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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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夕暮れに花は咲く

 相手が扉を蹴り開けるのが発走の合図です。

 来るのは分かっていて、その為に心の準備も終えていたというのに、その瞬間が来るまでの一瞬はとても長く感じられました。


 扉が開け放たれ、誘拐犯が窓枠に手をかけているわたしを見て驚くのを見届けてから、わたしは外へと飛び立ちました。

 ごめんなさい嘘です。手を滑らせてしまい頭から落ちました。緊張の続く状態だとしても運動神経無いですね、わたし。


 飛び降りる事は魔法があれば怖くありません。お屋敷の屋根裏部屋に閉じ込められた時の脱出に際して行ったことがあります。

 すり傷一つ無く降り立ってしまったことで魔法が使える事を疑われたので、あの時の飛び降りは成功したけど失敗でした。



 着地をするために魔法で作るのは風船。落ちてる最中に体勢が変わったので背中で受ける事が出来ましたが、弾かれた勢いを使って綺麗に着地はできません。やっぱりずっこけます。

 風船は用済みですが、ついでなので浮かせて追っ手の目くらましにしましょう。


「ちくしょうジャマだ!」


 振り返ってはいませんが、誘拐犯の一人が風船に何かを投げつけたようです。これは予想通り。風船は思い切り大きな音をたてて破裂しました。

 見つからずに誘拐を成功させるのが相手の勝利条件なら、最も嫌がるのは大騒ぎで見つかること。

 捕まって大声をあげるのは先に眠らされてしまうかもしれないので最後の手段です。




 夕暮れの街をわたしは走りました。産まれてから今までの分と、これから死ぬまでの一生分を全部走ったんじゃないかってくらい走りました。

 空き瓶の多い裏路地から始まって、一度外壁にぶつかってからは建物沿いにとにかく曲がって曲がって、途中で待ち伏せていた一人の股の下をくぐり抜け、ついでに股間に石ころを命中させ、人通りの多い道に出たところで車に轢かれそうになり、道端で寝てる人の足を踏んづけて怒られたりしながら。


 ただでさえ運動神経悪い上に魔法まで使ってるのでとにかく体力が続きません。足がもつれて何度も転びました。

 それでも逃げます。理解の無い大人になんて絶対捕まりたくはありません。



 あまり長くは続きませんでした。


 もう何枚目か分からない壁で道を塞いだところで身体が言う事を聞かなくなってしまいました。

 作った壁に手をついたまま座ってしまったので、今この身を預けているのがわたしにとっての最後の砦。

 息は上がり、身体も熱く汗びっしょり。視界はぐらぐら揺れて、全身が濡れた厚着を着込んでいるかのように重い。諦めたくないけれど、限界です。

 


 これだけ派手に大騒ぎしているのに、学園の先生達は現れません。

 おまけに誰も見向きもしません。小さい女の子が男に追われているというのに。

 人との関わり合いを避けるのが魔法使いらしいのですが、トラブルに巻き込まれたくないということなんでしょうか。


 まだ入学前なので学園の生徒ではありません。ここに行けと指示を出した親からは何らかの連絡は行っているはずですが、わたしは入学の為の書類にサインもしてません。

 家で問題ばかり起こして匙を投げられたような子供を生徒として助ける理由があるんでしょうか。


 ここで誘拐犯に攫われどこかのお金持ちに買われて使用人として一応は身の安全を保障された生活を送ったほうが正解なのでは?



 ふわっといろいろ思い浮かびましたが、ダメです。

 それはわたしが納得しません許しません。




 歯を食いしばり、重い身体を起こします。

 こんなに疲れたのは初めてですが、魔法はまだ使えます。たぶん。

 助けは来る。絶対に。親切にも先に食事や寝床の準備をしてくれているんでしょう。魔法使いのゲテモノ料理フルコースをごちそうしてくれるかもしれmせん。楽しみですね。


「やっと追い詰めたぞ」


 向かおうとしていた先の角から誘拐犯の一人が現れました。追いかけっこもここまでのようです。

 捕まったら大声で叫ぼうと思っていたんですが、そんな体力も残ってませんでした。わたし、力の配分もヘタクソです。


「なんだよコイツ、呪文も唱えずぽんぽん魔法出しやがって。」

「チビにしか見えないが間違いない。魔女だ。」


 誘拐犯が集まってきます。そしてまた言われてしまいました。魔女だと。

 わたしは魔女でもロリババアでもないです。正真正銘のまだ子供なんです。


「ガキだろうが魔女様だろうが疲れてしまえば見ての通りよ。手こずらせてくれたお礼もしないといけないし、さっさと捕まえるぞ。」

「学園には幸いまだ気づかれてないようだ。危なかった。」



 これだけ騒いだのに、まだこの騒ぎを認識していない?

 学園は、わたしを見放した?


 あ、ダメ。今のは顔に出る。こんな顔見せたら相手が喜ぶだけだ。

 罪を罪と認めてもいない犯罪者を喜ばせられるほど私は人間できていません。子供なので。

 何かあるはず。学園都市がわたし一人を認識せざるを得ないような、とんでもなく大きい何かが。



「……あ」

「あ?」


 書庫で得た知識の中に、思い当たるモノがありました。

 知っているだけで一度も見たことは無い、暗い夏の夜に咲く炎の花。音と光は誰もが振り向かずにはいられないという。


 こんなに消耗している身体でそんなものが作れるかと思うと、正直難しい。

 日没が過ぎたとはいえ、まだ明るく、打ち上げ花火を上げたとしても見えないでしょう。

 明るい場所でより明るい物を。


 考えているうちに、太陽が夜を明るくして朝になるのなら、それは太陽がとんでもない光を放っているというのではないかという思い付きに至りました。

 ならば、太陽を模せばそれは強い発光体となる。


 太陽の花、イメージはできました。よし。

 いけるかどうかは問いません。完全でなくていい。わたしの存在を、助けてくれる(先生)に報せる。それだけの為に。



「おいおい魔女様、無駄な抵抗はやめるんだ。その火の玉をしまってくれないかい?」


 ヘロヘロなわたしが握った手を開いて火の玉を作った事で誘拐犯に緊張感が走ります。

 木で造られた建物が多いこんな場所で火の玉を爆発なんてさせたら大火事になるでしょう。放火の罪は誘拐よりも重いのです。


「そうですよね、無駄ですよね。」


 この時点で、わたしは彼らに初めて声をかけたのかもしれません。どうでもいいですが。


「ああそうだ、無駄だ。だからそれを片付けろ。上だ。上に放て。街を燃やすのはやめるんだ。」

「わかりました。では、捨てますね!」


 わたしは手を空に向け、火の玉を天高く打ち上げました。

 笛のような音を立てて、散った炎が地上に影響しない高さまで昇り、大輪の光の花と破裂音で存在を主張する。どこか異国の職人技、打ち上げ花火。


 我ながら見事でした。本物は見たことがありませんが、きっと同じように感動するんでしょう。


「しまった! 魔女め、やりやがった!」


 ずっと参謀役のように立ちまわっていた一人が慌てています。私の目論見に気付いたんでしょうけどもう遅いです。

 これだけの花火が打ち上がっても異常に気が付かないのなら、魔法学園に期待するものはなにもありません。

 次に目覚めた時にはどこかの好事家のメイドでもなんでもやりましょう。



「そこかあッ!!!!」

「ヒイッ!?」



 来ました。来てくれました。待ってました!


 花火に負けない音と物凄い衝撃を伴って、誰かがわたしと誘拐犯の間に飛び込んできました。

 誰かはわかりません。学園の関係者は列車で助けてくれた先生しか知りません。でも、学園の関係者のどなたかであることははっきりわかりました。

 わたしは見捨てられてはいなかった! まだ学園に入学する資格がある!



 決着がつくのは一瞬でした。

 抵抗する間もなく目の前の三人が倒れ、逃げ出した仲間も瞬く間に捕獲されていきます。


 わたしはというと、立つことも壁に再び寄りかかる事も出来ず、地面に倒れてしまいました。

 いえ、倒れてません。誰かの腕に抱き寄せられました。


「遅れてすみません」


 わたしを地面から救ってくれたのは、先生でした。

 誰でもいいけれど、どうせ来てくれるなら先生がいいなと思っていたのは内緒です。

 先生が今どんな表情をしてるのか見えないのが残念でなりません。疲労と嬉しさで視界がぼやけてます。




 緊張が解れたのと安心したのとで意識が途切れそうになる中で、疑問がありました。 

 先に突っ込んできて、誘拐犯を見事な手際で縛り上げたのは誰?


「すまんなあ、あんまり元気に逃げ回るもんだから見つけるのに時間かかっちまったわ」


 もう一人はまさかのまさか、列車でわたしに詰問しようとしていた野太い声の人でした。


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