君は何の天才だ?
拓也が指さした先には、小学校から中学までずっと一緒のクラスだった、霧野睦美の姿があった。
「え、睦美? あいつが天才なのかよ?」
「学校中の女子がウワサしてるんだぜ、何の天才かまでは知らねーけどな」
女子との交友関係が広い拓也のことだから、それなりに信憑性はある情報だ。だとしても、控えめな女子という印象しかなかった睦美にそんな才能があるなんて、にわかには信じ難かった。
ある時、ほんの軽い気持ちで聞いてみた。
「ねえ、睦美さんって何かの天才なの?」
「ん、どうしたの急に? 天才って言われても、私はそんなんじゃないと思うけど」
はぐらかされて、会話はあっけなく終わった。
だけど僕はそれから、睦美の才能が何なのか、気になって仕方なくなってしまう。
縁があったのだろう。睦美とは、高校、大学、そして就職先までも、同じ進路を歩むことになった。
どこの場所でも、あの噂を聞いた。
「睦美ちゃんは天才だね、わたしには真似できないわ」
「情報科にいる霧野ってやつは、ガチ天才だよ」
「経理の霧野くんは、まさしく天才だねえ。助かるよ」
僕も、人生の節目節目で、睦美に質問を投げかける。
「もうすぐ卒業式だけどさ、睦美さんって何の天才なの?」
「これで付き合って3年になるんだけどさ、睦美の才能って何?」
「睦美、もうすぐ結婚式だからはっきりしておきたいんだけど、君は何の天才だ?」
しかし、帰ってくる返事は変わらなかった。
「またその話? だからさ、私にそんな才能は無いんだって」
結局、何の天才かわからないまま、僕たちは式を挙げることになった。
初夜のベッドルーム、睦美は仰向けになって、浅い呼吸を繰り返している。
「大丈夫? 水持ってこようか?」
「ううん、いいよ。すぐに落ち着くから」
互いに微笑みを交わし、見つめ合う。いい心地だ。ベッドごと浮いてしまいそうな幸福感が、部屋には満ちあふれている。
しかし、僕はこんな時でも考えてしまう、今なら聞き出せるかも、と。
「あのさ、睦美ってさ――」
「何の天才か、って? ふふふ、いつも言ってるじゃない、そんな才能は無いって」
先読みされてしまったせいか、僕はいつになくムキになった。
「おいおい、僕たちはもう夫婦なんだよ。いい加減教えてくれたっていいじゃないか。まったく、初夜の時ですら明かさないなんて、睦美は隠し事のて――」
口を衝いて出た言葉だった。
いつの間にか、唇は睦美の指で塞がれている。睦美は、妖しい目付きで笑っていた。
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