隠し事はいずれ明るみになる
言い出せないことがある。
アサヒがいつの間にか手にしている、妻のものだった木の葉型の髪飾りについて。
そして、学生時代の僕と妻が一緒に写っている写真について。
妻の髪飾りは、僕が作ったものだ。
この世に一つしか存在せず、最期の一時まで肌身離さず持ち歩いていたはずの品。
最初見た時は、彼女が言った通り、部屋の掃除の際にゴミの中から飛び出してきたのだと思っていた。
だからおかしい。記憶してるあの日の朝、ちゃんと身に着けていた。一度部屋を飛び出した後、忘れ物だと言って取りに戻ってきたのだ。
話を聞く限りではどうもその辺の辻褄が合わない。
アサヒはどうやってこれを手に入れたのだろう。リサイクルショップに並んでいたか。召喚の副産物で転がり落ちてきたのか。僕の記憶の方が間違っていて、彼女は最期の日、偶然髪飾りを外していたのか。
先刻までの大騒ぎは、彼女にとっては産まれて初めての誕生日パーティーだった。
ああいったものを教室で行うのは本来認められない。許可を得るために会議で彼女の名前を出した。夜明けの魔女を特別扱いしないと言ったものの、その名を出した瞬間流れが変わってしまった。自分が言い出した事を破る形になった部分は反省したい。
その年齢には似合わぬ落ち着きを見せる彼女だが、やはりまだまだ幼い。
泣いて笑って、大いに楽しんでくれた。場を用意した甲斐があった。
いつしか寝入ったアサヒは今、僕の寝室で夢の中。
解散時、連れ帰ることに顔を顰めたのは唯一の部外者、マツリの従者たちだけだった。身寄りのない生徒への支援の一環という建前があるので問題は無い。何か言い出しても主人が止めてくれると信じよう。
布団に寝せた際、アサヒの上着から転がり落ちたのが、妻のものだった髪飾り。
記録するための機能が無い物でも、何かしらの記録を有しているという論文を目にしていた。
その研究が本当ならば、この髪飾りが事の真相を記憶しているのではないか。そう思ってしまったのだ。
無ければ無くていい。あったとしても、きっと僕に報告した通りの状況で、何かあると感じたのは自分の思い違いだろう。
自分に言い聞かせながら、即興で作った魔法を使う。探査の魔法と要領は一緒。なんの危険もない組み合わせだから、予期せぬ挙動をすることもない。
僕の手で作られた髪飾りは、全て覚えていた。
彼女の、カエデの髪の上で、なにもかも。
アサヒは僕への誕生日のプレゼントとして、何一つ残っていなかったはずの、妻の姿が撮影された写真を持ってきてくれた。その写真を撮る為だけに時間の転移という難易度の高い行為を行っていたのだ。
どうやって写真を手に入れたのかを尋ねると目が泳いだ。なにやら歯切れの悪い態度だったが、そういうことだったのだ。
時間転移などと高度な魔法を使ったことに対しては、今更なにを語る必要もない。彼女は今や夜明けの魔女の称号を得た魔導師だ。心配ではあるけども、危険な魔法を使うなと言える立場に僕はいない。
初めて召喚を成功させたその日からカエデというあだ名が付いた彼女が、誰かを呼び出してしまったのは覚えている。
リボンタイの色から特別学級だと判断したのも覚えている。なんなら写真を撮られた事まで鮮明に記憶している。だが、その場に居合わせたはずの、肝心の召喚された人物の事だけを綺麗に覚えていない。
ついさっきまで、本当になにも覚えていなかった。
髪飾りの記憶を覗いた瞬間、まるで暗い部屋に灯りが点いたかのように思い出した。
これらが意味する事は、記憶の操作。誰かが僕の記憶を弄って、そこにアサヒが居た事を隠蔽していた。さらに、この髪飾りの記憶を開示した瞬間に封印が解けるように組まれていた。
犯人はカエデだろう。未来と過去が交差する中で、僕とアサヒが何も知らぬまま両想いになるように仕組んだのは彼女だったのだ。
カエデは、あの日に召喚した人物に会うために召喚を学ぶと言っていた。
ずっとその為だけに生きてきたから、魔法による事故で無念のまま逝ってしまったとばかり思っていた。最後の最後、土壇場で成し遂げていたのには驚くしかない。
彼女が作り上げていた召喚の研究は、暴発の危険性を指摘されて破棄されてしまった。今までずっと失敗だったと思っていたのだ。取り上げられる前に見つからぬようにコピーしておけばよかったと後悔しても仕方がない。
法を破り肉体関係を持つ程になったか、些細な事で仲違いを起こして荷物を置いたまま逃げられたか、何者かに攫われてしまったか……
どういった場面で行うかまでは想定されていないようだけど、カエデは、髪飾りの記憶を覗く行為が、過去に現れたアサヒの存在を開示するに値する機会だと考えていた。
好意を向けていた相手が複数いるが、お前は誰を選ぶのかと、死者によって試されている。
僕の答えは、両方。
アサヒはカエデを愛する僕を愛していると言った。そのアサヒが僕は好き。このことから、既にこの世に居ないカエデを今も想い続けることに問題も無い。カエデとアサヒも仲が良い。僕に二人を愛する資格があるかは疑問だけど、これでいいのだ。
と、全て知ってしまった僕だけど、知った事をどう伝えるべきなのかが分からない。
カエデが召喚の道に進んだのは一度の成功例から。結果として、アサヒがカエデを死に追いやったとも言えてしまう。
全て知ってしまった上で判断すると、僕はそうは思わない。
見知らぬ誰かに恨まれてしまい、警備の穴を突かれ命すら奪われてしまったのは残念だが、そこにアサヒやカエデの意思は介在しない。召喚の実験は成功したのだから、二人に落ち度はない。あれは事故だ。
時間転移の事を今日までずっと言い出せていないのは、自分がカエデを死なせてしまったと気を病んでいるからだ。
想い人が愛した人物が自分のせいで命を落としたなんて思い続けるのは辛いだろう。僕の誕生日から数えても数ヶ月。よく耐え続けていると褒めてやりたい。自責の念から解き放ってやりたいけれど、今まで隠していた彼女からすれば、僕に知られた事すら大きなストレスになってしまうだろう。
深い悲しみと罪悪感から痛みを伴わずして解き放つには、どういった話の流れを作ればいいのだろう。
見上げた棚の上には、僕とカエデのツーショット写真が、誕生日のプレゼントとして皆から贈られた写真立てに飾られている。唯一残っていたというのは嘘だ。時間転移の最中にカメラに収められたデータが狂っていなければ、この直後に三人で撮った写真も、アサヒは持ち帰っている。
「君がわからないのにボクが分かるわけないじゃん!」
写真の中で笑うカエデに、そう言われたような気がした。
カエデの突拍子な提案に対して、いつも考察するのは自分だった。
そう思い起こしたことで、話題を切り出す為の糸口が見つけ出せた。君がずっと会いたがっていた相手を傷つけずに済むかもしれない。ありがとうカエデ。
必要なものを回収するのは簡単だった。
理事長を叩き起こし、アサヒが過去から持ち帰った写真の入ったカメラを取り上げた。
中身はそのまま。三人で撮った写真も消去されずに残っていた。
腹をくくった理事長が、時間の転移を自分の判断で行ったと自白したけれど、そんなのはどうだっていい。僕を喜ばそうとした彼女の想いは本物だし、無事に帰還しているのも事実。今この時間にアサヒがアサヒとして存在しているのだからどうでもいい。
必要なものだけ頂戴して、自室に戻り、写真立ての中身を三人の写真にすり替えた。
今見直してみても、僕は本当に凄い表情をしている。
撮られた時には本当に意味が分からなかった。病的な程に写真嫌いだったカエデが突然二人で写真が撮りたいと言い出して、教室に連れ戻されたのだ。相互に好き合う者達が一堂に介した最初で最後の瞬間だ。この先の出来事がわかっていたらこんな表情はしなかっただろう。
この写真立て、時間経過で表示する写真を変える機能もあったけれど、狙ったタイミングで変化させるのは無詠唱魔法の使えない僕には難しい。
この写真を見てアサヒは驚くかもしれないけれど、今まで黙っていたことに対しての報いとして大いに吃驚してもらおう。
言うべきことはちゃんと報告するようにと、そう教えたはずなのだから。




