勘違いのラブレター
先生は一番年下ではありませんが、比較的若い教師なので、生徒達からの人気がとても高いです。
理事長をはじめ奇人変人だらけの教師陣の中では段違いの常識人だとわたしは思っています。
恋人補正もあるでしょうけれど、生活を共にしている限りでは大きな問題を起こすような人とは思えません。女子生徒に手を出すロリコン教師というのは誤解であり冤罪です。
そんな人気のある先生から、手紙の解読をお願いされました。
文字も言葉も先生の方が知識は上であるにも関わらず、わたしに協力を願い出た。アサヒ・タダノ、頼られてます。
いま、私たちは相談室という、テーブルと向かい合って座れるソファのセットだけが置かれた理事長室の応接スペースの簡易版のような部屋に居ます。
そのテーブルに置かれたピンク色の封筒。ハートマークのシール。そしてあちこち曲線の多い丸い文字で記された宛名。
人の感情にはあまり関心のないわたしでも、先生が取り出した物がどういった意味を持つのかわかります。これはラブレターというものです。出した人の名前は書いてありませんでした。
わたしがくっ付いているのを知りながら、先生を横から奪い去ろうとするとはいい度胸です。
これまでも、わたし達を引き離そうという大きな流れをはねのけてきました。貴族当主からの養子縁組の申し出を断れる程強い絆で結ばれたわたし達をどう別れさせようというのか。まずはお手並み拝見といきましょう。
手紙の内容なのですが、宛名とはまるで違う、個性的で特徴的な文字で描かれていました。それが文字だと認識するのを頭が拒否しそうになります。いや、これを文字とは言い難い。
「えと、れよじめ……お……る……なに……?」
描かれていたのは『レよι″めτぉτカゞゐナニ″ιます』。
わたしも早々に白旗を上げました。これはもう暗号の領域です。二人だけが知る言葉で秘密の連絡を取るのならばともかく、肝心の先生にすら伝わらない文字なのか絵なのかもわからないもので書かれた手紙では、用件を伝えるなんて不可能です。
「最近の女の子ならこういうのがわかるかと思ったんです。」
癖の強い文字相手ではわたしは力になれそうもありません。こういった若者文化に精通していそうなのはナミさんです。
先生は、ラブレターが届いてしまった事はできるだけ内密に済ませたいとのことで、口がテーマパークの風船のように軽いナミさんをここに呼ぶのには難色を示されました。
学園内では隔離状態にありますので、わたしにもクラスメイト以外で知り合いらしい知り合いはいません。
色々絡んできて、下僕になれとか先生と別れろとか学園が汚れるから出ていけ等の強制や誹謗中傷はありましたが、そんなのを知り合いとは呼びたくない。
どうしたものかと頭をひねっているうちに思い出しました。最近の女子であり、我ら特別学級とは別のクラスでありながら、わたし達と繋がりが生まれた人物が一人います。特別学級女子会メンバーの華、マツリさんです。
「はじめまして先生。皆様からはマツリと呼ばれております。」
先生とわたしが向かい合って手紙に四苦八苦していた相談室に招かれたマツリさん。スカートの裾をつまんでの優雅な仕草がすごく様になっていました。
予想外の人物の登場に驚いたのは先生です。学園創立記念祭でナミさんが彼女を救い、そこから仲良くなったエピソードにも驚いていました。
あのナミさんが見知らぬ相手を助けたなんて、そりゃあ驚きますよね。わかります。それと、ヘンテコなあだ名はわたしがつけました。
「えっと、うちの生徒、何か失礼なことはしてませんでしょうか?」
「わたしも学園の生徒ですし、ここは国ではありません。ウチの人達はお構いなく、タダノさん達と同じように接してください。」
理事長やマツリさんの保護者の方から何か言い含められているのでしょうか。先生はマツリさんを傷つけたら高額な賠償金を支払う事になる高級な道具のように扱いづらそうにしていました。
マツリさんの素性も気になるところですが、今の主題はラブレターの解読です。
さすがのマツリさんも見てすぐに解読はできませんでしたが、規則性に彼女が気付いた事で糸口が見えました。
難しい言葉は使っていません。読み解いてから元の字を見返してみれば形が見えてくる。ラブレターなので大まかな内容は理解できます。順番通りではなく手紙全体を見て同じ文字を探し当てて解読していく作業が小一時間ほど続きました。
解読できた内容はラブレターではありませんでした。文面からすると、これは脅迫状です。
要約すると、ナントカ国の第一王女ナントカ様に取り入ろうと目論む貴様に朝日は拝ませない。といった内容。
「うちの者がすみません……」
なぜかマツリさんがわたし達二人に対して深々と頭を下げてしまいました。
この状況、先生はだいたい理解しているらしく、彼女に対して謝らなくていいと頭を上げさせようとしています。それに対してわたしは全く分かりません。説明と解説が欲しいです。初対面のはずの二人に置いてけぼりにされてしまったかのようで寂しいです。
まず、ナントカ王国第一王女のナントカ様というのはまさかのまさか、マツリさんでした。
先程の一切の乱れのないお辞儀や、女子会の中でのお姫様のような仕草など、見てきて不思議だったもの全てに合点がいきます。それらを自然にこなせるだけ場数を踏んでいる本物のお姫様ならばできないはずがない。
偽名を使わずそのまま本名で学園に在籍しているせいなのか、自身の学級では孤立気味。そんな折に創立記念祭で護衛の目を潜って逃走、ナンパされた後ナミさんに助けられて仲良くなり、今に至る。
仲良く朝まで一泊の女子会を行うまでの仲を見て、マツリさんの関係者の誰かが特別学級の問題児をまとめ上げる教師が生徒を使って近づこうとしていると推測を立て、事が起きる前にと先手を打ったのがこの手紙なんだそうです。
手紙を先生に叩きつけた方は発想力が豊かで良いと思います。小説家でも目指したらどうでしょうか。
王侯貴族間の対立などは物語の中でしか聞いたことのない話。それにマツリさんとの関わりはナミさんの驚きの行動から始まった下心なんて無い健全なものです。王女様だったからと言って態度を改めるつもりもありません。マツリさんはマツリさんです。
早とちりで関係者のどなたかが喧嘩腰になっているのは分かりました。が、「朝日は拝ませない」という文面が気になります。
慕ってくる生徒の命が惜しければ手を引けという、わたしへの脅迫とも捉えることができます。そうでなければ同じ読み方をする言葉を入れるはずがありません。
これから先、国家権力に下心のある者として先生が追われることになります。
声だけは大きい弱小サークル活動に立ち向かう事はできました。世界最悪の魔法使いの誘いもはねのけました。
今回の相手はあまりにも強い。一般市民のわたしや先生一人で立ち向かうにはあまりにも大きい。貴族の養子になって立場だけでも手にしておけば、新しいパパにお願いして先生を助けてもらうなんて事も出来たんでしょうか。
早合点で暴走し始めている人を特定し、それは違うと説得できればいい。
でも知っている。そういうヤツは言う事を聞かない。集団をまとめ上げる立場にいたらより厄介だ。責任感からなのか、自分の正しさを微塵も疑わない。
友人に対してもそこまで警戒しなければならない王族の護衛というものに面倒くささを感じます。友人関係が希薄なのは、国にとって大事な人物だからと疑念と監視の目に晒され続けるのが辛いからではないでしょうか。
わたしは先生と平穏な学園生活を送れるのであれば何がどうなろうと構いません。ですが、勝手な解釈で邪魔されるのはたまったもんじゃありません。
わたしの魔法を考えられうる最大出力で使ったなら、学園都市以外の世界を消し去って色んなしがらみから皆を解き放つ事ができないでしょうか。
ここは魔法学園。この手紙にも、封が切られた事を差出人に報せる魔法がかかっていました。
手紙の封が切られたのを、内容を読んで理解した事と定義したのでしょう。その上で先生は、マツリさんご自身を二人だけの空間を作れる部屋に連れ込んだ。
彼らにとって、相手を攻撃するのに十分な理由となるピースが揃っていました。激しく扉が叩かれたのは必然だったのでしょう。
「姫様! 今お助けいたします!」
校則破りの呪文詠唱。色々察した先生が先に魔法を使っていたので魔法は発動せず。そうこうしているうちに、マツリさんの関係者達がどんどん集まってきて、まるでお祭りのように大騒ぎしています。
「本当に、すみません……!」
王女という地位はありながらも、従者はあくまで彼女の父親でもある国王に仕える身だと言い張って、マツリさんの言う事は全く聞いてくれないそうです。従者というのは建前で、あくまで周辺の監視役ということなのでしょう。
マツリさんの関係者のお祭り騒ぎと相談室の籠城は、彼女の父親からの『我が臣下たるもの娘の交友関係に一切の懸念および干渉ならず』という勅令が下るまで続きました。
騒ぎを聞きつけた理事長が手を回し、狂乱する彼らの上司、つまり国王陛下と話を付けてくれたのです。
校内放送から国王の声が聞こえるなり、騒いでいた人達全員が平伏してしまったのには驚きました。これが忠誠心というものなんですね。
ついでに、最初に娘を救った人物に対して、末永く仲良くしてやって欲しいとのお言葉を頂いてしまいました。
「本当に、本当にすみません……!」
事後に得られた特別学級の生徒であるというおぼろげな情報で、ナンパから救ったのをナミさんではなくクロード君と勘違いしたまま本国へ報告してしまい、情報の修正がまだなので、国王陛下はこれもクロード君の活躍だと今だ勘違いしているんだとか。
申し訳なさのあまり、扉の向こうで平伏している人達と同じように土下座をはじめてしまったマツリさんを立ち直らせるのはとても大変でした。




