特別学級の名探偵
単純に持っている魔力の量だけ考慮すると、特別学級では最強の戦力となりうるのがポールとマッシュ。
両名のそれは聞いた話では普通の人の倍だとか、数百人分にも相当するとか。初級の呪文が最高位と同じ水準で放つことができるそうです。
わたしがゼロを記録した入学前の測定の魔法で計測不能という新記録を叩き出した話が噂となって独り歩きを始めてしまったため、実際はそこまで強くはないようですが、普通よりも上なのは事実。人によって様々言われています。
これまで二人だけで収まっていた競い合いに、部外者が巻き込まれる事態が発生してしまいました。
被害者曰く、道のど真ん中で彼らがいつもの言い争いを始めてしまい、往来の邪魔になるのを見かねて声を掛けたら両名から同時に突き飛ばされた。強く打ち付けて重傷を負った。特別学級、担任、学園、学園理事、加害者両名から個別に謝罪と賠償を要求する。とのこと。
この話を先生から話を聞いた時は驚きました。
なぜならば、被害者の語る時間に彼らはその場所に居ません。ポールとマッシュはわたしと一緒に居たのです。もし被害者の言う通りなら、現場にわたしも居合わせていたはず。二人に記憶を弄られた? そんなばかな。彼らにそんな細やかな魔法は使えません。
被害者が要求してきた賠償額の大きさと対象者の範囲の広さにも驚きましたが、彼に怪我を負わせた人物はわたし達の知る二人ではありません。
特別学級三人と、被害者の語る状況が一致しない。
即刻切り捨てるべきという声もあれば、確定でなければ罰せずの声や、事の大きさに困惑したら正確な証言が得られないため慎重に判断すべきという論もあり、緊急で開かれた職員会議は紛糾していました。
初日の会議は参加者各々の予定もあり、方針が決まらぬまま解散。
疲れた顔で戻ってきた先生は、昔ならば問答無用で頭を下げさせられただろうと仰っていました。
冤罪をふっかけられた二人が黙っていられるわけがありませんでした。
「オレ達で真犯人を見つけてやる!」
真犯人を捕まえて、コイツが犯人だと被害者の前に突き出す。真犯人が集まった全員に頭を下げて被害者の条件も飲む。これにて大団円。実に子供らしく微笑ましい解決方法だと思います。
容疑者が真犯人を見つけ出したとて、自分達にかけられた疑義が晴れるわけではありません。
疑い深い人ならば、自分達の罪を赤の他人に被せて逃れようとしていると考えます。それが良い印象を持っていない相手ならばなおさらです。
賠償請求が二人に留まらず学園全体に及んでしまっているのも問題です。誰が犯人であるかは関係ない。自分を傷つけた学園そのものが悪だと被害者は申しております。
犯人探しと、学園と理事会への訴えに関わる物事は理事長達にやってもらうとして、特別学級と先生、そしてポールとマッシュが無関係な事を証明できればいい。被害者自身から特別学級に対しての印象はどう転んでも変わらないでしょう。言われるがまま謝罪していたら、自分の意向を受け入れたとしてつけ上がり、さらなる要求を重ねてくる事も考えられます。
以上のことを皆に伝え、やるべき事の焦点を絞ってもらいました。
口外禁止を示す判が押されている会議の資料が手元にあります。
我らは飛んできた火の粉を払わぬ鈍感に非ず。特別学級の皆が大人しくしているわけがない。彼らが先生の手元から資料以外のものまで盗み出す泥棒になる前に対策すべきと先生を説得し、偶然を建前として口裏を合わせる事でコピーさせて貰いました。
そんなわけで、今回も、ブレーキ役はわたしです。
今一度確認します。突き飛ばされたという場所は商店街。わたしがカップル割を選べなかった喫茶店の近くでした。
そんな場所での言い争いならとても目立ちます。誰かしら第三者の目撃者もいるはず。資料を確認しましたが、それらしい争いは無かった。同じ時間に病院に担ぎ込まれた人物はいたけれど、それは腐ったお刺身を食べたことでの腹痛が原因。かすりもしません。
「わかったぞ! 犯人はクロードだ!」
推理小説の種明かしシーンのようにクロード君を指さしたのは早々に飽きたポール。
先生に好意が向いていないわたしを諦め切れない彼は少ない小遣いをコツコツ貯めて召喚器を購入。使用したら別の時間を生きたポールとマッシュを呼び出してしまった。という迷推理を披露してくれました。
召喚器のお値段と彼の小遣い制開始時期を併せて考えればわかります。それは無理。
最近は勉強熱心で学園の外には出ていないので、材料から集めて自作した可能性も除外です。
「落ち着いてポール。今は犯人探しじゃないって。」
「無実が証明されても俺たちの気が晴れない! そうだろうマッシュ!」
「そうだ! 許せない!」
宥めるクロード君に食ってかかる二人。こんな時ばかり意気投合しなくていいと思います。それに、自分の意思で他人に危害を加える事も校則で許されていません。そこのところを忘れないで欲しい。
逸る容疑者二名は置いといて、検証を進めましょう。
わたしが二人と一緒に居たのは間違いないはずですが、何者かに魔法でそう思わされている可能性が否定できません。念のため、先生には学園都市内の魔法使用履歴から、わたしに対して記憶を操作する魔法の形跡があるか見て貰いました。
人の心に入り込む魔法はポールとマッシュや真犯人ではなく、貴族のご子息からかけられていました。まだ諦めないのかあのお坊ちゃま。
無実であることを証明する為の検証は、言い出しっぺが飽きてしまったので事実上の解散になってしまいました。
わたし達が見た限りでも、職員会議で提出された状況証拠では特別学級の二人と被害者のケガは全く関係ないように思えます。
問題なのは被害者のほうなんでしょう。他の学園都市の魔法学園に通う生徒で、偶然そこに居合わせて、正義感で声をかけた。そう証言しているそうです。当然わたし達は顔も名前も声も知りません。
長期休暇でも交換授業も無い今の時期によその生徒が居るのが変ではありませんか。誰もそこを気にしなかったのでしょうか。
「わかったぞ! 犯人はそいつだ!」
探偵ごっこは継続していたようです。今度はマッシュが机の上の資料を指さしました。
向こうの学園でとても影が薄く寂しいので、自作自演で注目を浴びたかったに違いないという迷推理を披露してくれました。
どこの学園にも特別学級はあるんだろうけど、他の学園でも自分達のそれと同じ迷惑な連中だと決めつけるのは勝手過ぎる。しかもここはわたし達のホームグラウンド。なんであろうと分が悪い。冤罪をふっかけたやらかしが露見すれば自分の居場所がなくなります。
謝罪と賠償の規模から考えると、そこまでもぎ取ろうとするがめつさは自演でできるものではない。二人組の誰かに突き飛ばされたのは、たぶん本当だ。
突き飛ばしたのは、ポールとマッシュと外見的特徴が似ている二人組。そして犯人は二人の名前を口にした。
本物の二人は誰も傷付けていないのは確かなのですが、行き詰りました。これで特別学級の無罪を証明できたとしても、被害者を納得させる手立てがない。学園と関係のない人物が犯人だったとしても、治安の悪さを管理不足として突いてくるはず。学園都市に対しての要求を取り下げるには至らないでしょう。
とりあえず、ポールとマッシュの無罪は今ある状況証拠で主張できます。あとのほうは理事長に任せればいいか。
長身と小太りの二人組がポールとマッシュと名乗りながら行った傷害事件は、特別学級が授業を受けている時間に街のほうで起きた事で彼らの無実が証明されました。
わたし達が検証した時間は完全に無駄になってしまいましたが、無実であればそれで良いに越した事はありません。後は、厄介な人物が早々に捕まることを祈るばかりだと、そう思っていました。
その確率は交通マナーの良い地域で事故の被害者になるくらいには低いけれど、当たる時は当たる。
二度目の事件が起きた次の休日である今日、先生の家に向かう途中でうちのクラスメイを騙る二人組と遭遇してしまいました。
「痛い目遭いたくなきゃ、小遣い全部出しな。」
「特別学級のポールとマッシュってのは俺達のことだぜぇ。」
長身と小太りの見た目の特徴以外に本人との共通点はありません。日に焼けた肌や手入れしていない髪などをみれば、今目の前に居る偽物のほうが年上なのがわかります。この外見で一年生というのは無理があると思いました。
カエデさんの服を頂いてからは休日に制服で過ごす事は減っていました。本日も私服です。
一見では、わたしは近所の友人の家へと遊びに行く途中の幼児。自分達が騙っている特別学級の同級生だとは思ってもいないでしょう。
「ほーら、いい子だから財布を出しな。」
小太りのほうが背後に回ったので、前後を塞がれてしまいました。見た目通りに幼い子なら大声で泣きだすか、恐怖で声を上げる事もできず硬直してしまうかのどちらかでしょう。
相手は大人二人。魔法学園の生徒を騙っているけど、魔力らしい気配は感じない。相手が魔法使いでなければ、逃走はできる。
「えと、お断りします。」
粘り気を感じる笑顔と共に前方から伸ばされた手を、わたしの魔法で弾き飛ばしました。
「魔法!?」
長身の大きな身体が二階の高さまで飛び上がったのを見て、後ろの小太りが腰のポーチから取り出したのは、杖。
まずい。判断を間違えた。相手はただの大人じゃない。少なくとも小太りのほうは魔法使いだった。
逃げるだけならばわたしに一日の長がある。だが相手は人を傷つける事に躊躇いが無い輩。周囲の人に無差別に傷害を行う危険人物がいる事を知らせるのはいい。それで逃げ回って怪我人を増やしてしまったら誰の責任になる? あいつらは直接手を下した犯人ではなくその原因を追究してくる。どんなに説明しても聞き入れない人達によって、凶行からはまず何よりも全力で逃げろと教えた先生の責任問題になってしまう。
魔法使いは至近距離での対応の仕方も学んでいます。わたし達はまだですが、そういう授業があるのは聞いています。それを考えるなら、小太りに向かっていくのは無謀とみるべきでしょう。
わたしは地面に叩きつけられた衝撃で身体が起こせずにいる長身の横を走り抜け、突き当りの大きな道に飛び出しました。視界が開けたタイミングで、あらかじめ打ち合わせておいた、緊急時に発する連絡を先生に向けて発します。正直、これを使う機会があって欲しくはなかった。
訪問販売の人が玄関口で居座ったりして、非常に悪いタイミングが重なって先生が通信を受け取ってくれないかもしれない。悪い予想はしましたけど、先生は気付いてくれるはず。わたしの先生への信頼はそう簡単には揺らぎません。
今日は、おおよそ半年ぶりの鬼ごっこです。




