろうな」
「そうですかね?」
「そういうもんさ」
二人は瀧下公子の息子の墓前に両手を合わせた。しばらくして合わせていた手を離して墓を見ていると『ちょっとすみません』と言って佐藤がその場を離れる。電話がかかってきたらしい。右島は一人で瀧下の息子の墓を見て語り掛けるように喋りだす。
「……俺にもな、妻と娘がいる。妻とはよくケンカするがそれでも俺にとって大事な人だ。娘は高校生になったばかりでろくに勉強もせずに遊んでばかりで俺を煙たがる。だけどもし二人に何かあったなら……俺はあんた以上の修羅になるかもしれない。いや、なるな。例えこの手に悪魔や宇宙人からの力がなくともな」
両手に力が入る。右島は確かにその時は瀧下公子の胸の内の憎悪を理解していた。
「安らかにな。二人とも――」
右島はそう言ってその場から立ち去っていった。
優しい風が二人に向けて吹いて、何処かへと去っていく。
渋谷銃雨事件。それは紛れもない復讐の為の刃である。そして一人の人間の涙が刃となって降り注いだ悲しき事件でもある。
※誤字脱字、気になる点がございましたら連絡していただけると助かります。
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