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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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実家からのラブコール

 三十六計逃げるに如かずとは先生から教わった身を守る為の戦い方。

 積極的に関わらぬようにと逃げているのに追いかけて来る過去からわたしは逃げます。たとえ血の宿命からは逃れられぬと呪われようと、逃げ切って見せましょう。


 差し当たって、実家からの監視がある銀行口座の中身を全て抜き取って、新たに設けた口座へと移しました。

 学費やその他経費の引き落としも変更する必要があるのですが、そちらは全て先生に手伝って頂けました。





 春の繁忙期には一人たりとも抜けてはならない大事な小作人たちを使ってまで捜索したということは、わたしにそれだけの価値ができたということでしょう。

 どこかの有力者かお金持ちがわたしを娶りたいとでも言い出したんだと思います。どれだけ貧相な身体であろうと女の子であることに変わりはない。妻として家を支える者としての価値は無かろうと、口利きの見返りとしての献上品としては使えるでしょう。


 妻として送り出すのであれば、あと数年待って教養を身に着けた後に連れ戻したほうがいいのではないか。そんな疑問は考えるまでもありません。相手は今ある姿のままをご所望なんでしょう。そうであれば急に接触を図ってきた理由に納得できる。

 あるがままを受け入れてくれるのは嬉しい事だけど、わたしの意思を聞かぬ以上は押し付けでしかない。そんな縁談は丁重にお断り申し上げます。




 実家は預金残高の変動でわたしの生存確認を行っていたので、目を盲することになります。

 これがどういう事を意味するのか分からない人達ではないでしょう。どうあっても肉親です。頭の回転の早さはわたしと同等、もしかしたらそれ以上かもしれません。



 真に娘を大事に思う親ならば、わたしを金蔓として利用する誰かが居て、豪遊のし過ぎで実家からの問い合わせがあったことで利用価値を無くしたと判断され、素寒貧にされた可能性を考えるでしょう。

 わたしを良いように扱える状況にあると誤解される人物は居ます。いずれ破綻すると思われているのは癪ですが、わたし自身のアピールもあってわたしと先生の関係は広く知れ渡っています。


 わたしをただの厄介者として捉えていた場合の想像もできます。

 アサヒ自身はどこかで野垂れ死んでいるが、わたしのカードを使って学園生活を送る何者かが居て、今回の捜索から今の生活が続かぬであろうことを察して全額引き抜いた。そんな作品どこかにありそうです。執筆しましょうか。



 彼らが大事なのは個人ではなく自らが所属する集団。つまり家。

 確かに狭いムラ社会での掟に従わなければ生きていけない時代がありました。ですが、そんな時代はとうの昔に終わっています。


 あの人達は、わたし自身がその家から離れたいと考えているとは思ってもいない。それ故に、アサヒ・トゥロモニが偽名で学園都市に入り、家のしがらみを捨てて自由気ままに青春を謳歌している可能性は絶対にあり得ないと一蹴するはず。自分とは別の価値観を認められない人達だ。例えわたしが目の前で家との決別を宣言しても、誰かにそう言うよう強要されていて、心の中では家に帰りたいと願っていると都合よく解釈するだろう。


 外を知らなかった娘は悪い物に感化されてしまったのだ。不浄なものに汚された娘を清めないといけない。

 縁談なんてものは無くて、そういった思考で呼び戻そうとしているのかもしれません。どれにしろ、迷惑でしかありません。





 トゥロモニ・ワラシ捜索隊の第二陣は日を置かずして現れました。今度は小作人ではなく、魔法使いの団体様。

 都市に入る為の手続きを改竄しようとしたため、半数は駅舎から出ることなく取り押さえられました。


 捜索を担当していた小作人たちが学園から追い出され、時を同じくして口座の預金が全て消えた。

 このことから、アサヒを利用している人物が学園の運営理事会にコネクションを持つ者か、理事会の関係者であると認識。捜索するのに学園都市の協力は得られないと判断した。

 あの実家にとって、これは愛娘を学園都市から救い出す聖戦となったのです。



 捜索隊の先行メンバーがトラブルを起こし、学園都市の警備の目を分散させる。その間に別動隊がトゥロモニ・ワラシを捜索、発見次第保護して帰還する。そういった手筈になっていると捕まった隊員が自白しました。


 お金で雇われた人達は仕事に対しては誠心誠意取り組むけれど、心酔でもしなければ忠を誓わない。割に合わないと判断すれば例え筋が通らないと罵られようとその場で与えられた任を放棄する。解任されたら行き倒れになる小作人とは違うのです。

 学園都市内部の情報セキュリティは褒められたものではありません。しかし都市の外に対してはとても強固。

 このことから、一度入ってしまえば後は流れでこなせる仕事と思われたのでしょう。


 つい忘れがちですが、都市内部では一人一人の行動が全て記録されています。

 実家が彼らに提示した金額と仕事の内容は割に合わぬ仕事であり、安価でも次に繋がるという甘い言葉によるやりがい摂取でございました。




 半分は捕まりました。では、残りの半分はどこに居るか。答えはわたしの目の前にあります。

 都市の玄関口である駅で捕まえることができなかった、残りのアサヒ・トゥロモニ捜索隊。


 先に都市内に潜入していたのは警備の目を欺く為の人員、または捜索する本隊のみならず。

 二つある部隊のうちどちらかが突入に失敗しても救出作戦は続行できるよう仕組まれていたようです。


 学園都市の治安の良さが仇となり、一人で居るところを狙われることにました。

 単独行動がどれだけ危険かは言うまでもないけれど、今はそんな事を考えている余裕はありません。



 サワガニさんからの干渉が四度あり、その度に強化された守りの魔法でわたしは心に作用する魔法から守られています。

 おかげで並大抵の魔法は効果がありません。強力な魔法で意識を誘導させるなど、その辺の魔法使いにできるはずがありません。


 心を操り、自らの意思で街を出たという筋書き通りにできなかった。彼らはそれが分かるや否や実力行使に踏み切りました。判断の早さに対抗するのは、先攻有利な魔法を見てから後出し対応できる、願いを形にする魔法。


 相手の顔を確認する必要もない。どうせ知らぬ顔だ。

 それを生業としている為に魔法の知識は相手が上。実力も上。環境が揃ったこの場所だから最初の精神干渉も鎖の魔法も何とかできた。地面を踏み込み走り出すことができた。

 でも、それだけだ。



 魔法使いが同じ魔法使い数人を相手にするのは不利です。

 図書室で調べ物をするとして、読み進める速さが常人の三倍あるとしても、二人が手分けをして探す作業に比べたら効率は劣ります。個人の力が二人分の魔力を圧倒できたとしても分が悪い。


 放たれた魔法を全て弾き飛ばすという予想外には驚いて貰っていますが、それだけです。彼らはわたしの魔力がさほど多くない事を知りませんが、底の浅さに気付かれなくても、彼らが魔法を使い続けるだけでわたしは磨り潰されることになります。


「話が違う! こんなの聞いてない!」


 話が違うと憤りたいのはこちらも一緒です。

 いつもの事なのですが、こんな時に限って先生も理事長も駆けつけてくれません。


 今日も学園都市のあちこちでトラブルが起きています。それに加えて外部の魔法使いという厄介な相手が入り込んでいる。年度が変わって警備隊にも新たな隊員が加わったはずなのに今も対応しきれていない。最終手段の先生をいきなり駆り出す必要があるのですから、本気で組織の再編が必要なのではないでしょうか。


 そういうわけで、人気者の先生は引っ張りダコ。

 時間稼ぎをするだけの実力を認められているのが仇となり、わたしの優先順位は今日も下げられてしまいます。

 本当に、どうしていつも、こうなんだ。




 誘拐を目論む相手に対して具体的にどうすればいいのかは指示されませんでした。

 今回の逃走は相手を誘導する必要がありません。身の安全を確保さえできればそれでいい。それに至るまでの課程は全てわたしが判断しなくてはならない。無茶な命令を下されるよりはマシですが、時間的な猶予が欲しい。

 幸いなことに無詠唱や短縮呪文が使える相手ではありませんでしたので、相手の呪文の最中に考えます。



 仲間に助けを求めるにも連絡手段が乏しい。

 それに相手はプロの魔法使い。学生をいなす事など容易いだろう。下手すれば仲間が人質にされる可能性を考えると、助力は期待できない。


 敢えて捕まることで、先生たちに位置を特定させるという手はどうだ。

 これは先生や理事長がいつこの場に助太刀してくれるかが分からないからダメ。学園都市の中に潜伏するならまだいいが、門から外に出てしまったら追う事ができなくなる。学園都市から実家まで歩くなんて現実的ではないけど不可能じゃない。



 とにかくできるのは捕まらぬように逃げる事だ。逃げ続けるには魔力が足りない。

 魔力を補充しながら逃げ回るなんて芸は持っていない。


 自分の有利な場所に相手を引き込めば余裕ができます。

 わたしはそんな空間を作り出す理事長のような手腕は持ち合わせていません。準備無しに場所を用意するなんて無茶もいいところ。都合よくそんなデタラメ空間があるなら遠慮せず利用します。

 そんな場所は、学園都市には存在しない。




 いいえ、あります。ありました。

 理事長のとっておきがあります。門の魔法を使って空間をめちゃくちゃに繋ぎ合わせているせいで普段から迷宮になっている場所があります。そう、学園校舎です。


 部外者の侵入を許さない校舎に逃げ込めば、逃げ回る猫がそう易々と捕まることはないでしょう。門の魔法を突破される可能性もありますが、実際の校舎も迷路そのもの。在校生のわたし達でも現在地を把握するのが難しい。

 今、校舎で仕事や宿題中の皆には申し訳ないのだけど、わたしでは手に負えない格上の相手です。もし出会ってしまっても教師達ならどうにか対処できるでしょう。負けても彼らのプライドがへし折れる程度だ。

 外から面倒なものを持ち込んだと責め立てられるでしょうけど、その通りなので批判は甘んじて受け入れます。




 校舎までは簡単に辿り着くことができました。

 妨害が無かったので、わたしが学園に逃げ込むと予測した彼らが張った罠が正門の前にあるかもしれないと心配しましたが、そこまで手を回せる程の人員は無かったようです。


「逃げるな卑怯者ぉ!」


 学園の敷地内に入るのを躊躇って、わたしを取り逃がした魔法使いは正門前で叫びました。

 あの人は勘違いをしています。魔法使い同士の戦いに、それも実戦に卑怯も何もありません。魔法の発動を見てから打ち払う程の相手にどう対処するつもりだったのかわかりませんが、これは何らかのルールに則った試合ではありません。

 貴方は捕まえようとした。わたしは捕まりたくなかった。それだけの話なのです。



 実家からの指示で動いた集団が、説得もなしに捕まえようとした。

 無事を確認したいのならば写真でも撮って持ち帰ればよかった。声が聞きたければ相手の声だけを拾う魔法を作ればいい。

 心配で見守りたかったというのなら、わたしに直接関わらずともやりようはあったはずです。

 必要ないと投げ捨てたこの身を今更になって欲してきた理由が本当に分かりません。断絶を言い渡したのはそちらだろう。何故ヨリを戻そうとするのか。

 トゥロモニの家とわたしはもう一切関係なかったのではないのか。こちらが拒絶の意思を示しているのに何故関わろうとするのだ。


 実家の事を考えるとどうしても暗い感情が沸き上がってきます。苛立ちをそのまま魔法として放つのが一番だけど、それで何が起こるかわからない。愛する先生の為にもそれだけはダメだと抑えます。身体は成長しなくても、イライラをそのまま放つなんて野蛮な行為を抑える事ができるようになりました。これはつまり成長したという事です。




 それから暗くなるまで、ずっと教室に避難していたわたしを迎えに来てくれた先生は、ひどく疲れていらっしゃるようでした。

 そんな姿で頭を下げられても困ります。今日がどれほど大変な一日だったのかを推し量れてしまいます。来てくれなかった事に対して嫌味も文句も言えません。わたしへの救援が後回しになった事をどうして責められるでしょう。


 そのまま立たせるほど鬼畜ではありません。

 疲労困憊のまま走ってきたせいで疲労が限界に達し、膝に手をついて肩で息をする先生を座らせます。

 落ち着かせてから、今の状況を聞き出します。


 出て来いコノヤローと正門前で叫ぶ魔法使いはあの後も居座り続け、その場で取り押さえられたそうです。

 様々な状況を把握した彼が正直に洗いざらい話した事で侵入者は全員確保の運びとなりました。




 彼らが実家から与えられた依頼は、連れ去られた娘を取り戻すというもの。

 学園都市の中枢に犯人が居て、こちらから手出しするのは非常に難しい。

 さらに愛娘は記憶を操られていて自分が自分だと認識できていない。弄られた記憶はこちらでなんとかするから、とにかく本人を連れてきて欲しい。そういう話だった。


 違和感はあった。だがクライアントの要求は果たすのがプロである。内容に疑問を感じつつも魔法使い達はやるべきことを成そうとした。

 相手の事情が理解できれば必死な程の追跡も納得がいきます。変な命令を曲解することなくそのまま従っただけ。彼ら自身の意思が込められていないのなら、その変な命令を下した者こそが悪の根源だ。



 雇われ魔法使い達は依頼の失敗という事で帰って貰えればいいのですが、問題なのは実家です。

 わざわざ人を雇ってまで連れ戻そうとする程必死になっています。今回はまだ大きな物事は無かったけれど、いずれ友人達にも危害が及ぶことになるでしょう。

 理事会はトラブルから学園を守る為に、その直接の原因であるわたしを人身供物として突き出すなんてことも考えられます。


 危機は乗り切りましたが、とても難しい宿題が残されてしまいました。


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