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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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雪の日の夢

 宿舎の玄関先が真っ白でした。

 今日に限ってカーテンも開けず部屋を飛び出したので、こんなに雪が積もってるとは思ってもいませんでした。


 玄関から道路まで続く道は、学園都市の環境整備に従事する皆さまの手で夜が明けるよりも早くから行われた作業の甲斐もあって歩くのに支障はありません。両脇にはわたしの背の高さよりも高く積み上げられた雪の壁があります。


 夏は実家より涼しい学園都市。まさか豪雪地帯も兼ねていたとは。

 量だけならば巨大な雪像がいくつも作れそうな気がします。こんなに積もっているのにまだ降ってます。



 学園に到着して異常事態だと教えられるまでは、これほどの大雪は珍しくないのだとばかり思っていました。

 体感した事のない豪雪地帯の大雪に一時は興奮しましたが、異常だと知ってしまうと、音もなく積もり続け、景色を白一色に染め上げていく光景は怖いと感じてしまいます。

 窓の外を見ていなければ深々と降り積もる事実を認知できません。知らないうちに事が起こっているのは恐ろしい。


 今日は、雪遊びに興じたいクラスメイトをポールが抑えようとする変わった光景が見られました。

 雪に苦い思い出があるようで、いつもならば売り言葉に買い言葉で向かっていくのにずっと及び腰でした。



 一日の授業が終わる時間になっても雪は止みませんでした。

 学園都市はこの記録的降雪量に対処しているなかで、魔法の使えない職員による手作業での除雪から、魔法使い有志による学園都市全域の気温を上昇させて雪を雨に変える試みに切り替えられました。

 それが仇となったのか、今は水をふんだんに含んだ重い雪が降り積もっています。何事も、対策したつもりが逆にさらなる状況の悪化を招いてしまう失敗はあるでしょう。


 天気が非常に悪いことで、今から宿舎には帰れません。

 教室から見えるのですが、道路は現在作業中ながら捗っていない模様。外に居る大人の膝の上まで雪があって手の打ちようがないように見受けられます。これだけの悪天候ではそれなりに近い宿舎へ戻るのも大変だと思います。


 聞かれる前に答えます。校則をしっかり守って魔法無しで帰るのは無理です。

 除雪作業を頑張っては頂いていますが、自分の身体を越える積雪に対してどうしろというのでしょう。雪を除ける為に魔法の使用許可を取るにしても、一年生がそれを得るのは至難の業。最近の理事長は留守が多くなり相手をしてくれません。ともなれば、最初から登校しないのが最善策だったのかもしれません。


 宿舎がダメなら先生の家が選択肢のうちに入ります。ですが今日は校舎から出ること自体が難しい。事実上、閉じ込められてしまったと言えるでしょう。




 ほぼ全校生徒が帰宅難民となった学園が出した苦肉の策。それは教室での宿泊の許可。

 同時に、今晩に限り魔法がある程度解禁となりました。


 こんなときに便利なのは自分を全く別の場所に送る転移の魔法。

 先生も使うことのできる転移の魔法は、位置の指定を間違えると岩や壁や植物の中に飛んでしまうなど、失敗時のリスクが非常に大きいので生徒達ではごく限られた数名にのみ許可されています。便利ではあるものの行使する彼らのみに負担をかけてしまう為、今回は許されていません。


 滅多にない教室宿泊を永遠に楽しみたいと時間を引き延ばしたり、早く帰りたいがために時間を圧縮したりも許されていません。

 授業で教えられ、一般常識として許される範囲でのみの解禁です。




 たまに様子を見に現れる先生を心待ちにしながらの、特別学級の特別な時間。

 いつもの教室のはずなのに、不意に違和感を覚えました。


 終業時刻が過ぎればすぐにこの教室を離れていたので、普段は見ない時間帯の教室は今と同じなのかもしれません。

 何だろう。何かが違う。

 積んである教科書の順番が違うとか、脱ぎ捨てた上着の裏表が違うとか、自分以外の誰かが自分のものに触れた後のような、何かがある。ここはいつもの教室じゃないと思っている自分が心の中に居ます。


 皆の様子を窺いますが、そこに変わったところはない。いつものクラスメイト。

 いいや待て。違う所があるじゃないか。いつも皆の暴走を止めているのはクロード君だ。今日はなぜかポールじゃないか。



 ひとつ気付くと色んな違いが見えてきます。

 ナミさんの天然パーマがいつもよりしっとりしている。彼女の髪は天気が悪い時は絶対にまとまらない。だからいつも雨の日は二つ結びで過ごしています。でも今日はそのままだ。

 マッシュの身体が筋肉質。どんなに鍛えてもその年齢でその領域に至るには才能や努力を越えた遺伝など先天的なものが必要だ。そんなムキムキになれるわけがない。

 ポールとクロード君は立場が入れ替わっている。どうして今まで変だと思わなかったんでしょう。


 教室全体は見回す必要もありませんでした。

 部屋の中の全てが左右逆転しています。今まで気付いていなかったんです。

 逆転した教室の夢といえば、必ずあの人が現れた。出会いたくもないあの人が。



 考えたくはなかったけど、考えてしまいました。

 明晰夢というのは自分の思考がそのまま反映されてしまうそうです。つまり、今この場にサワガニさんが現れてしまう。


 いいかアサヒ、これはただの夢だ。

 いつの間にか眠ってしまった。教室に居る夢だったから入眠に気付けなかった。たぶんそうだ。

 決して何者かの攻撃を受けていて全員が眠ってしまったなんてことはない。ここは学園都市の中枢だ。警備体制は万全でいちばん安全なのだ。


 深い雪の中を歩くなんて久しぶりだったから疲れたんだろう。大丈夫だ、落ち着け。落ち着こう。

 動揺してもしょうがない。目を閉じて、深呼吸。




 目を開けるよりも先に、ノックもなしに扉が開く音がしました。

 先生は必ずノックをします。今入ってきたのは先生ではない誰か。

 足音だけが近付いてきます。これはもう明らかに先生のものではありません。


 先程まで居たはずの、ただの騒めきとなっていた特別学級四人の話し声は、聞こえなくなっていました。

 サワガニさんが堂々と入ってきたのに驚いて硬直しているのか、最初から居なかったのか……


 ああ、目を開けたくない。目の前にはサワガニさんが居る。たぶん間違いない。

 彼自身への畏怖というか、二ヶ月前に差し伸べられていた手を無視してしまった後ろめたさがとても大きい。それが打算的であっても親切に対して合わせる顔が無い。

 薄目でそっと見てみよう。わたしが目を閉じているのを見た先生が気を遣ってくれているのかもしれない。至近距離に先生の顔があったら幸せだ。夢ならば、サワガニさんではなくこっちを実現してほしい。




 恋する乙女の淡い期待は簡単に裏切られました。


「おはよう、アサヒ・タダノ。」


 絶対というものは無いんだなと、改めて思いました。

 目の前には、やっぱり彼が居ます。サワガニさんからの干渉は金輪際ありえないとまで言ってくれたのに、その言葉が偽りのものとなってしまいました。

 今日の彼はニタニタと笑ってはいませでした。理事長と先生の強固な防御を突破している以上、笑っている余裕は無いのでしょう。

 それと、以前よりも成長した姿で目の前に居ました。背の丈は先生と一緒です。


 そんなことよりも、だ。皆は? 先生は?

 今見えているのが夢だとして、どこからが夢なんでしょう。違和感は降雪から既にあった。だけど外の寒さも降る雪の冷たさも足の重さも全部覚えている。よもや、これすらも夢としての体感なのでしょうか。


「どこからが夢かなんてどうでもいい。我々がこうして話せることのほうが重要だ。」


 刻限が近いとサワガニさんは呟き、こちらの聞く態度などお構いなしに、サワガニさんは台本があるかのように語り続けました。



 未来視で視えた未来を最初にクロード君が変え、次にわたしが変えている。これは以前も聞きました。

 そこから始まったズレがどんどん大きくなっているそうですが、自分が死ぬ未来が変わるのならばと見逃してくれていたそうです。

 一呼吸置いてから、未来が変わった結果、自分の死期が早まったと苛立ちの籠った声で吐きだしました。


「結果は変わらぬ。我が死ぬ。」


 自身が死ぬ未来を変えたくてもがいている。その気持ちはわかります。それとわたしに何の関係があるのでしょう。身に覚えがありません。




 あ、すみません。前言撤回させてください。ありますね。

 全くそんな気はないんですが、現状、サワガニさん早死にするように先手を打って駒を進めているのは他でもないわたしです。彼からしてみれば、サヴァン・ワガニンの打倒を願って動いたり考えたりしてるように見えるのでしょう。


「我が憎いか、アサヒ・タダノ。」


 サワガニさんの事をどう思うかと聞かれれば、正直どうでもいい。

 わたし自身何らかの因縁があるわけではありません。先生も、カエデさんとも接点はありませんし、そういう関わりがあったとも聞いていません。クロード君やサワガニさんの仲間たちによって大変な目に遭っている皆様には悪いのだけど、本当にどうでもいい。


「お前程の自分よがりを見た事がない。お前は我以上の外道だ。」


 クロード君を自分好みに育てる為にあらゆるものを利用し尽くして、それが結果として他人の命を奪うことになっているのに対して何の感情も抱いていない。サワガニさんはわたしの事を自分勝手な人間だと非難してくれました。


 ちょっと待ってくれサワガニさん。なんだそれ。わたしが好きなのは先生であって、断じてクロード君ではないのですが……?

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