魔女は刺激的な日々を望まない
波瀾万丈な人生は望んでおりません。
大好きな先生に負担のかからない平穏な学園生活を送りたいと願っております。
そのために強い魔力が必要ならば欲しますし、不要であるなら一切捨ててしまっても構いません。
どちらでもいいのですが、どちらであっても問題視されてしまうのだからままならないものです。
共に補習を受ける事になり、不幸にもわたしの魔法によって昏睡させられてしまった二十九名がいつ目を覚ましたのかをわたしは把握していません。魔法を弾く魔法で身を守りながらやってしまったことへの弁明を考えていたので、それどころじゃありませんでした。
激しい戦いを、早々に目覚めた彼らは見てしまいました。
ただ向けられたものを弾き飛ばしただけなのですが、元々成績の悪い皆様は目の前で起きている戦いの内容を理解できません。元々悪い上に、寝起きで緩やかな思考で一生懸命考えた結果、土煙と爆炎の最中に居る敵は、老教師の魔法と同等の魔法を放っている。先生は必死に打ち消し合っているのだと解釈しました。
補習授業中に乱入してきた何者かに攻撃されて、目が覚めたら高レベルな戦いが繰り広げられていた。というやつです。
魔法の余波で地面がめちゃくちゃになったことと、身体の小ささもあって、わたしがその相手だとは思われていませんでした。わたしも皆と同様に失神と転移を経験し、魔導師と誰かの戦いを固唾をのんで見守ったことになっています。
あの人を止めたのはわたしだと宣言しても信じて貰えないでしょうから、話を合わせました。
老教師に恨みを持つ人物がそのタイミングで学園内に侵入し、彼を見つけるとすぐに攻撃を仕掛けてきた。生徒全員も巻き込まれるが、老教師が理事長達の到着まで一人で生徒を庇いつつ戦った。最初の一撃から生徒を守り切れなかった責任感から魔導師は教職を降りてしまった。
補習での事件はそんな話に変換され、翌日には学園都市中に広まってしまいました。
誰が流した噂なのかは分かりませんが、これならば、立派な人物であるはずの老教師の面子は保たれます。
卑劣な悪漢から生徒を守るべく、全盛期から衰えた身体で立ち向かう姿は英雄そのものです。歴戦の魔導師が敗北したことで変化の潮流を感じざるを得ませんが、彼はもう十分に尽くしてきた。若い者達に後を託す形になるのもおかしくはありません。
同時に、お相手していたのがわたしであり、英雄視されるはずの魔導師が生徒を一方的に甚振っていた事を隠せます。この噂話を正式なものとすれば、わたしが魔導師相手に十分通用する魔法を使える事も、それが夜明けの魔女であることも、彼自身の個人的な感情でわたしのことを嫌っていたことも全て隠蔽できる。
魔導師は、最後に大仕事を成し遂げた、身を挺して生徒の危機を退けた教師の鑑となりました。
彼の名誉を傷つけず、偽りながらも勇退間際の活躍という箔まで付けて差し上げたわけですが、学園を運営する側としては、彼の退職は大きな損失でしょう。
本物の魔導師が教師として在籍していて、直々に指導を頂くことができるというセールスポイントが無くなってしまいました。理事長の改革後もこんな思考の凝り固まった老人が居残っていたのはその為でもあります。人間性に問題があったとしても、それに目を瞑れるだけの利点があった。
いずれにしろ袂を分かった相手。去る者追わず、というやつです。
理事長には、これでいいのかと再三尋ねられました。
今回も真の功労者はなにもしていないことになる。特別扱いされない約束であっても我慢の限界なのではないかと危惧されています。
魔女の名を公にしたらどうなるか、考えの及ばぬわたしではありません。
自分自身の人間的な部分を曝け出した老魔導師の名誉を傷つけるだけには留まらず。今でさえ太陽を気軽に作り出すとんでもない魔女という誇大された評価がついているのが夜明けの魔女。その正体がこんな小さい娘だと紹介されてその場で信じる人間がどれだけいるでしょう。つまり、事あるごとに実力を逐一示さなければなりません。誰かを脅かし続けるのはわたしの願う平穏とは程遠いのです。
彼の代わりに夜明けの魔女が客寄せパンダとして教職に就くにしても、わたしは人にものを教えられる程の人間ではありません。先生の仕事量を見れば自ずと分かります。わかってしまいます。
学園都市に来てまもなく一年ですが、まだ一年。そんな経験の浅い魔女に教職が勤まるはずがない。
心変わりがあればすぐに対応するから言って欲しいと、理事長に拝まれました。
昨日の今日で突然ご機嫌取りが始まったのは、学園に在籍する魔導師がわたし一人になったからでしょう。老教師は所属していた期間の長さから影響力は強かったので優先順位が上でした。その彼が居なくなったことで、自動的に学園で一番危険な人物として繰り上がってしまったのです。
願いを形にする魔法の特異性が他の魔法に与える影響は計り知れないと言います。
詠唱も魔法陣も必要としないというだけで十分驚異なのに、新たな可能性を示してしまった。ほんの一瞬ではあったものの、魔法そのものを消滅させてしまった。もし敵対者がそれを使ってしまった場合、対抗するには魔法を使わずに術者を倒すしかない。だが、自動的に継続するタイプの魔法に改良されていたらそれも意味を為さない。
魔法の無い世界というルールは、空間の拡張や隔離の魔法を扱う理事長でも今まで考えたことのない手段だったそうです。
長い歴史の積み重ねで魔法は生物が呼吸をするのと同じく世界の法則となっていた。無力化するために舞台の方を作り替えようと考える人物が居なかったというのは驚きです。
そんな斬新な考え方をどこで学んできたかと問われますが、理事長の望む答えは出せません。誰かに影響された可能性は否めませんが、直接こうだと教えられたことはありません。
人は常に選択を迫られているのです。それが実現不可能とわかっていても、不可能を可能にするための寄り道はどこかにある。
それにしても老人というのは話が長い。
わたしは理事長ではなく先生と居たいのです。一日の体力にも限度があります。人目を憚ることなく先生の家に出入りして、食卓も寝床も共にできるのは幸せなのだけど、できることなら目覚めている間の意識も先生に向けていたい。
わたしは特別待遇をしないという魔導師に対しての特別待遇が続いてくれれば文句はありません。学園都市にいるうちは、わたしはただの生徒なのです。
今日のご用事は既に済んだはず。何故、話が続いているのですか。
歳を重ねると同じ釜の飯を食った仲間が一人二人と減っていくので、話の合う人物が居なくなる寂しさがあるといいいます。
しかしわたしは介護士でなければ養成学校の生徒でもない。老人介護の道に進みたいと願っているわけでもないし、カウンセラーになると言った覚えもございません。見方を変えれば、今の理事長は理由なく部下の作業の手を止める上司。パワハラです。
ままならぬ都市運営にストレスが溜まるのはお察しします。
国起こしの物語に例えるならば、理事長は国の基礎部分を作った主人公の親や兄貴に該当します。彼の作り上げた土台を基に人をまとめ上げる主人公が存在していない。校舎内のあらゆる魔法を一人で制御する手腕とその筋肉。衰えどころかますます力強く練り上げられているように感じますが、寄る年波に不安はつきもの。後に続く者が居ないのが目下の悩みだそうです。
後継者問題はどの世界でも課題なのでしょう。しかしわたしでは何の力添えもできません。ただのいち生徒なので。
よもや、新たなカリスマとして、夜明けの魔女を担ぎ上げるおつもりでしょうか。
期待の新星ではありましょう。わたし自身は既に限界を肌で感じておりますが、知識も経験もまだまだ浅いということは、伸び代があるような印象を周りに与えることができます。
いずれそうなる可能性はわたしも考えました。ですが、管理者としての器ではないと自覚しているので引き受けるわけにはいきません。
なぜならわたしは他人を信じていない。信じることができません。業務としての報告連絡相談は大事なコミュニケーションと言われるけれど、その報告や連絡も本当にそうなのかと疑ってしまう。
実家にて、外で遊ぶ許可が下りたはずなのに、出た事を咎められた日のことはよく覚えています。
許可なく外出が許されず、罰が下ると知っていて、あの使用人はわたしに嘘をついた。足を掬われたのです。よほど頼れる相手でもない限り、ヒトなんてのは信用に値しません。
それは相手も同じこと。理事長には味方が少ない。わたし以上に苛烈な環境にいらっしゃるのでしょう。
縋る縄が無くて大変だろうけど、残念ながらわたしは極楽から救いの手を差し伸べられる神様にはなれそうにありません。




