先生にバレました
誕生日パーティーから一夜明け、先生にお持ち帰りされました。アサヒです。
朝一番から息苦しさで気を失いそうです。
リビングのテーブルの上に、先生の誕生日に差し上げた写真立てが、これ見よがしに飾られていました。
目覚めた直後のふわふわとした感覚が、一気に現実に引き戻されます。戻されるだけならいい。ショックで心臓が止まるかと思いました。裸で極寒の屋外に放り出されたかのような寒気に襲われました。
写真が、先生とカエデさんの二人で写っているものではなく、その後に撮ったもう一枚、二人とわたしの三人が写ったものにすり替わっていたのです。
写真立てのメモリーには、先生とカエデさんのツーショット写真が一枚と、カエデさんの分だけを切り抜いたもう一枚の二枚だけが入っている。それは何度も確認した。触れた気配は一度もない。この家に家宅捜索があって、写真立てがわたしの部屋にあった三ヶ月前もこの二枚だった。
今、この写真の存在を知ってるのはわたしと理事長と、先生。
その場にいたのがわたしだと認識できていないだけなので、当事者の先生も知る人物のうちに含まれます。
何故ここにこの写真があるのか。考えられるのは三つ。
一、理事長が悪戯で仕込んだ。
二、先生が思い出して取り寄せた。
三、何者かが今の現状・関係・環境を崩そうと企んだ。
あ、いえ、何故こうなったかを考えるのはどうでもいい。
まずい。
何がまずい? 言ってみろ。
先生が、カエデさんを撮りに行った自称・二人の娘がわたしだと気付くだろう。気付かれたら、カエデさんが命を落とす原因となった人物、ずっと追い求めた人物がわたしだと理解してしまう。
カエデさんを失う原因がわたしにあり、時間遡行を決行したという、二つの辛い真実を先生に伝えなくてはならない。
伝えたらどうなる。わたしの先生への好意が自発的で単純なものではなく、罪悪感からの物だという誤解に上書き保存される。両想いであっても厳密には違う物に変化する。今の関係が壊れてしまう。
知られるのはいいのです。いつか必ず伝えなくてはならないのですから。
でもそれは今じゃない。皆でそれぞれの誕生日を祝った次の日なんていう、幸せが一番高いところにあるタイミングで知られるのは最悪です。高高度を飛ぶ旅客機が墜落するようなもの。大惨事以外のなんでもありません。
「おはようございます。朝食はもうできてますよ。」
いつもは同じ時間まで寝ている先生が既に朝食を完成させ、お皿を並べ始めていました。
なにかおかしい。またしてもサワガニさんによる夢の干渉でしょうか。
言われるがまま顔を洗って、いつも以上にうまくいかないながらも髪を何とか束ね、椅子に座ります。
棚の上の写真立てからの圧力が凄い。無視するな、今すぐ自分を話題に出せと言っているかのようです。
何か言わなくてはいけません。こうやって見える形で置いてある以上、この写真についての説明と、カエデさんの人生を変えてしまったことへの謝罪をしなければなりません。
発言一つで相手に対しての印象は変わってしまう。先生に嫌われたくない。
「昨日の今日でこれは言いづらいのですが、アサヒさんには叱らないといけない事があります。」
食べながらでいいから聞いて欲しいと、先生から話が切り出されました。
内容は分かっています。その写真の出どころについてでしょう。
何かをしながら聞ける話ではありませんし、なによりも、食べながらというのは叱られる態度じゃない。箸を置いて姿勢を正しました。
開口一番、隠し事は無しだと注意を受けました。
わたしは世界で一番危険な魔法使いのサワガニさんから直接接触が図られる程の要注意人物です。二年生に進級する目前の若輩者。思考を誘導されて意図せず悪事に手を染めてしまってはいけないので、自分で判断するにもまずは相談を。とのことです。
以上、お説教終わり。
あれ?
おかしい。
三人で撮られた写真のこと、カエデさんの事はいいのでしょうか。これが本題ではないのですか。
おずおずと、写真が変わっていることを尋ねました。先生は写真立てを一瞥するだけで、特に気にしていないようなそぶりを見せます。
「コレ、あんまりな顔してますし、僕の顔だけ変えていいですか。」
おまけに、こんな事まで言い出してしまいました。
珍しい表情が撮れているのです。それを変えるだなんてとんでもない。いや、それはそれでいいんだけど、そうじゃない。
隠し事は無しというのなら、それは先生も同じこと。
三人の写真があることについての説明が欲しいです。わたしから尋ねるのではなく、先生のほうから話して頂きたく思います。
秘密は早いうちに、なんなら今この場で言って欲しい。
先生からの説明は、驚くほどにあっさりとしていました。
わたしが寝ている間に、先生はカエデさんの髪飾りが見ていたものを魔法で読み取って、カエデさんが見聞きしていたものを全て知ったそうです。わたしが髪飾りを受け取るあの日まで、全部。
その上で、わたし達三人が一緒に写っている大事な物の所在を推測した先生は理事長を叩き起こし、カメラからこの写真を持ってきた。以上。
「それだけ、ですか?」
「はい、それだけです。」
あの日、カエデさんは魔法が使えない身でありながら研究の成果を上げる優秀さに嫉妬した者によって致命傷を負った。悪事を働いた人物はその場で報いを受けて灰となった。わたしは彼女に直接手を下したわけではない。ならば彼女の死とわたしの行為に関連は無いと、先生は次々と言い並べました。
関係ないとは言いますが、そんなわけないでしょう。
わたしが過去に割り込まなければ、この写真の日の出来事は成功体験にならなかった。この動機がが無ければ召喚の道に進んでも、あの日に死んでしまう事はなかった。今日この部屋でこの椅子に座っているのは彼女だったはずだ。わたしが彼女から全てを奪ってしまったのだ。
その理論はこじつけになっている、と指摘を受けてしまいました。
確かに時間の転移や遡行は高度な魔法だけど、許可を出したのは理事長であり、わたしが独断で行ったわけではない。学園都市で一番偉い人物が、転移しても現代に影響はないと判断した。どんな改変が起きたとしても、カエデさんはあの日死んでしまった。と、話を続けます。
「黎明のアサヒさんを思い出してください。彼女はカエデの事を知りませんよ。」
突然現れて、この家に押し掛けてきて、わたしが寝た後、先生と二人でこのリビングで大人の時間を過ごしていた人物を思い出してみます。
先生を好きにならず、誕生日のプレゼントに失った妻の写真をプレゼントしようとも思わなかっただろう、人間嫌いのわたし。
彼女の姿はわたしの「もしも」だ。
あの人が選んだのは、先生に好意を持たなかったルートです。特別学級の皆も、先生もどうでもいい。どうでもいい相手の誕生日のプレゼントの為に危険な時間の転移などやろうと思わないでしょう。
過去に行かないのなら、関わっていない。カエデさんは生きているはず。それなのに、彼女はこの家に来た時に、カエデさんが居ない事を不思議に思っていない。居ないのかと口にしていなかった。
わたしが過去に行かずとも、どんな形であってもカエデさんは死んでしまっている。
先生はそう結論付けました。
わたしがカエデさんの死に関係ないとされた事に安心したのと同時に、わたし自身、ほっとしてしまったことに愕然としました。
何故安心したんだ。
どんなに手を尽くしても先生が一度辛い別れをするのが確定してしまったんです。それを認めなければならないのです。
カエデさんにも、現代で会えないだけじゃない。過去から写真を持ち帰らねば顔も知れず、行かなければ声も聞けなかった。先生を好きにならなければ、ついこの間までこの世で生きていた事も認知できなかった。
申し訳が立たない。
死の運命からカエデさんを救えない。例え別の選択肢を選んでも、先生に幼馴染との幸せな未来を手渡す事ができない。
カエデさんから思い慕う相手を奪ってしまう事が、先生の大事な人を救えない事が、申し訳ない。
「あいつが居なくて寂しいところはありますけど、アサヒさんがいますので、今の僕は幸せです。」
切っ掛けであっても、召喚魔法の道を歩んだのはカエデさんであり、誰もわたしを責めないから、自分で自分を責めないで欲しい。彼女が居なくても幸せを感じる事の出来る今を否定しないで欲しいと先生にお願いをされました。




