表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
86/303

超えられない恐怖心

 わたくし、アサヒ・タダノ。

 ただいま人生最大の危機に見舞われております。


 今、わたしのお皿には緑色の野菜が転がっています。

 茎の頂点にものすごい数の蕾の付いた、一見樹木の地上部をそのまま切り取ったような物体。実家ではメハナ野菜と呼ばれていましたが、学園都市ではブロッコリーと呼ばれています。


 正直に申します。わたしはこのブロッコリーが食べれません。




 理由は主に二つ。

 一つ目は、若々しい草が持つ独特の青臭さと、茎の硬さと蕾のひとつひとつの粒々とした食感の組み合わせがどうしても受け付けられないのです。


 もうひとつ、これはわたしの感情的な問題。

 実家で栽培されたものを初めて見た時は、こんな不思議な植物があり、しかも食べられることにとても感動しました。


 その日の夕食は楽しみだったんですが、いざ茹でられた物を口にしようとした瞬間、密集した蕾の中に青虫を見つけてしまいました。

 生きているものならば手で払いのける事もできたのですが、溺死した上に茹でられた死体です。絵にはできぬようなドロドロなのです。わたしが驚き大声を上げたのは言うまでもありません。


 虫は食べたくないと言ったわたしに対しての大人達の反応が恐ろしかった。

 これは虫が食べる程に美味い野菜だから食えと言います。この虫にも栄養があるので食うべきだと主張します。なんなら異なる食感が味わえるから大当たりだとまで宣いました。目の前で虫入りメハナ野菜を貪るのを見せつけられました。髭面の男の口から虫の内臓が垂れている光景は忘れたくても忘れられません。

 無理矢理口に押し込められ、吐いてしまったわたしは食事を無駄にしたことを咎められることになります。



 栄養が豊富であり、少しでも食べたほうがいいのはわかります。

 ブロッコリーを見るとその時の光景を思い出してしまうので、味や匂いを対策しても食べる事ができません。実家での苦い思い出は過去の出来事と割り切っているつもりなんですが、どうしても思い出してしまいます。


 栽培してくれた農家の皆さん、新鮮なままで店頭に並べるべく奔走してくれた仲介や運送の皆さん、その中でも選りすぐりを店頭に並べてくれたスーパーの担当者の方、そして調理しれた先生へ。食べられなくてごめんなさい。


「嫌な事思い出させてしまってすみません。」


 食べない理由がただの食べず嫌いだと思っていた先生に頭を下げられました。

 謝らないで欲しい。何故食べれないかを最初に言えば良かったんです。いらぬ気を遣わせてしまったのが申し訳ない。


 これはただの塩茹でではあるけれど、先生がわたしの為に用意してくれたもの。

 虫の混入なんて無いし、半端に茹でたせいで芯が残っていたり、とにかく量があればいいと何の味付けもされず盛り付けられた雑なものではありmせん。

 先生とわたし、二人の健康の為に野菜を取り入れた食事に挑戦したのだ。口にしないなんて選択肢は存在しないのです。


 だからこそ、口にできないのが本当に悔しい。





 学園都市には、自然回帰を目指す、比較的穏健なグループがありました。

 文化的な面を残しつつも現代の効率化した神秘とは真逆の社会からの脱却し、根源への到達を目指しているんだそうです。根源へ至るなどとおおそれた目標を掲げていますが、実際は自然環境の保護を目下の活動内容としています。


 根源というものはよくわかりませんが、それに触れると言葉を使わなくても魔法が使えるようになるとか。



 その自然志向は過激です。

 無農薬有機栽培以外の農業は農業に非ず。自然の摂理を捻じ曲げる行為だと批判します。

 漁業や畜産業に対しては、動物であろうと尊い命をいたずらに奪い去る産業と激しく怒りをぶつけています。

 電気は使わずろうそくに火を灯す。生活に必要な水も川の水を毎日汲んで来る。


 行動内容を客観的に見ていると、現代社会の否定が行動の根底にあるように思えます。

 環境に適応できずはみ出してしまった者達にも感じられます。自分を否定した社会を許さない。全部滅んで言葉も無い時代になれば自分は返り咲けるという幻想を見ているのでしょう。



 先生が、その自然派達からご指摘を受けたそうです。

 普段から体調が思わしくないのは食生活がなっていないからだ、と。


 そこから行われた勧誘の内容は右から左へと聞き流したそうですが、好きな物を好きなだけ作って食べて満足する今日までの食生活に思う所があったそうです。

 もうすぐ入学から一年が経つ特別学級で、皆が大きく育っている中わたしだけ育っているのが見えない。それは自分達の食環境が悪いせいなのかもしれない。自分ひとりならどうでもいいのだけど、広く明るいわたしの未来を閉ざしてはいけないと一念発起。その結果、おいしく調理されているはずのブロッコリーが皿に残ってしまった。


 わたしが育っていないというのは間違いです。近くに居るから成長が見えないのかもしれませんが、背が伸びました。

 椅子に座った時、重力に従ってするりと落ちていたスリッパが落ちなくなったんです。ずっと足に引っかかっているということは、わたしの足が大きくなった証。もうすぐ幼児用のパステルカラーを卒業できるかもしれません。





 食生活の改善は追々考えるとして、今は冷めつつあるブロッコリー。

 過去はもうどうにもできないのですが、先生の想いを無下にするわけにはいかないとの使命感から、一つだけ挑戦する権利を頂きました。


 しかし、手が、箸が動きません。

 そのブロッコリーの中に虫が居るかもしれない。先生にチェックはしてもらったけれど、口に入れる瞬間半透明になったそれを見つけてしまうかもしれない。見事に擬態していて、口の中で虫の肉がプチっと弾けるかもしれない。

 吐き出してしまったらどうする。食べると言った約束をほんの数刻で破るわたしを見てどう思うのか。情けない生徒だと幻滅されてしまうのではないか。たった一度の落ち度でも、ずっと溜め込んでいた不満がその一回で解き放たれる。人間関係とはそういうものだと本で読んだ。


「先生、わたしに食べさせてください。」


 自分の手では埒が明かないと判断し、先生に助力を願いました。

 過去の体験からのトラウマが身体を硬直させるのならば、新しい記憶で上書きすればいいのではないかと考えました。


 先生が作ってくれた料理。いや、料理と言えるものなのかどうかわからないけれど、それはどうでもいい。とにかくこれは先生の優しさ。それを先生の手でわたしの口の中へ。わたしは餌を待つ雛鳥のように口を大きく開けて、料理が口に入ったら飲み込むだけ。

 これならば、陰惨な過去も素敵な体験で上書きできます。できるはずです。





 できるはずだったのに、できませんでした。

 もう間もないところまで来たのに、口の中へ虫入り野菜を無理矢理押し込まれた瞬間が目の前に浮かび上がり、思わず身を引いてしまいました。

 安心できる場所と信頼のできる相手を前にしても尚、実家での体験が地面の影のようにまとわりついてきます。ああ、忌々しい。


 食べれない物は他にもあります。

 レバーやホルモン、魚の内臓や生の刺身、それと苦い物は食べれなかったり、苦手だったりします。

 関門が多すぎるし、難易度が高い。根源とは、こんな苦労をしないと辿り着けないのでしょうか。


「僕は見捨てたりしませんから、ゆっくりやっていきましょう。」


 突然怯えて飛び退いたわたしを見た先生は、箸で摘まんでいたブロッコリーを自分の口の中へ放り込んでから、そう言ってくれました。食べようと頑張ったのだから、今日は十分だ、と。


 甘えてばかりではいけないと思っていますが、今は甘えさせてください。

 植え付けられてしまった恐怖は、いつの日か、必ず乗り越えます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ