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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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囁きの手紙

 先生が逮捕される事件から二ヶ月とすこし。

 草木の枯葉が地面を彩る季節から、雪化粧が始まる季節になりました。

 庭先に放置されたバケツに溜まった雨水にも氷が張るようになり、本格的な冬の訪れを感じずにはいられません。



 あれから、環境が大きく変わりました。


 わたし達特別学級に対して、直接蔑んだり見下したりの言動は見られなくなりました。

 直接言わないだけで心の底ではまだ燻っているのかもしれませんが、食堂に入った瞬間賑やかな空間が静まり返ったり、聞こえるような大声で魔法が使えない者に対して罵言を放ったりする挑発行為がなくなりました。



 逮捕されて、家宅捜索を受けて、会議の槍玉に挙げられて、普段の活動とその成果が白日の下に晒されたことで、先生の評価が大きく上方修正されたのです。

 逮捕された前歴を持っているという情報は事情を知らない部外者からすれば非常に悪いイメージになります。

 人として、教育者としての素養を疑われるのは序の口。そんな彼から教育を受けた生徒、犯罪者に生徒を任せる学園、ひいては学園都市全体の評価に繋がります。使用する側からすれば、疑われた時点で解雇するぐらいのリスクヘッジが求められます。

 いちばん近くで見ているからこそ、再評価されたのはとても嬉しい。



 先生の評価は特別学級にも及び、それぞれ何かに特化した才能を秘めている者達であると噂されるようになりました。

 生後間もないうちからサワガニさんを撃退したクロード君をはじめ、早熟で既に才能の限界を迎えているわたし以外はみんな光るものを持ち合わせています。特別学級は普通にも満たない厄介者を集めた問題児の集まりではありません。

 先生がわたし達の素質を見抜いてくれていたことに、他の人達もようやく気付き始めたのです。



 今回の事件の真犯人、先生が内通者だと訴えた人物の行方はわかりません。

 わたしは先生が戻ってきてくれたのでどうでもいいです。彼の進退に関わりたくないのです。


 探査の魔法を使ったのは管理してる先生が見ればすぐわかることなので、魔法を使ったことは先回りで謝りました。

 本物の内通者を見つけ出せたのは確かですが、やはり子供の言い分ということもあって先生の無実を証明するには不十分。正直な感想を述べると無理をしてまで使う必要はありませんでした。


 こっぴどく叱られるのは覚悟していましたが、あまり無理はしないで欲しいとだけ言われたきりでした。危険なことをしたというのに怒られないのは怖い。とても怖い。ボールのように転がるほど強い力で蹴飛ばされるのよりもずっと怖かったです。



 そして、今回は特に何もしていないクロード君。

 遅々として進まぬ状況に業を煮やし、自ら陣頭指揮を執って学園の革命を為さんとする国王陛下の怒りを無事に鎮めてみせたという存在しない武勇伝が産まれ、ついでにマツリさんとの関係が外堀から埋められることになりましたが、それはまた別の話。








 宿舎に入ってから一度も使っていなかった郵便受けに、わたし宛の手紙が入っていました。

 それを、何のためらいもなく開封。

 内容を見てしまってから、何の疑問も持たずに封を開けてしまったのを後悔しました。差出人の名前が無いのを疑うべきでした。


 差出人の名前が消える仕掛けは魔法で行えばいいですし、そもそも魔法すら必要ありません。温度や摩擦で書いたものが消えるペンも世の中には存在しています。

 幸い、開けた瞬間発動するトラップが仕掛けられていたり、毒が塗られていたりはしません。手紙の内容は一行だけ。


『師の死を回避したくば我が元へ下れ』


 先生が死ぬという未来は、学園都市の中ではわたしと、報告を受けた先生と理事長の三人しか知りません。そしてその未来を視たのはサワガニさん。

 差出人は不明のままですが、この手紙がサヴァン・ワガニンから送られたものと考えていいでしょう。

 認識した事で彼からの精神干渉を防ぐ魔法が破られてしまうのではないかと身構えましたが、そういうわけでもないようです。


 先生が死ぬ未来。それを回避する為にサワガニさんの手先になれという話。

 あれだけ熱心に勧誘されていたのに、すっかり忘れていました。




 封筒の消印を確認してみます。

 日付は二ヶ月前。ちょうど、わたしがこの部屋に引きこもって六日目。学園都市中央駅の郵便局の消印でしたので、届いたのは翌日、つまりわたしが探査の魔法を使った日の事。

 郵便物が届くなんて思ってもいなかったので、この手紙を二ヶ月間放置していたことになります。


 ちなみに、この手紙以外に届くものはなし。

 実家からの、一時の衝動で感動したことを悔やんだ謝罪や、反省するなら復縁をしてやるという高圧的な態度の手紙は入っていませんでした。


 『親はどんなに醜い姿になろうと子を愛するもの』と非常に押しつけがましく語る作品を読んだばかりでしたので、わたしの身を案じて何か届けてくれているかもしれないと淡い期待をしていたのです。自分達が望んで作った子供ですら替えのきく消耗品のように激しく扱っていたあのクソ両親に期待したわたしがバカでした。


 わたしの居場所はこの学園で、先生の傍です。あと何度思い出すことになるかわかりませんが、その度に忘れながら生きていきましょう。親不孝で構いません。わたしの事はずっと目の上のたんこぶだったのです。双方忘れて過ごすのが一番の親孝行でしょう。親子の愛情は、先生や、いずれ産むことになるであろう子供達に向けてやりましょう。


 親からの愛情がどういったものなのかは色々な物語で学習しました。わたしが受けた行為が良くない者を産み出す遠因というのも理解しています。理解はしてるけど、この身体と心には悪しき循環が呪いのように沁みついてしまっている。上手く切り分けて接することができるかどうかはまだわかりません。悪い物に育てられた身でも良い子を育てられるよう、先生にも助力を得るつもりでいます。




 それはそれとして、サワガニさんからの誘いについて。


 どれだけ考えてもすぐには答えが出せなかったのは事実。

 無気力に一週間過ごしていたそのタイミングでこの手紙を見ていたらどうでしょう。憎むべき敵とはいえ、八方塞がりを打開できる願ってもいない助力の申し出です。



 サワガニさんが状況を掻き回せばそれは学園都市どころか魔法使いの社会全体の問題になります。そうなれば、その尖兵と疑われた先生への処分どころではないでしょう。彼は大事な部下を救いに来たとお題目を掲げて学園をめちゃくちゃにすればいい。クロード君が混乱の最中に尊い命を散らすことになればサワガニさんの勝ちは揺るぎないものになり、変えられぬ未来を書き換えて勝利の栄光を手にすることができます。


 断頭台に立つ先生を説得して学園から引き抜けば、わたしと先生の二人を強力な味方として闇の勢力に加えることができる。それが叶わなくても、願いを形にする魔法を持つわたしだけは回収できる。この展開はサワガニさんにとっては全てが好都合。



 反対に、わたしに何の利点があるかと考えると、あまり無いように思えます。

 先生への処分はうやむやになるかもしれないし、先生と二人で誰にも邪魔されることなく過ごせる環境を貰えるかもしれない。

 ポジティブに考えればそうなりますが、学園都市の根底に携わるほどこの都市を愛する人間が、恋人に唆された程度で立場を捨てることができるでしょうか。


 闇の魔法使いの襲撃が行われれば学園都市はメチャクチャに破壊され、住む場所も学び舎も学友さえも失うことになります。仮に人的被害が無くて全員無事であっても、鞍替えは学園を離れなくてはいけない。先生がサワガニさんの誘いを断れば、先生とも一緒に居られなくなります。戦いになり、命を落とすことになればなおさらです。




 対等な契約ではありませんが、思考が鈍っていたあの日のわたしならば誘惑に乗ってしまっていたでしょう。

 他の誰でもないわたしがサワガニさんの手先になるところでした。


 罪人として職を失えば社会的には死ぬのも同然。わたしから見ても、二度と会えないのでは死んだのとなんら変わりはありません。

 なるほど。これが先生が死ぬという予言の真相か。


 サワガニさんからは、わたしが先生を愛するあまり悪事にまで手を染める未来が見えたのでしょう。わたしが目的の為ならやってはいけない事に手を染めることも厭わない人間であることは認めます。でもサワガニさんからの勧誘は可能な限り跳ねのけてみせます。目先の物事を解決するだけでいいほど世の中単純ではない。恋する乙女でも、悪事の先まで見えなくなるほど盲目でもないのです。





 既に終わってしまった物事なので、捨ててしまおうと手紙を折り畳んだところで思い直しました。

 夢を使った誘導を妨害されたサワガニさんが、物理的に接触を図ろうとしていた証拠です。


 一応、これも先生へ報告しておきましょう。

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