敵は突然現れる
魔法を使う為の力、便宜上魔力と呼ぶものには身体能力同様に個人差があります。
あまりの強さに身体を蝕んでしまったりする等面倒な部分も多いのですが、強いに越した事はありません。
入学前に測定されたわたしの魔力はほぼ無し。特別学級五人の中では一番下です。
ここは魔力の強さがそのまま権威になれる社会。通例であればポールとマッシュが頂点の座をかけてシノギを削るのが本来あるべき姿なんだと思います。それ故に、一番力を持たないわたしがまとめ役に居るのは異常と捉えられているようです。
「貴方達の担任は急用の為、本日の授業はワタクシが行います。さあ、席に着きなさい。」
授業開始の十分以上前に、突然教室に現れた女性がそう宣言しました。
急用ならば仕方ない。代理で来たこの方に委ねよう……
そう考えて納得すると思ったのなら、わたし達の絆を舐め切っています。突然土足で上がり込んできておいてなんですかこの女は。
問題行動を起こす連中の後始末には学園の教師達が当たり、先生が駆り出されることも当然あります。
ですが、今までどんな急用があっても先生は必ず教室に顔を出しました。本人が突然倒れてしまう場合を除き、連絡と、その後の報告や確認を怠った事がありません。
きっちりこなす先生がこの場に現れる事ができない理由とは、いったいなんでしょうか。
「彼のプライバシーに関わる事なので教えられません。それよりも五番、席に着きなさい。」
五番はわたしに振り当てられた出席番号。学級に登録された順番で、一番最後です。
この女教師は生徒を名前ではなく登録された番号でしか認識していない。理事長の改革前の学園ではそういう文化があったと聞いていますが、そんな数十年も前に終わったものを今引き出す。そんな人間が今さら何を生徒に教えようとしているのでしょう。
「えと、まだ授業開始の時間じゃありません。」
「教師がここに立てば授業は始まりなのです。」
魔力の無いあなたにこれ以上問答する資格は無い。席に着かないのであれば生徒として不適合と認定し、学園を追放するとまで言われてしまいました。
本当になんなんだこのヒトは。貴女にはそんな権限無いでしょうに。
彼女は、わたし達が知性を感じさせないただ暴れるだけの野生動物か、誘導してやらねば何の意思決定もできない子供と見なしているようです。自認しているかどうかはわかりませんが、これは完全に管理者の目線。言う事を聞かない軍隊の新兵や、刑務所の受刑者に対するような態度です。
男子三人は突然現れた女教師の威圧感に気圧されてしまっています。
ナミさんは、威嚇しつつ今にも噛み付きそうな表情で身構えていました。待て待て。噛み付いてはだめだ。それは彼女の思う壺だ。抑えてナミさん。
大人と子供という壁を作っている相手に対して、この四人では全員で立ち向かっても太刀打ちできないでしょう。
わたしが矢面に居なければ、理事長や先生が今まで守っていた特別学級が潰されてしまうと感じました。
これまで学園で働く教師達との対面が少なかった分、強引な物言いには見覚えがあります。
今、先生の教壇を占拠している女性は、わたしが誘拐されて救助された後、目覚めた病室のような場所で状況の説明を行ったおば様です。
誰でも扱える代物ではないけれど、組織に属する者は誰もが面倒なものを扱いこなせなければならない。そういう考え方はわかります。
若造が上手くやってるのだから、自分が同じように特別学級を御せるはずだという自信が、皺だらけの顔から滲み出ています。
この問題児学級がずっと上手く成り立っていたのは本当にただの偶然。
色んな要素が絡み合った結果ですが、子供を未熟な存在とせず人間として尊重できる先生が居るのが全ての起点にあります。
教師と生徒という立場の前に、同じように悩んだり考えたりする人間であると認識できているかが、先生と、今目の前にいる女性との違いです。
わたしからの意見を述べるのなら、この女性ではわたし達を今と同じように育てたり、これから先より良い形に育てる事はできないと思います。
特別学級に何らかのイチャモンを付けたこの女性に、理事長が授業をやってみろと焚きつけたのかもしれません。
理事長にとっては気まぐれのお遊びかもしれませんが、実験材料なんて御免蒙りたい。そんなのは面倒です。
本来の授業開始時間まではあと五分。
彼女は苛立ちを表すかのように杖で教卓を等間隔のリズムで叩いていました。
「先生に確認をとってきます。授業開始までには戻ります。」
「授業中に退出する事は一切なりません。五番、早く席に着きなさい。」
まだ開始の鐘も鳴っていないのに教室から出ていけないとはどういうことでしょう。ここから離れられては都合が悪いのでしょうか。
「それでなくても開始前にトイレ行きたいです。」
「我慢なさい。それと、魔法の使用は許可しません。」
こんな押し問答は実家で散々やりました。
トイレに行かせず、教室で漏らせば漏らしたで自己管理がなってない等ゴチャゴチャ言うのでしょう。
女教師は、魔力を持たない五番は尿意を抑える魔法を唱える事もできぬ無能だと、わたしが普通の魔法を使えていない事を挙げて挑発までしてきました。
勢いで場の空気は押し切られているけれど、結束の固い特別学級が、大好きな仲間をバカにされて怒りを覚えないはずがない。彼女に対しての好感度はどんどん下がっている。知ってか知らずか、女教師はわたしを着席させようと同じ言葉を繰り返します。
「いい加減に席に着きなさい。これは最後通告です。不能者と同じ空気を吸うのは最大限の譲歩です。わきまえなさい。」
まだ授業開始前なのに、突然現れて、魔法が使えない(はずの)わたしを着席しなかったからという理由で退学させる。そんな権限があってたまるものか。
「質問があります。着席したら答えてくれますか。」
「何度も言わせないでください。あなたにそんな権利はない。そんなに学園を出たいのなら早々に荷物をまとめ退学届けを出しなさい。」
彼女の出した条件に従えば同じ舞台に上げて貰えるかと思いましたが、これはダメですね。この人にとってわたしの言葉は人の声を真似て鳴く鳥と一緒。中身を伴った言葉と思っていない。
「今日の授業内容は何ですか。」
「もういいです。あなたのような生徒は魔法使いとしては不適合。学園には不要です。」
この人にどんなに拒絶されようとわたしにはノーダメージ。学園の生徒でなくなっても、わたしの信じる先生はわたしを好きでいてくれるはずだから。
「五番、あなたはもう居ないものとします。さあ皆、席に着きなさい。授業を始めます。」
わたしの声を打ち消す魔法を唱えてから、手を叩き、女教師は残る四人に対して促しました。
今のやり取りを見せて、強力な権限を持っていて逆らえないと印象付けるのでしたら大成功です。恐怖で特別学級の主導権を一気に掌握できる。
しかし、誰ひとり着席はしませんでした。自分たちの意思で動かないのではなく、驚きで身動きが取れないのです。
わけがわからないのは皆も同じ。
魔法が使えなくてもわたしはわたし、皆のアサヒです。それを自分勝手にしか思えない理由でいきなり追い出そうとしている。突然現れてなんなのだこの人は。
横暴に見える言動の中から、彼女のこの言動の真意を読み取れたりしないでしょうか。
なんとなく、言わんとしている事は掴んだように思えます。でもこれはわたしの想像の中。本当のところはまだ分からない。
「何をしているのです。鐘は鳴りました。一番、二番、三番、四番、早く着席なさい。」
それにしても、座れ座れとそればかり。どれだけ子供を座らせたいのでしょう。
椅子に座って机に向かい授業を受けるのはただの形式。立っていても寝ていても学ぶことができればなんだっていいのです。解釈を拡げればベッドの上で朝まで語り合うのも教育のうちです。
さて、わたしをいないものとして扱うと宣言したので、ここからは自由に行動させていただきます。
必要はありませんが杖を手に取りました。この動作を目ざとく捉えた女教師が叫び声をあげ、わたしを指さして何か喚き散らしていますが、もう知りません。わたしの魔法で、彼女の声だけ聞こえなくなるようにしておきました。
まずは先生との通信。教師用男子トイレが異様に混んでいて、ちょうど今、教室に向かっているとの返事がありました。
何か急用があり、授業ができない状態にあるという女教師の説明は崩れ去りました。教室の今の状況を説明し、急いでもらいます。
続いて理事長。こちらは応答なし。
先生一人で対応できずとも、何か大事があれば壁を突き破ってでも現れるはずなので放っておいてもいいでしょう。
「……ばん! 五番! 聞こえているのでしょう! 答えなさい!」
驚きました。届かないはずの女教師の声がわたしに届きました。
意識を言葉として伝える魔法でしょうか。わたしと先生達の念じるだけで話ができる魔法と原理は違うようです。
「彼らに何をしたのですか! 答えなさい!」
質問の意味がわかりません。立ち竦んでしまっている男子達なら、先程からのあなたの言動にビビって動けないだけです。
そしてあなたはわたしの言葉を意味のあるものと認識しようとしません。だから何も言う必要はありません。頑なに名前で呼ぼうとしないのも不思議です。名前を呼んでくれたら答えるかと聞かれると、自分の求める回答以外受け付けないだろうから嫌ですけども。
ずっと使っていると疲れるので、わたしの魔法は解きました。女教師はとても大きな声なので音量は下げさせて貰いましたが、彼女の罵声なのか鳴き声なのか判別できない発言は止まる気配がありません。
「ワタクシの分析は間違っていなかった! 五番! お前は名前を言えない人に魂を売ったんだ!」
なんということでしょう。わたしはサワガニさんの手下だったようです。
職員会議の場で公にされた情報は、メルベス講師がサワガニさんの手先だった事と、それをわたし達特別学級が退けた事。たったそれだけの情報と、今、わたしが特別学級を掌握している事実を重ね合わせて考えたのでしょう。分析と言いましたけど、判断材料少なくありませんか。
「『黙れ』。」
枯れ始めた声でなお喚きたてる女教師の口を封じたのは、先生の魔法でした。
魔法で黙らされたものの、声ではない声で女教師は全力でわたしが学園にいる事を否定してきました。
魔力のないわたしが魔力あるものを抑え付けてはならないという、いつぞやの魔法使い純血史上主義を掲げる洗濯会のような考え方です。あちらと違うのは、祖先に魔法使いのいない突発でも魔力があれば認めるという寛容さ。
「そう思うのは自由ですが、そう思うのなら、なおさら僕達には関わらないで頂きたい。」
先生の説得により、女教師の勢いはにわか雨のように一気に弱くなっていきました。子供には強く当たるくせに、大人と話す時はこんなに大人しくなるなんて、本当にずるい人だと思います。立場が弱い相手には威張り散らし、より強い相手には媚びる。それが混沌の世を生きるための処世術かどうかはわかりません。少なくとも、こういう大人になりたくはないと強く思いました。
能力には個人差があり、最強の生徒を決める必要などありません。
魔力が強い者が必ずしも優秀とも限りません。特別学級の中では抜きん出た魔力を誇るポールとマッシュはクラスメイトの女子のパンツの柄当てで言い争うようなバカですし。
意識を古い価値観に塗り固められる前に、多様性のあり方に気付かせてくれた先生はやっぱり凄い。
そんな先生に出会えて恋ができてわたしは幸せです。
あと、そろそろ漏れそうなのでトイレ行かせてください。




