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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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一生のお願い

 一生のお願いとは何なのでしょう。

 子供によって安易に使われていて、世間知らずの子供のかわいいお願いであるためか、するほうもされるほうも認識の齟齬が起きることがあり、悲劇を産むこともあるものです。


 一生とはその人の人生そのもの。本人にとっては一番価値のあるものです。それを願いの対価とする。

 何でも願いの叶う願望器を手にするには、それこそ生涯を賭して追い求めるような情熱が必要です。そう考えれば、強い願いはその人物と等価になります。




 何もない個人にとって一番大きなものを対価に、目の前でその一生のお願いがわたしに向けられています。


 わたしはいま、その願いの為に一生を捧げようと土下座で懇願している酔狂な人物を見下ろす形になっています。この通り小さい身体で常日頃から誰かを見上げることしかできないわたしにとっては新鮮な気分ですが、相手を平伏させたいなどという趣味はございませんし、新たな性癖に目覚める事もありません。


「宿題を見せてください! お願いします!」


 彼はとても真面目な生徒です。わたしを含め普段から宿題をこなせない特別学級において、今日まで一回たりとも未達成だったことがありません。

 非常に優秀な人物であるという期待がかけられていて、それに応えようと必死なのはわかります。評価するのは先生ですし、一回サボったくらいではクロード君に期待する人達のように大きく落胆したりはしないでしょう。

 ですが彼は頑固者。手落ちがあってはならない。自身の経歴には傷ひとつあってはならないと怯えています。




 その依頼をするにあたり、クロード君は人選を間違えました。

 失態を隠したい人物に一番近いわたしに怠慢の事実を呈してしまったのです。宿題を忘れたという事実を横流しされてしまう可能性があり、わたしへの口封じまで必要になってしまった。


 先生が宿題を出す意図は、授業内容の消化ができているかの確認と、与えられた仕事を達成できるかどうかの評価です。

 抜き打ちテストで授業時間を潰すのが惜しいと口にしているのを耳にしました。だからわたしの認識は間違っていない。多分。


 完璧に見える彼にも抜けてしまう事があるのは人間だからしょうがない。だけど、事実を隠さず伝える前に一人で挽回しようとする。隠蔽しようとする。仕事に際し勝手に立ち回っても何も問題を起こさなければいいのですが、その多くは失敗すると言います。そういった部分が発見されてしまいました。そう評価できます。


 わたし達はまだ学生であり、これはただの宿題であり、自分や誰かが死ぬ大失敗ではありません。そういった落ちが必ずあると認識し、本当の危機に瀕した際に例え自分が失敗してもリカバリーできるよう考えるのが本題なのです。



 そう考えてみると、一生の願いとは、今この場で使うものでは断じてありません。

 使うべきではないタイミングで切り札を切ってしまう。後の備えがなくなって、崖っぷちではより鋭い判断力が試されることになります。未来の自分の首を絞めているのです。わかっているのかクロード君。



 人知れず、わたし達も与り知らぬところで世界を救ってきたと正直に申し出ればいいのです。

 学業が疎かになる程の大冒険で、その真面目な人物像に箔がついてしまった。なおさら宿題を忘れてしまった事実に対して受ける失望は大きくなる。そう考えると後には引けぬのでしょう。しかし諦めも肝心です。

 人間だってコンピューターと一緒です。一度にできる能力には限界があります。課題とは別の事情があったならそれでいいじゃありませんか。次にどうすればいいかを考えましょう。


 そもそもの話で宿題の内容は五人ともバラバラなのです。提出予定のわたしの宿題を見たところで写す時間も写す意味もない。言おうと思ったんですが、彼のあまりの必死さに気圧されてしまって言い出せず。困りました。


「クロード君、諦めましょう。」

「僕は諦めない!」


 固い決意を宣言したクロード君がわたしを見上げ、口を大きく開けたまま表情を強張らせてしまいました。

 なんですか、そんなにわたしの顔が怖いのですか。それともパンツでも見えてしまいましたか。その角度ならスカートの中は見えないと思いますが、今日のは可愛さを見せて回りたいくらいにお気に入りの一枚です。仮に意図せず見てしまったとしても、そんな顔されるのはとても悲しい。



 よく考えてみたら、彼はわたしではなく、顔よりも上の方向、つまり後ろを見つめていました。まるでこの世の終わりでも見たかのような表情から察するに、わたしの背後にいらっしゃるのは先生でしょう。


「あ、説明はしなくても大丈夫です。全部聞いてましたから。」


 案の定、先生が苦笑いで立っていました。

 教室に入るなり土下座で懇願するクロード君と呆れるわたしを見つけたので、途中から全て聞いていたらしいのです。何故他のみんなは教えてくれなかったんでしょう。


 今回のクロード君の失敗への対応は、隠蔽工作を試みた行為への注意のみ。事実上のお咎め無しです。

 クロード君は、わたしが想定した他人の評価のみならず、お小遣いの減額にまで及ぶことを恐れていました。何に使う為に貯めているのかわかりませんが、今この時期に減額されるのは非常にまずかったようです。欲しいゲームでもあったんでしょう。きっとそうだ。




 その後、一日中考えていたのです。

 わたしが自分の人生を全て明け渡す契約を結ぶ一生のお願いをするとしたら、誰に何を願うのか。


 願いを形にする魔法があれば、今この場で考えられる願いはおおよそ全て叶います。面倒な対人関係を断る為に自身を開け渡すのは何か違います。

 先生に万が一の事があった時に、助けて欲しいと誰かに頭を下げることがあるかもしれません。でもそれは一生に一度の願いではない。



 考えた結果、それは愛の告白だという結論に辿り着きました。

 一生を対価として捧げる行為。これはもしかして、もしかしなくても、好きな相手への告白そのものです。自分自身の全てを相手に明け渡す代わりに、好意を受け取ってもらう。そうだ。そうに違いない。

 わたしが使うべき一生に一度だけのお願いは、愛の告白なのだ。


「先生、一生のお願いがあります。」


 先生の家に入り、鍵をかけて二人きりになった瞬間を見計らって、わたしは背筋を伸ばして先生に向けて言いました。

 顔が強張るのがわかります。普通の子供であれば、一生のお願いとはワガママを押し通す為の方便。ただでさえ大人にとっては無理難題。それが、「夜明けの魔女」を冠するわたしから発せられた。考え方によっては全世界が震撼する一大事です。魔女とは、ほんの気まぐれで世界が滅びかねない存在なのですから。


「わたしを幸せにしてください。」

「……はい?」


 わたしの一世一代の大告白には、すごく気の抜けた、声にもなっていないような抜けた返答が返ってきました。



 一生をかける程の願い事はそう簡単にするものではないと教えるつもりでいた。

 高額な杖や服、または本が欲しいと言うのなら、一年生であるため時期が早いと宥めるか、どれか一つだけを選ばせるつもりでいた。

 子供が欲しいなどというあまりに気の早い願いだとしたら、先日の性教育を復習させるつもりでいた。

 そんな風に、先生は、わたしが一生の願いを持ち出した場合の展開を予想なされていました。


 身の回りの物は身の丈に合ったものが一番です。杖だって今の初心者用が大きさも軽さも手に馴染みます。それに、わたしの身体は大人の身体になる前の成長段階にも至っていない。細胞を解析して生殖細胞を作り、胎児を発生させ子供にするなんて人理を越えた所業をしてまで子供が欲しいとはまだ思えません。子供というカスガイが無くても二人の関係が拗れることなんてないのです。



 とにかく、わたしが言い放った願いは先生にとっては本当に想定外。

 一生のお願いを愛の告白と認識した経緯をお話しして、納得もしてくれました。


 一生のお願いとしてわざわざ宣言して、事あるごとに確認するまでもなく、先生と幸せになるのがわたしの願いです。


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