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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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萌芽の春

 冬の寒さが和らいで、草木の芽も綻ぶ柔らかな陽気が心地良い今の季節。

 わたしの気分はどん底です。


 二年生に進級するにあたり、先生が特別学級から外れるなんて事はありません。これは先生との関係とは別件です。

 目の前には悩める少年が一人。特別学級が誇るイケメン候補のクロード君。今回の悩みの種はこちらになります。

 彼は今、瀬戸際に立たされていました。




 事の始まりはひと月前、日頃の感謝の意に好意を込めて贈り物をする日のこと。ちょうど、わたしがお酒入りのチョコを食してしまい、よろけて椅子から落ちて腰を打っていた時間帯。

 彼は一人の女の子から、誰が見ても本命だと分かるシチュエーションでチョコレートを贈られました。


 彼女のご身分から、本命の相手には自らの地位を最大限駆使して王家ご用達の高級品を用意すると誰もが思っていました。

 しかし、彼女はどういう教育を施されていたのか、一般庶民と変わらぬ価値観を手に入れていた。金銭感覚は多少ズレているけれど、この学園に通う生徒達とは遜色ない。

 調理は身分を廃され一般人に身を落とした時に初めて行うようなものと思われていたけれど、そうでもなかった。回数をこなしていないので不慣れであることに変わりはないが、それはこの際どうでもいい。


 幼い娘の手作りに喜ぶあまり、自身の王冠を渡してしまう国王がどこかに居たそうな。

 クロード君は貰ってしまったのだ。

 その価値はかの国の王冠にも匹敵する、一国の姫君の、マツリさんの手作りチョコを。



 その日の直前に行われた女子会で、マツリさんが手作りに挑戦していることを聞きました。

 護衛のせいで気軽に図書室に入れない彼女の為に、調理本を借りてきたのはわたしです。調理の腕を考慮して初心者向けを作るようアドバイスしたのもわたしです。卵も割れない人が、わたしが読んでもわからない調理法などわかるはずもない。

 一人でやりたいという彼女の願いに応え、全て任せて見守ることにしたのです。


 夜遅くに呼び出されたクロード君が見たのは、辛うじて口にできるけど完成というには程遠い、小さく歪なハート形の手作りチョコだけではありません。

 頭を下げながら受け取って欲しいとチョコを突き出したのは、約束の時間に間に合わせるため着の身着のままの彼女。エプロンも外さずスリッパ履きで外まで飛び出したマツリさんの姿を、その目でしっかり見てしまった。

 一切他人の手が入っていない、本来人目には晒されることがない素の姿で、マツリさんは想いを告げた。さらに、交際の申し入れまでされてしまった。


 どれだけ本気なのか、察する感覚の鋭い彼はすぐに勘付きます。

 彼自身が好きなのはアサヒ・タダノだけど、受け取らずに彼女を振るという選択肢を選ぶことができず……


 自分が好きなのはアサヒ。だが友人の友人を傷物にするのは心苦しい。

 一時保留のままその場から立ち去った後、どうしたらいいんだと、クロード君は自身の感情の板挟みになっていました。




 優柔不断が招いた結果です。自業自得です。身分の高いお姫様から好かれるなんて贅沢すぎます。勝手に苦しめこんちくしょう。


 黎明の魔女の目前でわたしを諦めないと力強く宣言した根性はどこへ行ったのでしょうか。

 あんな風に口にしたのならば行動すればいい。クロード君の名を想像するだけで身を捩じらせるほど恋焦がれるマツリさんは可哀想ですが、自分の言葉通りわき目を振らずわたしの尻を追っかけていればよかった。傷つくことにはなるけれど、「アサヒを追いかける自分を応援してくれ。」という切り返しもできたはずだ。単純にありがとうの一言で受け取ってしまってどうするつもりだったんだ。


 マツリさんは返事が無い事を非常に気にしています。

 主の憂いを晴らそうと護衛の皆様が頑張っているようですが、彼らの頑張りではどうにもなりません。クロード君が行動しなければ解決しないのです。




 アサヒを諦めたくはない。でも真摯な想いにはどうにか応えたい。

 自分が二人居たら両方選べると唸っています。


「僕はどうしたらいいんだ……」


 決めるのは君です。悩んでいる間にも時間は過ぎていきます。答えを出さないまま気まずい空気を醸し出すのは良いとは思えません。

 なによりも、相談する相手を盛大に間違えていらっしゃる。わたしにそれを尋ねられても困ります。




 するであろう返答を安易に予想できるわたしに相談を持ち掛ける理由があるのでしょう。

 クロード君はマツリさんの事をどうでもいいとは思っていない。苦手というわけでもない。だが好きと言える程に彼女を理解できていない。好感度が足りていないと感じている。これが恋愛シミュレーションゲームなら、告白にOKが貰える基準に至っていないと思っている。勘違いだったら傷付くのは自分だ。それ故に彼は答えが出せずにいる。


 自分を恋愛対象として見てないアサヒは諦めて、相手から好意を向けてくれるマツリさんに鞍替えすべき。

 彼が欲しいメッセージはこれしかない。たぶん。


 わたしは順序が変わっても到達点が一緒ならばそれでいいと思っています。

 利害関係の一致から始まった嫌々ながらの肉体関係が本物の恋になったっていい。どんな姿形であっても本人達の同意であれば他人が口出しする余地はない。



 ため息が出てしまいます。

 脈の無い片方を、アサヒを一度諦めろと、その本人に言わせるクロード君はとても罪深い。


 相手を傷つけたくないと願うのならば、今から知ればいい。相手の都合に合わせてとりあえず一緒になってみればいい。就職で言うなら試用期間だ。もし気が合えばそのまま一緒になってもいいし、別れてもいい。その際、再びわたしを追いかける事は許容しましょう。尻軽と笑ったりなど致しません。

 何度だって言ってやります。選ぶのは君だぞ、クロード君。



 彼女の事をもっと知りたいという欲があるのを本人の口から聞きました。

 ならば結構。もとよりわたしはクロード君に対して恋愛どうこうの感情は持ち合わせておりませんので、追いかけて来る姿を見せなくなっても寂しいと思ったりいたしません。どうぞ彼女の下へ行ってあげてくださいな。


 黎明の魔女を前にした宣言を律儀に守る必要はありません。約束を破ったペナルティがありませんし、たぶん、アサヒさんもその程度で情けない男だと糾弾したりはいたしません。クロード君も自由に恋をしていいのだよ。


「本当に、いいのかな。」


 自信の無さから卑屈になりすぎています。これはもう嫌味とも捉えることができてしまう。そんな考え方は良くないぞクロード君。

 相手を尊重するのであれば対等な関係であるべきだと述べています。田舎の小作人、会社従業員の倅が姫君と対等にあるだなんて実現不可能だと。君は自分と釣り合うのはわたしだと言うのでしょうか。自信も根性も無い自分が獲得に挑戦できるのはわたしのような身寄り無しお金無しおっぱい無しで誰にも選ばれぬような選抜落ちの規格外品だと。それはそれでわたしに対して失礼だと思わないのでしょうか。

 君は忘れているようですが、王女様とか貴族の嫡子といった身分は学園都市の外の話。そんなのはお構いなしに、この街では同じ学び舎に集う々生徒という役割を与えられている。同じ部屋で同じ空気吸って同じ話題に花を咲かせても咎められない。

 君が心配している身分の差など、とっくにクリアしているのです。


 「でも」、「だって」と、さらに悩み続けるクロード君を見るに見かね、マツリさんに連絡を入れて、告白した時と同じ時間帯に同じ場所で待つように伝えました。

 同時に、驚くクロード君の背後に回り込んで、背中を押して教室から追い出します。これからお付き合いする相手にOKの返事をするのだから、色々整えてから向かって欲しい。

 わたしの行為、さながら二人の背中を押してくっ付ける愛の天使のようです。




 この二人ならば、早々に仲違いを起こして生徒間の空気をギクシャクさせることもないでしょう。

 仮初めの関係が本物になって、わたしと先生の関係を脅かす存在が消えてしまえば一石二鳥。身の丈に合う相手がいるだろうから先生とは別れるべきという意見に対して、わたしに好意を向ける人物が同年代に居ないという事実は圧倒的に優位なのです。


 夜明けの魔女、アサヒ・タダノ。二人の関係の進展を心よりお祈り申し上げます。

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