第5話 看破
説子視点。
年度が変わり、新しいクラスに慣れてきた頃。
今日も早めに登校した私は、進級したはずなのにクラスどころか席すら離れなかった姉妹が喋っているのを横目に、自分の席につこうとして。
ふわりと揺れるポニーテールが、ファンタジーでしかありえないグラデーションを描いていることに気づいて二度見した。
「あん、アンリーアさん、その髪……」
「あら」
私の反応に軽く目を瞠ったアンリーアさんは、しかし否定も誤魔化しもせず。
にっこりと微笑む瞳は、よく見ると一般的な薄い茶色ではなく、透き通ったオレンジに茶色の混ざる、これまた不思議な色味だった。
休日に染めたって説は……うん、ないよな。発色が自然すぎる。
というかゲーミングカラーアンリーアさんに気を取られてたけど、アティアもなんか……赤いな……?
いつからこんな……いや、思い返すと、今までまったく違和感を感じていなかっただけで、けっこう前からこの色だったような……。
「リア姉さん、面白がってないで説明してあげなよ」
「ふふ、そうね」
混乱する私はよほど変な顔をしていたのだろう、ニコニコするアンリーアさんの袖を引っ張って、アティアが説明を促してくれた。
……まあ、そのアティアも声が笑いに震えていたが。
「色が違ったのは魔法で偽装していたからで、魔法を使えるのは異世界人だからよ」
「シンプルすぎない?」
ああ、なるほど。
「納得するんだ……」
「何回かそれっぽいシーン目撃してるし、元々魔法使いか超能力者なんだろうなとは思ってた」
空中浮遊する野菜とか、アティアの指先に灯る炎とか、千年前の出来事をリアリティたっぷりに話すアンリーアさんとか、物理的におかしい収納術とか。
基本的に「あれ?」と思って瞬きすると消えていたし、二人も何も言わないから触れない方がいいと思ってスルーしていた数々の現象。
「いつの間に……」と呟くアティアにいくつか例をあげてやると、彼女は頭を抱えてしまった。
「もう少し正確に説明すると、私は記憶の神で、趣味で世界を渡り歩いているのだけど」
「タイム」
「あら?」
この人神様だったのか???
しかも異世界旅行が趣味って言わなかったか今。神様ってそんな気軽に世界を渡れるのか?
いやまあ有名な神話ならしょっちゅう物語で引用されるし、そういう意味では彼らも世界を渡り歩いていると言えなくもない……かもしれないが……
しばらく混乱したが、律儀に待ってくれていたアンリーアさんに「続きお願いします」とジェスチャーを送る。
「クーは旅の途中で出会った子なのよ。友人として交流するうち、いつか訪れる別れが怖くなった。可愛いこの子と、ずっと一緒にいたいと思うようになったの。……だから儀式をして、私の眷属いもうとになってもらったのよ」
懐かしいね、と笑うアティアは同い年の女の子にしか見えないが、これでももう数百年はアンリーアさんと一緒にいるらしい。
「私、転生者なんだ。剣と魔法の世界に生まれたけど、日本の記憶があった。家族に恵まれなくて、記憶の中にしかない優しい家族に縋って、なんとか生きているようなつまらない子供だったんだ」
「あら、貴女は出会った時から心身ともに強くて綺麗だったわよ?」
「姉さん……」
あっという間に赤くなったアティアに、アンリーアさんが楽しそうに笑う。
「日本の記憶に縋りながら、もう一度あそこに行きたいって、ずっと思ってた。……そんな時、姉さんと会ったんだ」
「ふふ、懐かしいわね」
柔らかい声で彼女を呼ぶアティアの顔は、幸せそうで、眩しそうで。本当にアンリーアさんに救われたんだろうな、と思わせる笑顔だった。
「ところで」
アンリーアさんが、ふわりと美しい笑みを浮かべる。
「私のことは、リアと呼んでくれないかしら」
「えっっ」
基本妹以外に興味のない彼女は、どうでもいい相手に愛称を呼ばれるのを殊更に嫌っていた。
多少は話す相手でも、愛称呼びの許可を取ろうとすると氷点下の目で拒否される。果敢に挑んで散っていったクラスメイト(2名)と教師(1名)が証人だ。
その呼び名を唯一許されているのが、妹のアティアで。
「私の愛称は妹専用。――けど、その妹が増えないとは言ってないわ」
そういえばさっきアティアも元々友人だったと言っていたな……。それが私に適用されるとは一切思っていなかったが。
うろたえる私に、アンリーアさんはくすくすと笑った。
その柔らかい笑顔を見ていると、彼女の本気が……常にアティアに向いていた暖かな感情が自分にも向いていることを、否応なしに理解してしまう。
…………どうしよう。
途方に暮れる私に、アンリーアさんは「そんなに深く考えなくていいのよ」と笑った。
「私の妹になれば、不老の体と私がなんでも叶えてあげるポジションが手に入るわ。ああ、異世界の本も読み放題ね」
「なります」
悩みはどうしたって?
……仕方ない、リアさんのアピールが的確すぎたのだ。
「……ずっと生きてたら読める本がなくなるかも、とか思わないの?」
何故か笑い崩れてしまったリアさんの代わりに、アティアがなんとも言えない顔で聞いてくる。
その可能性は、まあ考えないでもなかったが……。
「お気に入りの本は何十回と読みたい派だからな、問題ない。……人間を卒業したとしても、記憶力が超強化される訳ではないんだろう?」
「たしかにわたしは人間の頃と変わらない記憶力だけど……説子、あんまり外出好きじゃないでしょ。異世界旅行するのはいいの?」
「ん? 私は別に、読書ができれば場所には拘らないからな。薄っぺらいミニポシェットからゴツいヘッドホンを取り出したリアさんなら、掌サイズの図書館ぐらい作れると思っている」
「蔵書全部持ち歩く気!? 出来るけど!」
ファンタジーの住人なのに意外と常識人だな、アティア。
ちなみに私が現在持っている本は約二千冊なので、全て一か所に集めても精々小さい図書室ができるぐらいだと思う。今後どれぐらい増えるかは知らないが。
「本と友人、どちらか片方しか選べないなら私は本を選ぶが……。リアさんなら、どちらも捨てない道を作れるだろう?」
「……その通りね」
「あー……確かに……」
よし、勝った(?)
そんな時、不意に高いチャイムの音が聞こえて来て、はっと時計を見る。
話し込んですっかり忘れていたが、今は平日の朝で、ここは教室。……チャイムが鳴ったということは、まもなく一限目が始まる。
「詳しい話は放課後にしましょうか」
「そうだな」
ちょっと集中できるか自信がないが……まあ、うん。がんばろ。
補足コーナー
事情を説明し始める前にリアが防音と阻害の結界を張ったので、教室にいた他の生徒たちには三人が何か話していることしか分からないし、近くに居ても話の内容が分からないことに違和感を覚えないようにさせられています。あんしん。




