恋人宣言
魔法学園二年生、特別学級所属、アサヒ・タダノ。
初日から人生最大と言っても過言ではない危機に曝されることとなりました。
学び舎へと出立しようと戸を開けた瞬間、新入生達に捕まりました。
女の子とは基本的に群れる生き物です。例に漏れず彼女達も部屋が近い者同士で友好を深めていらっしゃる模様。
それはそれでいいのですが、何故わたしまで巻き込もうとしているのでしょう。同学年でも関わりが薄いのに、学年まで違ったのでは接点など無に等しいでしょうに。
学園の校舎の仕組みについては説明済み。
どのクラスに振り分けられるかは今日決まるそうです。輪になって中央に伸ばした手を重ね合わせ、バラバラになっても仲よくしようと宣言していました。いやあ微笑ましい。彼女たちはきっと苦難にも負けず良き学園生活を送ることができるでしょう。
それから、新入生たちはまるで親の後をついてくる子カモのように、わたしについてきました。
取り巻きを連れて歩くどこかの貴族のご子息の姿を思い出します。自身の威厳を示していると誤解していたあちらはとても気分が良かったのでしょうけれど、わたしはその対極。関わりたくない相手に絡まれてしまっている。
今でさえこれなのだ。来年になったら、三年生でありながら新入生と勘違いされるという情けない光景が見れるかもしれません。
向こうから絡んできたにも関わらず、道中の談笑にわたしが混ぜられることはありませんでした。
何か聞かれれば応えるけれど、自分から声をかけていない。この不自然さに気付いているのでしょう。同級生であればやがて敬遠されることになり、わたしの能力を異物と見なした後はイジメの対象となるかもしれません。どうせ関わることはないので構わないのですが、ちょっとだけ寂しい気もします。
校舎に着けばクラス毎に別れることになります。それまでの辛抱です。
「おはようアサヒ。」
「はい、おはようございます、クロード君。」
校舎の玄関口で鉢合わせたのはクロード君。彼がここに居るのは何ら不自然なことではありません。
普段ならわたしよりも遅く登校してくるのだけど、今日はわたしが下級生に朝から捕まって立ち話を聞かされていたので遅れてしまった。ただそれだけです。
それだけだったのに、黄色い歓声が後ろから上がりました。
クロード君が魔法使いの社会においては特別な存在であったことを、完全に忘れていました。
サワガニさんを追い払い、暗雲漂っていた魔法使いの未来を切り開いた英雄。去年一年だけでも幾度となく学園都市や学園の危機を救っている。その驀進っぷりは今だ留まることを知らない。
身体もそれなりに成長しているけれど、彼の本質は今も変わりません。ですが、与り知らぬところで噂が一人歩きしていて、数多の魔導を統べる王にもなれるのではないかと噂される程になっています。
それだけ持ち上げられていてはサワガニさんも面白くないはずですが、あの雪の日以降、彼の夢を見ることもなくなりました。
何か大きな事を企んでいるのか、それとも生きる事を最優先に考えて引きこもっているのか。いずれにしろ、面倒な人物と関わらないで済むのは良いことです。
その特別な存在が、自分から話しかけた相手がいます。
相手をよく見てみましょう。彼のネクタイと同じ色のリボンを付けています。つまり、彼女は同じ特別学級に属しているのです。学年は違えど特別学級は元から少人数。学年を跨いで全員が同じ教室で勉強するのも十分にあり得ます。つまり彼女は彼と同じ教室の空気を吸うことになる。
彼女と彼は顔見知りです。それも一度限りの出会いどころではない。挨拶に対しての彼女の反応も見れば、既にかなりの時間をかけて親交を深めていると読むことができます。超有名人に話しかけられて、一切躊躇することなく自然にアッサリと返事をするなんてのは演技中のベテラン子役でもなければできないでしょう。今朝まで自分達と会話して受けた印象からは、そこまで演技の達者な娘ではないと判断できます。
呼び捨てに対してニックネームで応えた。これは重要なファクターだ。
以上の点を踏まえ、クロード君とアサヒ・タダノの関係がどんなものであるかを考えてみましょう。制限時間は一秒です。わたしには一秒の余裕すら与えられませんでした。
即ち、この二人は恋人同士である。証明完了。Q.E.D.
あまりに短絡的だと鼻で笑うことはできません。この学園で生徒に求められているものが何であるかを忘れてはいけません。
魔法を学ぶ。そして生涯付き添う相手を探す。多くの生徒がこの二つを課せられているのです。男子も女子も、少女漫画が吃驚するほど恋愛に関しては貪欲。まだ何も知らぬ新入生からすれば、そんな学園の雰囲気を見せつけられたと感じるのも不自然ではありません。
非常に困ったことになりました。
新入生は興奮し、クロード君を取り囲んで質問責めを開始しました。こういった囲いに彼は慣れていません。押し付けられたふくよかな胸の感触に鼻の下を伸ばしているようなら放置してもいいかもしれませんがそうもいかない。クロード君は鬼気迫る勢いに怯えてしまっていて、青ざめた顔でこちらに助けを求めている。助けず放置というわけにもいきません。
ここでわたしがそういう関係ではないと弁明したところで、彼女たちは聞き入れてくれないでしょう。
敢えて関係を否定するにしても、公にしてはいけない理由があると曲解される可能性が非常に大きい。赤の他人に彼を児童性愛者と批判されて欲しくないと願っていて、その為に表向きは否定しているという妄想を育ててしまう。
かといって恋人関係を偽るのはわたしが許せません。誰が何と言おうとわたしは先生一筋。ここでクロード君との関係を認めてしまったらそれが既成事実となる。英雄と魔女、現世代最強のカップルが成立してしまう。誰よりもわたしがそれを許してはいけない。
肯定しても否定しても行き着く先は求めていない結果になる。逃走すれば関係の肯定と判断される。
どうすればいい。今この場に居る二人だけでは解決しようがない。言う言葉に力があったならば。そういう立場があれば一言で全てをねじ伏せる事ができるのに。
夜明けの魔女の名は使えません。太陽で学園都市を救った魔女を知っていても、それがわたしだとこの新入生は知らない。教えたって信じないだろう。太陽を作って見せたところで、魔法の成り立ちを学んでいない彼女達ではそれがどれだけとんでもない魔法なのかを理解できない以上、本当にただの脅しにしかならない。
どうしたらいいんだこの状況。
「アサヒさん、おはようございます。」
声をかけられ振り向くと、いつもの従者達に囲まれたマツリさんが立っていました。
校舎内で会うのは珍しいと思ったのだけど、ここは玄関。門の魔法の範囲外です。よく考えずとも、絶対にここを通らないといけないのだから会えるのは当然でした。
本物のお姫様。立場のある人物。一言「跪け俗物。」とでも言えば、こんな騒ぎの収集など朝飯前だっただろうに。
わたしの力の無さを嘆いても事態は解決しません。幸い、今この場で欲しいものを持っている人物が現れました。
彼女の言葉ならば力がある。クロード君とわたしにかかっている疑惑を引き剥がすことができる。その場を収めるのにもっとも適した人に頼る判断力も自分の力の内だ。
マツリさんに、今の状況を、大勢の女子に囲われているクロード君を助ける必要があることをお話します。
従者の皆様は呆れ果て、こんな小僧見捨てるべきだと進言していましたが、主人の鋭い目つきだけで制されていました。
「絶対助けます。任せてください。」
震え出した手を握りしめ、想い人を救うためにマツリさんが立ちあがります。
一瞬の不安げな表情と、その一連の動きを見るまで気付けませんでいた。
王家と言っても、マツリさんの国は政情は不安定で、いつ王権が剥奪されるかわかりません。そんな体たらくなので、別の国の貴族よりも力が無いかもしれない。王家と言えど所詮小国と舐められるかもしれないし、国をまとめられない父親の事をバカにされるかもしれないのです。いらぬ悪意をその身に浴びる可能性など考えていなかった。これは後で謝らないといけない。
「皆様、何事でしょうか。この場での集会は認められておりません。お控えください。」
後悔するわたしの前で、いつもの穏やかで柔らかな口調とは打って変わった、人の上に立つ者らしい凛とした声が響きました。
先輩とは、年長者とは、人をまとめる者とはこういうものだと見せつけられるようでした。
玄関前で寄り集まって通行を妨害することと、英雄であっても一人の学生であるクロード君の生活を妨害したことを静かに窘めます。ただ正論で叩きつけるのではなく、状況をひとつずつ整理して、相手が自身の行いを理解して悔いるのを促します。
マツリさんのお話は、会議の場であったなら立ち上がって拍手を数分間続ける、スタンディングオベーションなるものをしたくなる演説でした。
残念ながら、そんな素晴らしい話術も新入生には効果が薄かったようです。謝罪の言葉もそこそこに、今度は介入した彼女がクロード君とどんな関係にあるかを聞き出そうとしています。恋愛脳、恐るべし。
覚悟を決めた彼女は動じません。
その質問を待っていたかのように、蛇のような滑らかさでクロード君の腕に抱き付いた後、満面の笑みで宣言しました。
「彼とは結婚を前提としてお付き合いいただいていますので、もし射止めようと思う方がこの中にいましたら、諦めてくださいませ。」
大胆不敵な宣言が、今ここに為されました。
力のある立場が羨ましい。わたしが同じことを同じような場面で宣言しても、いずれ本人も忘れるであろう幼い子供のかわいい主張と捉えられてしまいます。
たった一言で、クロード君とわたしが恋愛関係にあるとする予測が否定された。それどころか、マツリさんとクロード君の関係が大々的に公表された。マツリさんの国の次期王位継承者として内定してしまった。
たった一言。湾曲した表現など用いない直球の恋人宣言で。
願いを形にする魔法をもってしても、こんな力を手にすることはできません。
魔法で人の心を操ってしまったら、魔法使いとしての道を踏み外してしまいます。




