疑心暗鬼は有能な者を吊る
突然ですが、先生がサワガニさんと関係を疑われました。
身の潔白が証明されるまで、先生はポールとマッシュを騙った二人組と同じ留置場に置かれる事になりました。
理事長直属の部下であり、学園都市全域を網羅する探査の魔法を扱える人物であること。都市運営の機密を担っていること。そして特別学級出身の要警戒人物という視点から、その監視体制は警備隊史上初。
三つ重ねた封印の魔法陣で本人の魔法を封じた上で、外部からの干渉を二段階の防壁で遮断した厳戒態勢。
勾留された部屋には監視カメラが四方から向けられていて、意思疎通ができるのは施設内の別の棟にあるモニター室からのみ。
味方組織に多大な被害をもたらした敵を拘束したかのような扱いです。
先生は学園と魔法使い達に嫌われながらも、ずっと彼らに貢献してきました。その仕打ちがコレというのはあまりにも酷すぎると思います。
先生の家は家宅捜索という名目でめちゃくちゃに荒らされてしまいました。せっかく掃除したというのに何もかもめちゃくちゃです。
土足で踏み荒らされる部屋を、わたしは立ち入り禁止のテープの向こうから眺める事しかできませんでした。
何もしていないので当然ですが、わたしと先生の関係を良く思わない人達が求めていたであろうナニガシの証拠は残念ながらありません。
これは全て面倒な連中への対外的なアピールであり、すぐに釈放される。
先生の逮捕翌日の朝、理事長から特別学級に向けられた説明ではこう言っていましたが、実情が全く別物。
すぐというのはいつでしょう。もう一週間になります。
先生は既にサワガニさんの無意識下で支配下にあり、本人は一挙一動支配されているにも関わらず、自分が彼に従っているとすら思っていない。最盛期の素晴らしい環境で学びながら魔法使いとしての道を踏み外した外道である。
そういった感じに、ここぞとばかりに先生を糾弾する声が上がっているという話を聞きました。
理事長の説明の後の事は覚えていません。自分の部屋で、制服の上着も着たままベッドの上で目が覚めました。
それから一週間、部屋からは一度も出ていません。
部屋から出る必要がありません。
食事も魔法で作り出せます。使った魔力は寝れば戻ります。トイレは元からユニットバスと一体型。全て魔法だからゴミも出ません。
料理の味の再現は四日目に止め、三食食べるのも五日目から止めました。ほぼ毎日の先生との食卓と、乱暴に押しのけられたいつものテーブルを思い出して辛かった。
ずっと欠席している特別学級は学級閉鎖状態だと聞きました。
優秀な生徒達との授業をしてみたいと願う教師はいたようですが、教室はもぬけの殻だったそうです。
ポールとマッシュ、そして授業に対して人一倍真面目なクロード君の姿まで見えなかった。この事態に対しては教師が犯罪を犯していたことを突然通知された為の心的外傷であると判断されてすぐに相談窓口が設けられたようです。
わたし自身、そんな場所に行こうとは思えません。先生は犯罪者じゃない。
前提から違う相手からのカウンセリングなんてのはただの洗脳です。
扉の向こうから、今日もナミさんとマツリさんの呼び声がします。
部屋に籠りきりになってしまったわたしを心配してくれる優しさは嬉しいです。ですが、先生に対しての風評被害は重なるばかりという良くない現状報告は聞きたくない。すみません。
女子会などで先生と会わずに過ごす日はありましたが、こんなに長いのは初めてです。
理事長はすぐだと言った。だけど、わたしの感覚でのすぐの時間はとうに過ぎた。理事長が言うすぐというのはいつなのだ。探査の魔法は張られたままなので通信はそのまま使えます。昨日理事長に聞いてみましたが、返答までに半日を要した上に、返ってきた答えは「大丈夫だから待っていろ」の一言のみ。理事長は信じたかったけど、信じられなくなってしまった。
疑い始めてしまうと、慎重に捜査が進められているというのも疑わしい。
先生が裏切り者で内通者であるという前提で話が進んでいて、その前提を確定させるために何でもないものに意味を持たせ嘘を塗り固めている最中ではないのでしょうか。ズレた眼鏡を直す指の動きをハンドサインに見立てるなんてこじつけにも程があります。
逮捕されてしまった報告を聞く前日、また明日と手を振った先にあった先生の顔が頭から離れません。
万が一の可能性もありませんが、先生がサワガニさんの手に落ちていたとしたら、わたしを一人の人間と扱ってくれた今までの全てが嘘ということになります。全てわたしを上手く利用しようと謀って、人生経験の無さから勘違いの恋人関係に落とすのが一番手っ取り早いと判断し、そのように動いていた。
これは絶対にありえないと言い切れます。サワガニさんが自ら枕元に立って、言葉巧みにわたしを都合よく動かそうとしていたのがその証拠。
あれからサワガニさんは夢に現れません。彼からの干渉を遮る魔法が効いています。敢えて断つ必要などどこにもない。
「先生に会いたい。」
ぼんやりしていたせいなのか、思考がそのまま口に出てしまいました。
扉の向こうの二人はもう居ません。無視する形になっているのは申し訳ないです。先生が戻ってきたら、その時に謝ろう。
ふと、机の上に視線を向けると、ここにあるはずのない物が置いてあることに気付きました。
先生の家にあるはずの写真立て。先生の誕生日に皆で選んでプレゼントしたものです。これの記録媒体は写真以外のデータも入れる事ができるので家宅捜索では真っ先に回収されて、中身を分解され解析されてバラバラになってしまったはずのもの。
おそらく、先生が捜査員の手に渡る前にわたしの部屋に転送したんでしょう。写真はなにひとつ変わらず。戸惑う先生と、苦手だったものに果敢に立ち向かった笑顔のカエデさん。
『これだけは触らせたくないのでお預けします。情けない教師ですみません。』
机に向かうと、写真立てだけでなく、メモも添えられてるのを見つけました。
どんなに尊厳を踏みにじられようと、カエデさんと、特別学級の生徒達からの想いは傷つけさせないという先生の意思を感じます。
時計を見ていないので、どれだけの時間をそうしていたのかわかりません。
二人の写真の前で泣いていました。泣いてみたらスッキリしました。吐きそうな時に吐いてしまえば楽になるのと同じようなものかもしれません。
刻一刻と酷くなっていく状況に対して何もできないと感じて無気力になっていた自分が情けない。なにをしているんだ。
わたしは願いを形にする魔法の唯一の使い手だ。黎明の魔女(予定)だ。
状況を一気にひっくり返す事はできなくても、小石一つを投げ込む程度の力はあるはずだ。
先生は今、味方が居ない。
理事長は見ての通りアテにならない。わたしもあの人を信用できなくなってしまった。
それだけにとどまらず、わたしがこうやって閉じ籠ってしまった事で特別学級の団結も揺らいでしまった。先生がなかなか釈放されない理由は、本当に裏切り者だったからと思い始めてしまっている。
たとえ世界全てが先生を排除すべき邪悪と断じたとしても、わたしだけは先生を信じなくてはいけない。
なぜかと理由を問われれば、わたしは先生が大好きだからと答えよう。好きだという感情は、信じる理由に値する。
先ずすべきは、知ること。
情けない話ですけど、わたしはなにもわかりません。具体的になにがどうなったのか分からないまま今までのほほんと生きてきました。生きる事ができたのは、全て先生のおかげです。
都市上空の、探査の魔法は術者不在のまま展開され続けています。情報収集するのならこれを使わないのはもったいない。
わたしに扱える代物なのかという疑問は残ります。でも、やるしかない。
「えと、『学園都市監視ネットワーク:接続要求』?」
クロード君が起こした召喚器の事件の折、一度だけ聞いた探査の魔法に繋がる呪文を唱えてみます。
四角いガラス板のようなものが目の前に現れて、その中にデジタルフォトフレームと同じような画面があって、わたしの名前を表示しています。やりました。
なぜわたしの名前が既に入力されているのかわかりませんが、間違いは無いのでそのまま次の項目に移ります。
「あー、なんだっけ、『開始』?」
力が一気に抜ける感覚がありました。監督の居ない状態で初挑戦ですが、探査の魔法を扱う準備ができました。
いざ、学園の深部へ参りましょう。
今にも泣き出しそうなナミさんに揺すられて、わたしは目を覚ましました。
口の中が鉄臭いと思ったら、両方の鼻穴から血が垂れ流しになっていました。急激な圧力に負けて細い血管が裂けてしまったんでしょう。
探査の魔法と繋がった瞬間、その時点での学園都市のあらゆる情報が大津波となって頭の中に押し寄せてきたのは覚えています。全てを受け止めるのにわたしでは力不足で、濁流に呑まれて意識を失うと共に探査の魔法との接続も切れてしまいました。
改めて、先生の凄さに感服いたします。
正直、膨大な情報量の中から自分が欲しいものだけを引き出すなんてわたしにはできそうにありません。
先生はあれを耐え抜いた上で魔法を使いこなしている。これだけの負担を追いながら平気な顔で任務を全うする。ここまで貢献してくれる人を今、学園は糾弾してしまっている。敵の方が評価してくれるのだ、むしろ裏切ってしまったほうが楽なくらいだ。
理事長がアテにならないのだ。やるんだ、わたしが。
探査の魔法、二度目の挑戦では噴き出す鼻血の勢いで仰け反ってしまいました。
突然の凶行に何がなんだか分からないナミさんとマツリさんに見守られ、何度も気絶と再接続を繰り返しつつも、わたしが欲しかった情報は集められました。
先生の無実は既に証明された。理事長から先生を解放せよとの鶴の一声も二日目には出ている。
それがなぜ、よりいっそう悪い噂が流れ、わたし達が望まぬ方向に流れてしまっているのか。
居るのだ。本物が。
サワガニさんの手の者が、また学園内に入り込んでいる。
いま疑われた先生が裏切者として処分されれば危機は去ったと見做される。そうなれば、自分への疑いを晴らせると思っている。
先生は、そんな姑息な相手を炙り出すつもりでいるのだ。
なかなか尻尾を掴ませない敵を前に、一人で悩む理事長のため息も聞こえてしまいました。
優秀な人物が厳しい監視の中で身動きが取れない。悪い噂は千里を走り、このままでは先生は本当に裏切り者として皆に嫌われてしまう。早急に手を打たないと全てが水の泡になる。このままでは手詰まりだ。
いま、わたしは誰がその裏切り者なのかまで把握できています。
これを誰かに言っても信じてはくれません。相変わらず、わたしの話を聞いてくれるのは先生ぐらいなものです。
ああ、いやいや、もう一人居るじゃないか。理事長が。今はちょっと信じられない相手だけども。
わたしは知ったぞ。さあ次は何だ。何をすればいい。
大好きな先生を救うために、わたしができる事はなんだ。




