一日
自然豊かな場所に小さな神社があり、そこは毎年夏祭りが開催されている。楽しそうにはしゃぐ息子に、私は夫の手を借りながらゆっくりと歩いていた。
あれからもう十六年という年月を経て、あれは奇妙な出来事でもあったのかもしれないと感じてしまう。
私とそして夫は何もかも覚えていられたのは、あのペンダントを握りしめていたからだと発覚する。今はもうないけれどあのペンダントのおかげでここに帰って来られた。
「お母さん!お父さん早く!」
「焦らないの。お願い、先行っててくれる?」
「大丈夫か?」
「うん。あそこ行ってからにしようと思って」
無理はするなよと夫に心配されながらお腹を撫でつつ、ゆっくりと神社の外れにある小さな社へと向かう。そこは誰も入ってはいけない場所でも、許可を得ている。
なぜならこの山自体が夫所有地でもあるから。既に撤去されてあってもそこにお墓があり、お花とお線香を出す。手を合わせ目を閉じお墓に伝えた。
彗、あなたがいなければ私も夫も、他のみんなも助からなかった。この思いは絶対に忘れたりすることもない思い出。例えみんなの記憶からいなくなってしまっても、私と夫は覚えてる。
息子がね、もう時期小学校に入学するの。それに来月には新しい子がやってくるから楽しみ。彗や他のみんなにも見せてあげたかったな。
それは決して叶わない夢でも、お空で私たちのこと見守っててほしい。それからーー
彗に報告しようとしたら、夫の叫びが聞こえ思わずそちらに目をやった。何もなさそうだけど、夫は派手に転んだようでつい笑ってしまう。
「何笑ってんだよ、美星」
「ごめん、風葉。まさか」
「そんな訳ないだろ?もうあれはいないんだからさ」
体制を立て直した夫、風葉は私の隣にきて拝み、彗に報告をしているのだろう。私もさっきの続きをと再び手を合わせて目を閉じる。
彗、さっき伝えようとしたのは、ううん。これは来年伝えにこようかな。そのほうがいいと思うから。それじゃあまたここに来るね。
目を開け横を見るとまだ風葉は報告をしているようで、風葉のご両親が息子を連れてきてくれた。
「お母さん、いつも寝る前に話してくれるヒーローのお墓?」
「そうだよ。お母さんとお父さん、それからお友達も助けてくれたヒーローのお墓かな。ありがとうを伝えよっか」
うんっと元気よく返事して、風葉の隣へ行き風葉の真似をして彗にありがとうを伝えているようだ。風葉のご両親は私の肩を軽く叩き、行ってしまわれ二人が終わるのを待つ。
彗と出会ったのは十六年前の出来事で私と風葉が高校生の時。賑やかな夏祭りに、私たちはここへと訪れていたーー
夏休みに入る直前、私と親友である桜木琴音は夏休み、どこで遊ぼうか計画を立てていた。
「海で遊ぶのもいいし、遊園地とか流行りの映画見に行くとか?」
「んーあまり遅くならない方がいいな。お母さんの傍にいてあげたいし」
「あ!そうだよね。お母さんの具合どう?」
「最近は大丈夫かな。ただ夏が来ると発作を起こしやすいのがな」
母は私が生まれる前、活発で元気ありすぎぐらいの人だとお婆ちゃんから教えてもらった。けど私が産まれて直後辺りから母の体調は悪くなって行き、ずっと入院している。そのため私はお婆ちゃんに育てられていた。
父のことも知りたいと一度聞いたことがあったっけ。そしたら母は涙を流して、触れてはいけない言葉だったのだと悟った。きっと何かの事故で亡くなったんだと理解して、それ以来父の存在をかき消した。
「どうしよっか」
椅子にもたれかかる琴音は天井を見上げて考え、いつも私優先に考えてくれている。心配かけまいとなるべく母の傍にいたいという願望もあり、もっと琴音や他の友達とも遊びたい。然れどまた課題のように悩まされる。
なぜなら私が友達と夜遅くまで遊んでいた時、お爺ちゃんから連絡をもらってすぐ病院へと駆けつけた。
病室へ入るとお爺ちゃんにしがみつき、美星がいなくなっちゃったと泣き叫んでいたのを思い出す。落ち着かせるために母を抱きしめて、私はここにいるよと励ました。
それも何度もあって、あまり外出は控え病院にいることが増えてったな。確かあんな風になってしまったのって夏祭りのことを話した頃だったような。後でお爺ちゃんとお婆ちゃんに聞いてみよっと。
「何話してんだ?」
「風葉と永遠には教えないよーだ」
あっかんべえと揶揄う琴音で風葉は普段通りに私の隣の席で、お弁当を頬張る。永遠は赤っ恥になぜかなりながら話せと琴音に追求していた。
「そいやさ」
「どしたの?」
お米をもぐもく食べながら鞄から何かを取り出し見せてもらう。それは夏祭りのチラシだった。毎年行われる夏祭りは風葉のご実家でもある場所でもある。
「母さんが適当に配れって言われたからさ。よかったらみんなで行かないか?」
行くと琴音と永遠は目を輝かせながら、風葉が持っているチラシを奪い見ていた。夏祭りには花火もあり夜遅くまでになる。いつもは私に言わないのになぜ今年になって私がいるタイミングで話を持ち出したのかはさっぱりだ。
と風葉の顔をじっと見ていたら鞄からまた何かを出したかと思えば同じチラシを顔面に突きつけられてしまう。んっもうとそのチラシを持ち、風葉の顔を見たら頬を染めていた。
なぜか私と風葉の両親はご近所でもないのに仲がよく、母のお見舞いにきてくれていることでもある。ふうんそう来たかとニヤニヤしてたらぱこんと叩かれた。
本当は毎年誘いたかったんだろうねと嬉しくなって、今年行けたらいいなとそのチラシは鞄にしまう。
他愛ない話をしながらお昼をとっていると先生に呼ばれ、応接室に入るとそこに刑事さんとお爺ちゃんがいた。お爺ちゃんはすでに刑事という職は辞めているのに刑事さんと一緒にいることが多い。
「お爺ちゃん」
「すまないな、美星」
「どうかしたの?」
お爺ちゃんが座っている向かいのソファーに腰を下ろし、お爺ちゃんの隣に座っていた刑事さんが名刺をくれた。空畠三雲さん……。
えっと私は思わず大声を出してしまい、くすくすと笑われてしまってまさか永遠のお父さんがいらっしゃるとは思いもよらなかった。なぜ永遠ではなく私が呼ばれたのか理解できない。
「おっお爺ちゃん?来たのはえっとお見合い話とかじゃないよね?」
「バカもん。何を言い出すんだか。違う話じゃ。本当なら家で喋りたかったんだが、今日は遅くなりそうでな。ちと先生に時間を作ってもらった」
お爺ちゃんが喋るタイミングでチャイムが鳴ってしまっても、時間を作ってくれたということは授業は行かなくていいってことなのか。
「美星、いつも首に下げているやつあるじゃろ?見せてみろ」
母から常に持っていなさいと言われていたペンダントを外しお爺ちゃんに渡した。何か意味があるのかなと少し待っていたら永遠のお父さんが笑っていたのに険しい顔になる。
なんだろうとお爺ちゃんはそのペンダントを私に返してくれ、永遠のお父さんは応接室を後にした。
お爺ちゃんは深くため息を出し、真剣な眼差しでこう言われる。
「夏祭り、ずっと行きたかったじゃろう?」
「行きたい。でもお母さんが」
「今年は大丈夫じゃ。わしゃがついている。但し条件をのんでもらいたい。風車がずらりと飾られているはずじゃ。それには絶対に触れてはならん」
「風車?」
そうじゃとお爺ちゃんは私の隣にきてポケットから何かを取り出し私の手首につけた。ただのミサンガのようにも見えるけど御守り的なものなのかな。
「他の人にも触れさせぬよう配置はしてくれるようじゃが、万が一のためにじゃ。落ちていたとしても必ず触れてはならんぞ。良いな?」
「うん、気をつけるね」
いまいちまだよくわかっていなかったけど、お爺ちゃんのあの瞳を見たら風車には触れないでおこう。
聞きたかったのはそれだけだったらしく、教室へ戻り授業に参加した。
◆
放課後、琴音の実家が着物屋でもあり浴衣を選びに来ていた。張り切ってはいないけれど、久々の浴衣姿だしどれにしよう。
「ねえねえこんなにどう?」
「琴音っぽくていいね」
琴音が選んだのは向日葵が絵柄の浴衣で、風葉はご実家が神社でもあり家にある浴衣をきて来るんだろう。その一方永遠は眉間にしわを寄せて真剣に選んでいるのを風葉がちょっかいを出していた。
お母さんにも浴衣姿を見せたいなと、ふと思い菫がある浴衣を探す。あるかなと探していたら琴音が奥から出してくれたのだ。
「美星、お母さんのこと思ったんだろうなって思って、まだ出してない浴衣出してきちゃった」
「え?いいの?」
「うん。お母さんが持って行きなさいって言われたからさ」
琴音のお母さんにお礼言わなきゃなと見えないけれど、感謝を述べる。すると琴音のお母さんの声が聞こえ、お代はいらないよと言われた。
「お金払わなくて本当にいいの?」
「いいのいいの。まあ美星の爺ちゃんになんか言われそうだけど気にしなくていい。但し永遠はちゃんとお金払ってね」
「なんでだよ!」
「なんでも」
嘘なのに本気で拗ねる永遠で、琴音はお腹を押さえながら嘘に決まってるでしょと背中をバシバシ叩く。それぞれ決まり琴音のご両親にお礼を伝え琴音の店を出た。
T路地までくだらない話で盛り上がり、私と永遠は同じ方向であるためここで風葉にまた明日と告げる。
「んじゃまた明日な」
「また明日」
「明日なぁ」
手を振り永遠と途中まで一緒に歩いた。
「なあ美星」
「ん?」
「父さん来てたんだろ?なんか話した?」
「特に何もって、最初全然気づかなかったよ。私、永遠のお父さんに会ったの幼稚園の時以来だもん」
あっそっかっと両手を頭の後ろで組み、永遠がこんなことを言い出す。
「父さんがさ、美星の爺ちゃんと一緒に動くことになった理由、少し教えてもらったんだ」
「それ私聞いても大丈夫なの?」
「まあどちらにせよ、僕たちの家柄は警察官同士の仲でもあるわけだし、それにこれは美星にも関わってるんじゃないかって感じるんだ。父さんは誰にも言うなって言われなかったし大丈夫だろ?」
本当にその話を聞いていいのか迷いが生じる。ただお爺ちゃんもお婆ちゃんも何かを隠しているのは事実だ。それと関わっているのなら尚更聞きたい。
「十六年前の事件、夏祭りに来ていた十八歳未満の子供たちが一斉に消えた事件教えてもらってる?」
「ハーメルン事件だっけ?」
「そう。ハーメルン笛吹き男がそこにいたわけでもなかったけど、まるで神隠しでもあったかのように子供たちがいなくなった。行方不明になって一ヶ月半前ぐらいかな。行方不明になっていた一人の女子高校生が神社付近で発見された」
「私もお爺ちゃんにチラッと聞いたことあるよ。それが」
「美星の母さん、なんだろ?入院している原因も何か訳があって入院しているんだとしたら?僕はそう考える。美星の母ちゃんはまだ何かを隠しているって」
お母さんは私と話す時、普通に見えるけど私に言えないことがあるのは確かなこと。もし真相を突き止めたいと言ったらお爺ちゃんとお婆ちゃんになんて言われるか想像がつく。
足を止めたことで永遠が振り向き、いつも私に見せる悪戯の顔になって言ってくれた。
「んじゃ僕は父さんに探りを入れてみるから、美星は何も考えずただ母さんと接してあげて。それが一番の薬だと思うからさ。何かわかったら連絡するよ」
「いつもありがとね」
「いいよ。その代わり琴音の」
「はいはい。わかってますって。本当に素直じゃないんだから」
なんだよと頬を膨らませる永遠で、その表情が面白くきっと私を笑わせようとしてくれてたんだろう。
途中まででよかったのに家の前まで送ってくれたのだ。
「送ってくれてありがとう」
「また明日な。なんかあったら僕でもいいし、琴音や風葉に相談しろよ」
うんっと相槌を打ち永遠は家へと向かわれ、私は家の中へと入りただいまと言いながら自分の部屋へと入る。久しぶりの夏祭りに行けるのが楽しみだなと鞄を下ろして、部屋着に着替えていると携帯が鳴った。
誰だろうと着替え終え確認してみると風葉からで、内容はいつも通りに無事帰れたか?と不思議な文面だ。未だにその文面の意味を聞いたことがなかったな。
無事帰れたよと返信して、夕飯の手伝いをしにリビングに入るとなぜかお婆ちゃんはどこかへ行く様子。
「お婆ちゃんどこか行くの?」
「すぐ戻ってくるから、夕飯は適当に食べてちょうだいね」
「わかった。行ってらっしゃい」
ささっとお婆ちゃんはどこかへ行ってしまわれ、早く夏祭りの日にならないかなと夕飯の支度をしていった。
◆
夏祭り当日、琴音の実家で着付けてもらい風葉がいる月星神社へと向かう。永遠はすでに神社にいるそうで琴音とあることを話していた。
「なるほどね。ハーメルン事件は永遠から少し聞いてたけど、その女子高校生が美星のお母さんだったなんて」
「うん。それに神社に飾られている風車には触れないようにって言われて」
「あ!あたしもお母さんに言われてた。風車には触れないようにって。どういう意味なんだろう」
「私もわからない。お爺ちゃんの部屋にある事件記録を見ても、その件に関しては記されてなかったんだよね」
夏祭りになる前に調べておきた買ったな。お爺ちゃんがいない間にこっそり部屋で調べてたけどなかったのは、おそらく私がみるかもしれないから、別の場所に保管されてたとしたらどうだろうか。
琴音とその件で考えながら歩いているうちに月星神社へと到着し、永遠を見つけた。
「永遠、おっまたせ」
琴音がそう言うと永遠はそっぽを向いて、行くぞと神社の中へと入る。照れてる永遠で琴音と笑いながら中へと入った。
風葉は少し神社のお手伝いをしてから合流するみたいで、それまでは三人で屋台を見に行く。
美味しいもの食べていると風葉がお待たせと現れ、グループラインの時では袴のままで行くって言ってたのに、ちゃんと浴衣姿で来た。
「腹減ったからなんか買ってくるよ。ここにいる?」
「うん」
「ちょっと待ってて」
風葉は何かを買いに行ってしまって、私たちは談笑して待っていると、一人の女性が子供の名前を叫んで探し回っているようだ。真っ先に永遠は刑事の血があるからなのか女性に聞きに行き私たちも傍へと寄る。
「どうかされましたか?」
「娘が迷子になっちゃって。どこを探しても見つからないの」
私たちは気づく。その女性が手にしていたのは風車。さっき見た時は落ちている感じではなかった。
「失礼ながらお子さんに風車を渡しました?」
「えぇ。風車を売っている屋台で、娘が欲しいって言うものだから」
その言葉で永遠はすぐさまにお父さんに連絡を取り始め、私と琴音はお子さんのお母さんと一緒にお子さんを探す。途中で風葉を見つけ事情を説明すると、風車を売る許可は出ていないらしくあった出店を案内してもらった。
「あれ?ここに屋台があったの」
迷子になった娘さんのお母さんはそう言う。しかし。しかしだ。私たちの目にははっきりと見えた。風車の屋台。店主は私たちが見ていることに気づき、微笑み続けている。
すると私たちより下らしい子たちが風車売ってるよと屋台へ行こうとして私たちは必死に止めた。
「触れちゃ駄目!」
「何言ってんの?風車買いたいんだけど」
「お願いだからここから立ち去ろ?ね?」
「あなたたちには見えるの?どこにあるか教えて」
迷子になった娘さんのお母さんに事情を話している暇はなく、女子たちはどいてよと風葉の腕を払おうとしていた時だった。女子たちが風車売ってるという声に子供たちが来てしまって屋台へと行ってしまう。
永遠も来て触れちゃ駄目だと止めようとした時のことだった。必死に止めていることに気づかれたことによってなのか、いつの間にか風車を持っていたのだ。