作業分担
学園都市にはとある魔法使いが魔法を失敗した影響が今も残る広場があります。
一定の高さの人工物が建てられない為、公園になっています。
人の居ない道を選んでいたら、その公園を通ることになってしまいました。
今日は休日。憩いの場として公園に向かう人たちも多いはず。こちらに進路を取ってしまったのはわたしのミスです。
後悔はまた後でしよう。来てしまったのは仕方ない。都合よく強豪とされる大物の魔法使いが羽を伸ばしていて、悪党を成敗してくれることを祈りましょう。
「アサヒ?」
「なんでお前がここに?」
視界が開けるのと、声を掛けられたのはほぼ同時でした。
目の前には長身と小太りの二人組。後方から逃げたウサギを追う二人組に名前を使われて、無実の身で暴行と恐喝の容疑をふっかけられてしまった特別学級の同級生。ポールとマッシュがそこにいました。
君たちの台詞をそのままお返しします。なんでこのタイミングで出会ってしまうのでしょう。今日は運が悪すぎです。
待てという怒声が背後から近づいてきます。このまま二人に擦り付けてしまおうかと考えましたが、やめました。
彼らが力を振るえばただでさえややこしい事態がさらにややこしくなる。例え相手がどんな悪人だろうと魔法でヒトを傷つけた結果だけは変わらない。先生の言う事を聞いて周囲に迷惑をかけない無害な生徒という体面が崩れてしまう。
ではどうすればいいのか。ごめんなさい、わかりません。
先生への緊急連絡は発信の一方向。これが発せられた場合は連絡できる状態には無いからすぐに動いて欲しいと打ち合わせていたので、今すぐには先生から折り返しの連絡は届きません。頭の良い大人からの助言も得られない。
せめて目の前の二人に状況を伝えるだけの時間は欲しい。三人居ればナントカの知恵とも言います。わたし一人のシングルタスクよりはずっといい。二人の提案を却下してるうちに打開案が浮かぶかもしれない。
チビのわたしと成人男性では移動速度も段違い。追いかけてきた二人組が公園の敷地まで入ってきました。
ポールとマッシュには魔法を使わせたくないと言いつつ、自分だけ使用するのもおかしな話ですが、背に腹は代えられません。
魔法で生垣を急成長させ、二人の周りを枝と葉っぱで球状に囲いました。根も張らせて地面を潜って脱出するのも防ぎます。少しでも学んだ魔法使いであればこの程度は足止めにもなりませんが、この場を離れるだけの時間稼ぎには十分と考えます。
事情を聞き、このまま拘束して突き出そうという二人の腕を引っ張って公園から離れます。この場に居ては無関係な人達に危害が及んでしまう。
理事長のように脱出不能な空間に相手を閉じ込める魔法が使えたならば、今育てた生垣ごと追跡者たちを閉じ込めるのも選択肢のひとつではありました。でもわたしにはあの発想がまだ理解できません。手の平の箱の中に一つの世界が広がっていて、本の中の物語のように完結せず、外と同じ時間が流れているだなんて、それこそ魔法みたいなものをどうやって可能にしているんでしょう。
無い物ねだりをしても仕方ありません。男子二人を交えて鬼ごっこの続きです。なるべく人の少ない道を逃げ回り、警備の人達が動くまでの時間を稼ぐ。決して相手を打ち負かす事を考えてはいけない。わたし達にはそんな権限がないのだから。
植物の拘束から抜け出した二人組に追われながら五区画ほど抜けた頃、頭上の晴れた青空に網のようなものが見えました。
今回のわたしはそれが先生の探査の魔法だと知っています。本来それは部屋や遺跡、洞窟など狭い場所で欲しい情報を得る為に使われるものであり、学園都市全体を覆える規模は発動にも時間がかかります。少ない準備で扱えるのは、この学園では先生だけ。
先生にわたし達の場所から街の警備隊に引き渡す最適なルートを作ってもらえる。前回のようにデタラメに逃げ回らなくていいわたし達の勝ちが確定しました。
(すみません、警備員の手が回らないそうで……指示された場所まで誘導をお願いできますか?)
先生からの謝罪と共に、勝利確定は取り消しになりました。今日に限って小競り合いや軽犯罪が多く、非番を今この瞬間招集しているんだとか。
遠隔での魔法は便利です。目の前に今居る場所と、警備隊との合流場所が記された地図が降ってきました。
凶悪犯を誘導するだなんて、魔法を学び始めて一年にも満たない生徒にやらせる仕事ではありません。ですが期待には応えてみせましょう。先生が信じるわたしならばこれくらい朝飯前。
「アサヒ、おかしい。細いほうしか追いかけてきてない。」
地図に目を通そうとしたタイミングで、後ろを見ていたマッシュからの報告がありました。
相手は二人組です。仲良く並んで追いかけるよりも、魔法使いの小太りが先回りしたほうがいいと判断したんでしょう。地図に記された最短ルートでは待ち伏せされているかもしれない。警備員さん、早くこちらの助太刀に来て欲しい。
考える事が多い時こそ冷静に判断しなければならない。深呼吸をして、ついでに閉じてしまった目を開けます。
目と鼻の先に、わたしに向かって飛んできた空き缶がありました。
大事なことなのでもう一度言います。遠隔での魔法は便利です。そして二人組のうち、追う事を止めた小太りは魔法使い。
魔法は、相手を目視で確認できなくてもいいのです。
朝焼けの陽光の色の髪、そして夜明けの空の色の目。そしてなにより背の低さ。
自分で言うのもなんですが、わたしは目立ちます。
わたしを捕らえたい二人は手分けして、片方が「明るい色の髪のチビ」を標的にした魔法で足止めし、もう片方が取り押さえる作戦に切り替えたようです。
はじめに放たれたのは、わたしに向けて物をぶつけるだけの魔法でした。
そのかわり、飛んでくる物が酷い。空き缶なら痛いだけで済むけれど、建物の建造時に余ったレンガやコンクリートのブロックは痛いでは済まされない。使いっぱなしで片付けられない掃除用具や箱はその大きさでちょうどいいバリケードになる。生ゴミ満載の大きなバケツなんて触りたくないしぶつかりたくもない。
飛来物だけだと油断していたら、何もない場所でぬかるみに足を取られました。地面を泥に変えて足を絡めとる魔法です。
その泥沼から抜けだせば、今度は通れるはずの道に壁ができていました。相手はどうすれば逃げるウサギを簡単に捕まえられるかを常に考えています。やはり卒業生は頭が切れる。
飛んでくるものは全てポールとマッシュが叩き落してくれました。わたしは悪くなった足場を固めたり、道を塞ぐ壁に子供がギリギリ通れる穴を開けて道を作る事に専念します。
二人の目標は最初からわたし一人。本物のポールとマッシュが付いてきた事はどうでもいいのです。
良く考えなくても、彼らは今この場所でわたしから離れるのが一番だ。かけられた疑義も考えれば無関係を貫き通したほうが二人の身の為にもなる。
そう考えたので、後は何とかするから公園に戻って欲しいと伝えました。
「アサヒは一人でどうにかするって言ってるが、どうする?」
「どうするもなにも、決まってるよな?」
わたしに向かって飛んでくるゴミを器用に叩き落しながら、二人の間で言葉が行き交います。
「俺達はチビを見つけてとっ捕まえて、警備に突き出す!」
「そしてアサヒは先生の言う通りに細いのから逃げる!」
こんな状況で、二人の意見が一致しました。なんてことだ。
君たちが動いたら後で色々まずいことになる。強大な力を持った二人が本当に街で暴れてしまったら、主に先生が全部の責任を負って大変なことになる。先生が職を失った時に担任を失ったわたし達がどうなってしまうか考えられないのか。
トラブルに巻き込まれたのはわたしだけでいい。クロード君も、ナミさんも、君たち二人も平穏な休日を過ごせばそれでいい。ささやかな願いはポールとマッシュには届きません。
「お前ならできるって信じてる! こっちは頼んだ!」
小太りの見た目からすれば相手は卒業生。一人前と認められた魔法使いですが、二人がかりならば魔力の量だけで拮抗できるでしょう。わたしは彼らが相手に負ける事を恐れているのではない。やりすぎる事が心配なんです。
わたしの制止も聞かず、二人は魔法で脚の力を強化して、建物の上までバッタのように跳んで行ってしまいました。
狭い路地に残されたのは、飛んでくるゴミを避けながら、長身の男に追いかけられ続けるわたしだけ。




