アサヒ・タダノは預言者を信用しない
このままでは先生が死んでしまうという、確実な未来を視る事ができる人物からの情報提供。
わたしの行動とその後の展開は彼が視たものとは微妙に違っています。その事を根拠に、とにかく誘いに乗ってはいけないと思って大見得を切りました。
それでも、やっぱり気になってしまいます。
サワガニさんは、どんな理由で先生が死んでしまうかは言いませんでした。
悩むわたしが見たくて意地悪をしているのかもしれませんし、何度も時間を遡行して八方手を尽くしても同じ結末に行き着いて絶望するSF小説のように、死の結末だけがあるのかもしれません。
またしてもサワガニさんからの接触があった事は報告しなければいけませんが、不幸にも今日は中間試験の日。進級試験の予行ともいわれる大事な時期のテストが今日なのです。
わたしはどんな物事が先生の命を奪うかを知らされていません。
状況を説明する前に亡くなられてはいけませんので、二人きりになれる時間まで、先生をお守りする事にしました。
特別学級には中間試験を受ける必要がありません。試験で得られる進級試験への受験資格を既に全員取得済みなのです。これも全て先生の指導の賜物。圧縮と短縮の呪文のプロフェッショナルは、授業内容の効率化も可能なのです。
ごめんなさい。半分ぐらいは嘘です。
以前、食堂の倉庫でわたし達が触れ、バラバラに分断されて閉じ込められた魔法の箱。あの亜空間からの脱出が中間試験の内容です。
製作者への連絡と願いを形にする魔法による強引な突破は合格と言えるのか疑問ですが、受けなくていいのならばそれでヨシとしましょう。わたしが閉じ込められたのは、攻略方法の存在しないハズレ空間でしたから。
先生は他の学級の試験監督として試験に参加しています。
ひと時たりとも離れたくありませんので、わたしはそんな先生にずっとしがみ付いていました。
「こちらの班は僕が監督します。アサヒさんは……補助に来て貰いましたので、彼女も監督です。」
先生の娘にも見えるわたしでも試験に合格している事が、驚嘆と共に受験者達に伝わりました。
攻略の為の裏ルートはありません。脱出すればいいのです。あるはずのお題が無くても空間ごと壊してしまえばいいのです。簡単です。
今日先生に貼り付いている建前は、後学の為の見学です。
偶然試験無しで通過する事になったものの、毎回そういうわけにはいかないと熱く語った事で実現しました。
余計な手出しは無し。わたしの身体のサイズを笑った坊主頭の男子に細工をして、ハズレ空間に送り込むなんてやりません。先生に誓ってそんなことはいたしません。
生徒の立場でありながらも、本来立ち入れない楽屋裏にいるのは不思議な感じがします。
だからこそ忘れてはいけません。わたしは管理される側。どんなに手を伸ばそうとこちら側に干渉する事はできないのです。
時間内に亜空間を脱出できれば試験は合格です。
現在、箱に捕まった受験生達の映像がテレビ局の編集室のようにたくさんのモニタに映し出されています。試行錯誤しているけれど、まだ突破できる生徒はいません。
特別学級全員のクリア時間は最速タイムには及ばないものの、それに匹敵する程の早さだったそうです。
五人全員が優秀な成績を修めることができたのは先生の教え方が上手かったから。特別学級は何かがおかしいとバッシングする前に、結果を見て欲しい。おかしいものに負けている皆様のほうがおかしいんです。
先生に降りかかりそうな災いの兆候はありません。あくびが出てしまいました。
おっといけない。気を緩めた時に事件は起きる。頬を叩いて気を引き締めます。眠気に負けるなアサヒ・タダノ。先生を死の影から守るんだ。
トイレの個室でも危険が無いとは限りません。
先生が試験の状況を見つつ行こうとしたのでついていきます。個室の紙の在庫や手洗いの石鹸の材質までしっかりチェックしておきます。先に入っていたおじさん教師がすごく怪訝な顔をしていましたが、わたしは気にしないのでお構いなく。
昼食もわたしが用意しました。
食器に毒が仕込まれてる可能性を排除できないので、わたしが食べさせます。
お昼時にもなれば試験を突破した受験生も出てきました。彼らへの対応もありましたので、非常に長い昼食でした。
娘と言っても通じる年頃の女の子に食べさせて貰っている姿を生徒に見られるのは流石に恥ずかしいようでした。
手段を選んでいる余裕はありません。先生の命が懸かっているのです。それにわたし達は恋愛関係にあります。これくらいは見せつけてやりましょう。
試験は恙なく進み、制限時間前に、先生が監督した班は全員合格することができました。
自分達よりも幼い女の子が合格したと聞いてしまったのです。年下に負けるわけにはいかなかったのでしょう。普通の方法では絶対に攻略できないハズレ空間があるのを知っていますので、失格したとしてもわたしは蔑んだりいたしません。坊主頭の男子も、ギリギリでしたがメンツは保てたようです。
試験が終わって、ようやく取れた二人だけの時間。
一日中様子がおかしかった理由を尋ねられたので、正直に答えました。
「サワガニさんの夢を見ました。」
「それは……何よりも先に言ってください。」
この時点ではじめて聞いたんですが、やはり、わたしには相手からの精神干渉を妨害する魔法がかけられていました。これでサヴァン・ワガニンから接触される事は絶対に無いはずだったんだそうです。
それを破ったのはわたしですが、サワガニさんが気合いで壊したという事にしておきました。嘘をついてごめんなさい。
彼の声が聞こえるようになってからの、昔話と、先生が死ぬ未来を視たと発言したこと、先生の死を回避する術として仲間に勧誘された事をお話します。夢の中での出来事の要点はこれだけのはず。試験監督のアシスタントを半日やっていたので忘れ始めています。伝え忘れは、たぶん無い。
愛する人が死ぬなんて、限られた時間の中でそんな話を聞けば到底落ち着いてなどいられない。自分なら誘いに乗ってしまったかもしれないと先生は仰いました。どうしてわたしはサワガニさんの勧誘を断ったのかを気にしています。
サワガニさんの誘いを断った理由、わたしを一人の対等な人間として見てくれている先生になら話せます。それは大きく分けて二つ。
一つ目は、既に視たものを何度も外しているので、彼の未来視を信用していない。これはサワガニさんにも言いました。
もう一つは、彼の発言も信用できなかったから。
「サワガニさん、先生がいつどんな原因で死ぬかを教えてくれませんでした。」
死の結末だけが待っているのならそう言えばいい。それなのに、質問に対してサワガニさんはただニヤニヤと笑顔を浮かべるだけでした。
サヴァン・ワガニンの未来視で視えるのは確定した未来だけど、彼が発する言葉は真実に値するのかどうか。彼が視た未来が本当に先生の死だったのかを確認する術がありません。彼の言葉を、わたしが頭ごなしに信用できないのです。
物は言いようという言葉があります。もし、サワガニさんが言う先生の死が、今日明日の出来事ではなく、何十年も先の天寿を全うした大往生なのかもしれません。
彼は返答を急かしていました。わたしの目覚めが近かったのもあるだろうけれど、人は焦ると判断を間違ってしまう生き物です。わたしが首を縦に振るよう誘導したつもりでいたんでしょう。
衝撃的な一時の嘘に騙されて、悪事の片棒を担がされることになれば、それは先生への迷惑に他なりません。助けようとしてさらに大きく傷つけてしまうのは本意ではない。
「あちらからの干渉を防ぐ魔法の強化は任せてください。あと、今回みたいな話は試験前でも言ってくださいね。」
夢は時間経過で内容が霧散してしまう。彼の誘いに乗らなかったとしても、なるべく早く伝えて欲しいと念押しされました。
サワガニさんのあれはわたしが納得できる回答ではなかった。
だから信じませんし、態度を改めないのであれば絶対に協力しません。




